第1章 第1話

文字数 1,442文字

 今日から東京は梅雨明けらしい。数日前から気温がグイグイ上がっており、蒸し暑いことこの上ない。

 今夜も仕事帰りに『居酒屋 しまだ』に向かう。もう三ヶ月になるのか、この店に通い始めてから。そして、俺の仄かな恋も同じだけの月日が過ぎている。

 中学生の頃の同級だった島田光子は、あの時代この地域で『クイーン』と呼ばれていた有名な不良だった。部活と生徒会に没頭していた俺でさえ知っていた。当時は全く交流がなかったので、三ヶ月前偶然知り合って初めて彼女を知った。

 暖簾をくぐるといつものメンバーだ。やはり同中だった俺のほぼ唯一の地元の友人、高橋健太。地元で左官屋をやっている。本人はインテリア専門店とほざいているが、まあ、左官屋の親方だ。
この店を手伝っている小林忍。その様相からつい『白豚』と口走り、たまにド突かれる。クイーンのかつての不良時代の舎弟? 舎妹。そう言えば、かつての付き合いがどんなのだったのか、まだ知らない。

 最近この店にポツポツ昔の同中の仲間が来るようになった。所謂ダチ、という奴だ。今年で五一になるのだが、この歳でダチは恥ずい。だが彼らと喋っていると、やはり旧友や学友というよりは、ダチが合っている気がする。

 三ヶ月前、健太が俺をこの店に連れてきた。色々な出来事を経て俺は今や常連であり、店主の島田光子ことクイーンとは、自分で言うのも恥ずいのだが只ならぬ関係にある。この『恥ずい』と言う言葉も恥ずかしいのだが、中三の娘の葵に感化され、普通に『恥ずい』。

 健太が俺で味をしめたのか、同中の仲間を連れてくるようになった。同中とは同じ中学の意であり、やはり葵に感化された結果、普通に使用している。恥ずい。

 彼は中学時代、不良グループに属していた。クイーンと同系統だ。従って連れてくるダチはそっち系だ。なので部活生徒会系の俺とは正直接点が少なく、また大卒の俺と中卒、高卒の彼らとは話が合う筈もなく、それ程盛り上がる事も無い。と思われていたのだが……

「いやー、キング。成績優秀スポーツ万能、正義の漢、金光キング。いよーっ」
「ホラここ。キングに殴られた趾な。ったく真面目グループなのに喧嘩も強え強え」

 俺の人生最良の日々。成績は卒業まで学年トップ。バスケ部の主将で都大会ベスト8。生徒会会長。確か中二の時、生徒会として彼ら不良グループと対立、健太とこの青山、川村ら六人と体育館の裏で乱闘となり、双方大ダメージを受け、以来何となく互いに認め合う間柄に。

 健太はこの深川西中の番長格だったらしい。裏番? 本番? システム自体がよく分からない、未だに。非常に面倒見の良い男で、三年前に妻の里子が虚血性心疾患で急逝した時も、真っ先に駆けつけ通夜、葬儀を手伝ってくれた。

「そんで、俺らの出世頭って奴な。支店長さま!」
「だから、それは去年までの話。もうお前に美味しい旅行話、回すのやめた」

 俺は数年前まで某大手銀行の某支店長を務めていたのだが、まあ、色々あって去年今の職場である小さな旅行代理店に転籍となり、今に至る。

「軍司―、それは無いっしょー、って。俺まだお前から何―んもいい話貰ってないし。クイーンばっかりいい思いしてよっ ケッ」
「んだコラ健太。アタシに喧嘩売ってんのか?」

 この店の店主。クイーンこと島田光子が健太に気持ちよく啖呵を切る。

「まさかー クイーン機嫌直してよお、あ、ボトル入れちゃおう、な、『百年の孤独』」
「まいどありー 忍、出してやって」
「姐さんさすがっすね。商売上手っす!」
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