第3章 第1話

文字数 1,608文字

 三つ子の魂百まで。

 修学旅行の当日、朝九時。母校の正門前で咄嗟に心に浮かんだ言葉だ。

 八月十三日。雲一つない真っ青な空の下。既に気温は29度、今日も猛暑日が予想される東京都江東区。汗を拭いながら母校、深川西中学校の正門前に辿り着いた俺の目に入ってきた光景―

 タバコを咥え、うんこ座りをしている不良中学生… もとい、不良中年男女の群れ。と、楽しげに語らっている彼らとは真逆の真っ当なミドル世代諸氏。

 葵世代の言語に『ギャップ萌え』と言うのがあるそうだが、今俺は『ギャップギレ』と言う新言語を創造してしまう。公共施設の前で堂々と群れている集団に近づき、
「おいクイーン。それは何の真似だ?」
 相当古そうだが、真っ白な服をまとったクイーンを睨め付ける。
「いやー オマエが白が似合うっつうからよお、どうよ?」
 俺は脳内の血管がぶちぶち切れていく音を聞きながら、
「確かに、白のサマーセーター、ワンピースなどは似合っている。大好きだ」

 クイーンは顔を真っ赤にし、
「ちょ、オマ、照れんだろがー」
「ヒューヒュー」
「熱いぞー、ふーふー」

 皆に煽られ更に耳まで真っ赤にするクイーン。だがな。
「だがな。その服は何だ? お前らもだ、誰か説明してくれ!」
 不良集団は腹を抱えて笑い出す。それを見守るナイスミドル諸氏達からも笑いが溢れる。
「出たーー生徒会長! これは、うわー懐かしいわー」
「まだその服持ってたんだ、みっちゃん似合ってるぜ今でも」
「これなー 滅茶苦茶レアものじゃん? メルカリに出せば…」

 大声で怒鳴り散らしたくなるのを、ギリギリの線で堪えながら、
「オマエら。すぐに、着替えてこい」
「えーー」
「いーじゃん」
「ブーブー」
「カッケーじゃん」

 俺は彼らを睥睨し、一呼吸おいてから、
「何なら、修学旅行は中止にするぞ、お前ら。いいのか?」
「んだよ、固えなあキング」
「ったくー 全然変わってねーわ」
「いーじゃんよー何着たって」

 脳の血管が半分ほどブチ切れる音がする。もう我慢の限界だぁ!
「その格好でぇ、普通なら一人5万以上はするホテルにぃ、入れると思ってんのかぁーーー!」

 通りの反対側を歩く犬の散歩をしている老人が凍りついている。自分でもビックリするほどの大声でコイツらを怒鳴っている俺。何してんだ、俺もコイツらも…

 先生はニコニコしながら俺らに近づき、
「『三つ子の魂百まで』だな、金光。変わらねえな、お前も。うんうん」
「先生ー 何涙ぐんでるんですかっ おい島田光子っ すぐに着替えてこいっ」
「ったくウッセーなー。この特攻服の何が…」
「オマエらも… 何だその格好は… 先生、『しまむら』にでも寄って行きましょう」
「ハハハ… ま、まあいいんじゃないか… もういい大人なんだし…」

 先生は俺の耳元で囁く。
「軍司。しおりに服装も指定しておくべきだったな…」
「…でした。しくじりました…」

 背中に『天上天下唯我独尊』と刺繍されたクイーンの白の特攻服にダメ出しし、着替えのため帰宅させる。正直、別の意味でものすごく似合ってはいた。その姿を見ればどんなワルも一瞬で詫びを入れてしまうであろう。だがこんな姿でホテルに入ったら、従業員は間違いなくホテルへの襲撃と勘違いし栃木県警に通報するだろう、なんなら機動隊に出動要請するかも知れない。

 そんな訳で出発は三十分ほど遅れそうだ。スタートからコレだ。この先が思いやられる。会社への報告書は一体どんなものになってしまうのか… まあこの件は一切書かないけどね。それよりも、泉さんにホテル側からとんでもない苦情が押し寄せそうで、胃が痛くなる。

 クイーン以外のあまりに場違いな服装の三名には、後ほど栃木のご当地Tシャツでも買わせることにする。してやったりの表情のコイツら、わざとやっているのだろうか。示し合わせて来たとしか思えない。

 クソ、甘かった。舐めていた。いい大人が中学生の頃のヤンチャな服着てくるなんて…
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