第3章 第4話

文字数 1,948文字

 車内のテンションは右肩上がりである。

 後部に陣取ったクイーン、健太らは、佐野を過ぎれば厄除けがどうのこうの、宇都宮を過ぎれば如何に自分が餃子通かを自慢し合い、側から聞いていても中々面白い。

 車内前方の真面目軍団はそれを聞いて腹を抱えて笑っている。そう言えば蓮田SAまでは後ろに座っていた先生は前方に席を移し、真面目軍団と楽しそうに笑っている。

 遠足、修学旅行でのバス移動の際、教師は最前方に座する。先生の横や後ろの席は罰ゲーム的な位置付けだ。先生も現役の頃はそうであった。でも今は生徒と交じって本当に楽しそうにされている。

 本当は、昔もこんな風にしたかったのではないだろうか。先生と生徒という関係は日本においては上下関係の根底となるものであり、絶対的なものである。先生と生徒、先輩と後輩。世界的に見ても日本ほどこの線引きが太く強い国は少ない。

 この日本独特の上下関係が日本人の礼節、勤勉の根幹であり、俺はそれを否定するつもりはない。然し乍らこの関係の最大の欠陥は同学年内でしか相互理解が深まらないという点だ。

 今の会社では全く感じないが、銀行時代などは『同期』という括りが会社人生の根幹をなしていた。同期以外との意思疎通が上手くいかないと会社人生での栄達はあり得ない。その意思疎通の手段は上司、先輩へは『胡麻擂り』、後輩へは『見栄はり』だ。

 どちらも本当の自分ではない、自分を『粉飾』して見せている姿だ。勿体無い話である。もし本当の自分を上司、先輩、後輩に見せることができ、そして相手のそれを知ることが出来る社会が日本でも成立していたなら、この国はどう変わっていただろう。

 今、生徒達と談笑している先生を見て、もしこれがあの頃もこうだったのなら、と思わざるを得ない。他校との抗争に明け暮れていた健太はどうなっていたか。仲間を守るために、社会への不満を晴らすために荒れていたクイーンはどうなっていたのか。

 その辺のことを今サッカーJクラブのユースチームのコーチをやっている永野健太に意見を聞こうと思って見回すと、如何にもコーチっぽいジャージ姿で、爆睡中だ。

「まーた一人で入っちゃってー もっと楽しもうよっ」
 生徒会グループの瀬戸さんがクスクス笑いながら俺に話しかけてくれる。
 俺は出発から変わらずバスの最前方の席でどっしりと構えているのだ。そんな俺の横の席に瀬戸さんがヨイショといかにも下町のおばさんっぽく座りながら、
「ホント、変わらないね金光君。周りに流されずにしっかり自分の道を歩いているって感じ」
 これ食べなよ、と差し出された煎餅を受け取りながら、
「そうかな?」
「うん。結局、三つ子の魂百まで、って本当なんだね。みんなも私も先生も」

 その通りだと頷きながら、
「その変わらないみんなと自分自身を確かめてホッとする、それが同窓会の意義なのかもな」
 彼女はプッと吹き出しながら、おい、煎餅のカスが俺の顔面に飛来しているぞ…
「まーた深く考えちゃって。禿げるよ」
 俺は亡き親父の遺影を思い出し、
「大丈夫。遺伝的に」

 そんな話をしていると、車内の雰囲気が気だるいものとなっているのに気がつく。後ろを振り返ると騒ぎ疲れたのか、半分は居眠りだ。起きている連中も騒ぐことなく各々何かに浸っている様子だ。

 スマホのマップを見ると、最初の目的地である『日光江戸村』まであと少しである。今回の宿以外の訪問先は、全て先生の意向によるものだ。歴史の教師だったので、今日明日は先生による江戸時代の話が聞けるのが俺は楽しみだ。が、後部座席の連中はどうなのだろう…

「起きろーー 起床ーー 日光江戸村に着いたぞー」
 予定到着時刻より四十五分ほど遅れてバスは駐車場に停車する。
「ふあーい」
「かったりー 宿行って呑もうぜ」
「アタシ、パスー」

 昔なら本気で面倒くさがっていたであろう。だが今は口では文句を垂れつつ、顔にはウキウキ感を隠せないヤンチャ軍団が可愛い。
 真面目軍団は、ああここ子供を連れて一昨年きたわ、とか懐かしいなここ子供の頃以来だよ、とかやはりウキウキした表情筋を見せている。

 昼食も含め十六時まで各自自由行動。俺は会社への報告書のネタ探しに一人行こうとすると、
「おいキング。一緒に回ろうぜ」
 クイーンが腕を取る。爽やかな香水の匂いに耳まで赤くなるのを感じる。

「ミッちゃんがキング襲わないように、アタシも一緒に行こっと」
「キングがクイーン押し倒さねえように、見張るか」
「でもー ホントに意外だよねこのカップル」
「ホントホント… 優等生とスケ番っ 今時のラノベにもないわ」
「二人の子供ってどっちに転がんのかなあ?」
「上の子がが不良、下の子が優等生に千点」
「俺は篠沢教授に三千点っ」

 …コイツら… 言いたい放題言いやがって
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