第3章 第5話

文字数 2,507文字

 自由行動と明記した筈なのに、気付くと先生を含め全員で移動している。これは昔ではあり得ない現象だ。ましてや不良グループと真面目軍団が共に談笑しながら行動をしている。絶対に有り得なかったことだ。

 先生も不良グループに交じってワイワイ言いながら楽しそうだ。これも嘗てなら決して見られない光景だ。確か中三の修学旅行時には現地調達した木刀を肩に担ぎ、不良グループを後ろから睥睨しながら歩いていたものだ。

 皆で園内のレストランに入る。事前に予約していたので、団体客用のスペースに案内され、そこで各々好きなものを注文する。

「もちろんこの食事代込みなんでしょ?」
 ケチくさい下町根性丸出しの渡辺さんに
「もちろん自腹だけど何か?」
「もー、そこも頑張らなきゃ金光くん!」
 と叱られてしまう。

「あれー、ビール無料じゃないの? じゃキングの奢り? ラッキー」
 クイーン軍団の野村さんが勝手にビールを注文すると、我も我もと注文しだし… そんな訳ねーだろ、自腹だ自腹だと怒鳴ると、寂しそうに先生が水の入ったグラスを口にしているのが目に入り、
「あーー、くそっ 一杯だけだぞ、一杯だけなっ」
 今日イチの大歓声をゲットする。

 接待費で落とせるだろうか? 会社に戻ったら山本くんに土下座しよう、そう思いながら領収書を受け取るのを忘れないよう決意した。

 あっという間に食事を終え。その慌ただしい食べっぷりに笑ってしまう、レストランを出ると誰が言い出したのか、コスプレのサービスを皆でやろうという事になり。本当にお前ら大人なのか、と大きな溜め息を出しつつ、そのサービス処に皆で入って行く。

 俺も渋々新撰組の浅葱色の袴に袖を通す。男子は概ね俺と同じチョイスで、先生は幕末の何とか先生、を嬉しそうに決め込んでいる。

 女子は町娘、おてんば姫(婆)、くノ一などに。クイーンはどうしても花魁がいいと駄々をこねるが、これは数日前からの予約制であると言われ、事前準備の大切さをこの歳になって身に染みている様子だ。

 皆で写真や動画を撮りあっていると、突然奇声が上がる!

「出会え、出会え! 新撰組の御用改めである!」
「一番隊隊長、沖田総司です」
「二番隊隊長、永倉新八だっ」

 へー。意外にみんな詳しいな。歴史の授業は皆いびきかいて寝ていたくせに。
「七番隊隊長、井上源三郎であるっ」
 …誰それ? ドラマや映画で新撰組は知っていたが、そんな隊士がいるとは知らなんだ。ところが先生が昔ながらの激怒顔で、
「違ーう! 和田ぁ、井上源三郎は六番隊の隊長だっ 間違えるなっ」
 先生… そうなのですか、知りませんでした。ですが… どうでもいいです。

「副長 土方歳三、これより寺田屋の尊王攘夷派に斬り込むっ 続けっ 総司、永倉君っ」
 猿田が真剣な面持ちで言い放つ。おお、凄えなお前、よく知ってr―
「それも違う! 猿田ぁ、土方は寺田屋には切り込んでいないっ」
 先生… みんなドン引きして… あれ? そうでも無い? すると中村さん扮するくノ一が先生に斬りかかり、
「佐久間象山先生! お命頂戴!」
 先生も演技がかった様子で
「な、何者ー ギャーーー ばたり」
 多分、長谷川平蔵、通称鬼平に扮した井口が、
「そのくノ一を逃すなっ これ、そこの町娘、邪魔をするでないっ」
 宮内さん扮する町娘が目を光らせ空手の構えから、
「わらわの正義の一撃、受けてみよっ 『日光正拳突きっ』」
「グフッ む、無念… ドサリ」
 チーン。井口は昇天したのである。知るか!

 鼻で笑いながらその寸劇を眺めていると、周りの結構な数の一般客が遠巻きにして熱心に眺めている… 中には動画を撮っている外国人も… 溜め息と共に時計を見ると、そろそろいい時間である、思いの外コイツらの馬鹿芝居にのめり込んでいた己を恥じつつ、

「皆の者! 引き上げじゃー 屯所に戻ろうぞ!」

 思いがけず、つい大声で叫んでしまった…

「おおおおお 近藤先生、よし、引き上げだ!」
 俺は… 近藤勇だったのか… 思わず拳を口の中に入れようとしたが、普通に入らんかった。

「近藤先生、御意っ」
「勇の旦那、合点承知の助だいっ」
「皆の者、引けっ、引けい!」

 中学時代もこれくらい聞き分けが良ければ… サッと引き上げていく皆を眺めていると。
 その瞬間。グッ… 腹部に鈍い痛みが走る… 

「隙ありっ お命頂戴っ」

 遊女の拳が俺の腹部に…

 …コイツ… 覚えてろ… あとで… 必ず…――

「……いじょうぶかな、金光くん」
「光子、やり過ぎー」
「クイーンの一撃! 懐かしいわー」
「キレがあの頃たぁ違う。磨き抜かれた年季の入った一撃だな」

 薄っすらと目を開けるとバスの中だ。俺はどうやら刺客の一撃で気を失っていたようだ。誰かがバスまで担いで来てくれたのだろうか。

 数ヶ月前暴行を受け意識を失くしたが、又してもこの女に…
「コラー 光子。先生、暴力は嫌いだ、こんなんじゃお嫁に行けないぞぉ」

 いやいや、暴力は先生の専売特許だろー、棒でほざくなー、そーだそーだ、ギャハハハ、なんて周囲から聞こえてくる。うるせえ、マジで。

「サーセンッ イヤー、久しぶりに燃えたわーーマジ楽しかったわ」
 今まで見たことのない晴れがましい顔で、クイーンが満面の笑みを浮かべている。
「…キサマ 何の恨みで…」
「バーカ。シャレだよ、シャレ」

 シャレで男性の腹部を殴打し人事不省に陥れる。なんて恐ろしい女だ。やはりあの頃の俺の価値観では、到底コイツを受け入れられなかったろう。だが、今の俺ならば…

「よし。詫びな、詫び」

 不意に唇を奪われる。

「ちょ… きゃー光子、やり過ぎーー」
「うおーーーーーーー ク、クイーンの熱い一撃っ くーーー」
「キ、キレが違いすぎるっ 野獣のような一撃っ」

 バスの中は今日イチの盛り上がりだ。
「よーし、光子ー。先生は嬉しいぞー そのまま離すんじゃないぞー」
 先生は適切な注意勧告もせず、両手を叩いて大喜びだ。
「プハッ ヨッシャー、キングのファーストキス、ゲットオーーー」

 あ、アホかコイツ… 真っ赤な顔しながら必死にイキってやがる。そんな俺も顔が充血しているのを感じると共に、心の炭火の温度が高くなっていく…
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