第4章 第2話

文字数 1,846文字

「健太がクイーンに告ってよ、そしたら『アタシ、惚れてるヤツいっから』って」
 いつのまにか健太グループの川村も風呂にいる。
「で、『そいつ誰だよ』ってったら、」
 和田と川村が俺を指差す。

「んで。金光の野郎、調子こいてっから、やっちまうかって」
「な、何だよその理由。健太のヤツ…」
「そう、だからあん時俺ら、お前に悪い事したよな」
「ホント、スマンかった。でも、俺、お前に青タン食らって入院したし」
「あ、俺は鼻血三日間止まらんくて手術したわ」

 嘘つけコイツら。俺が二人にお湯をぶっかけていると、
「軍司って喧嘩強かったんだな… 知らなかったわ」
 明らかに小室がドン引きながら言うと、
「そうよ。コイツ真面目だからアレだったけど、コイツが俺らのグループいたら、」
「江東区制覇は間違いなかった」
「いや、城東制覇も」
「何なら江戸制覇」
「馬鹿かお前ら…」

 知らなかった。マジで知らなかった… 健太の奴… クイーンのことを…

 俺は何と愚かだったのだろう。勉強は出来た。運動も出来た。でも一番肝心なものが全く見えていなかった。親友の思い女が誰かすら知らなかった。いや、知ろうともしなかった。
健太からすれば、今の俺の姿は噴飯物であろう。中学時代は無視していた女に、中年の今夢中になっている。

 俺が四月の頃、クイーンのことをボロカスに言った時の健太の寂しげな表情は、昔の仲間だからなのではなく、昔の惚れた女だからだったのだ。

 俺とクイーンがいい関係になり始めた頃から今に至るまで、アイツはどんな気持ちで俺に接してきたのだろう。もし俺が逆の立場だったのならー 健太の様に飄々と俺に向き合えていただろうか。

 ふと気付くと、永野健太、通称出来の良いケンタが入ってくる。サッカークラブのコーチだけあって、信じられない程の筋肉、今風で言う、細マッチョぶりに感嘆していると、

「オレが今、お前らとこうしてんのも、健太のおかげなんだよなぁ」

 としみじみと呟く。何でも、ケンタが子会社を休職処分中に偶々健太がケンタに連絡をし、『居酒屋 しまだ』に誘われ、以来例の若い奥さんとちょくちょく飲みに来ると言う。

「いや、実は、その、まだ結婚した訳じゃ…」

 照れ臭そうにケンタが話す。は? じゃあ何なんだよ? 付き合ってんだろ?

「いや、まだ、ちゃんと告ってねえんだわ…」

 おい。何だそれ…
 同じ健太でも、こうも違うか。思わず笑ってしまうと、ケンタが
「でもさ、アイツにはお陰で救われたよ。実は、お前もなんじゃないか。キング?」

 出来の良いケンタが俺にウインクしてみせる。

 出発時間ギリギリまで俺達は二人、鬼怒川の大自然に抱かれながら出来の悪い健太について、そして互いの浮き沈み人生について深く長く語り合ったのだった。

 着替えを済ませ荷物をまとめ、フロントへ降りていく。代表の栗木さんにお礼を言うと、
「如何でしたでしょうか。従業員の応対、設備、その他何でも気付いたことがあれば」
「浴室には驚かされました。小さい子供連れ、団体旅行客には大受けでしょうね。ただ、夫婦や恋人との二人での旅行にはインパクトが強過ぎるかな」
「はい。当ホテルの想定客が決まっておりまして。そこは苦しい点でございます」
「今からでは遅いかと思いますが、部屋付きの内湯を充実されては如何でしょう?」
「成る程… 夫婦、恋人で楽しめるような、グレードの高い内湯、ですね?」
「ええ。それと、食事は本当に素晴らしかった。ただし、年齢層が高い程、朝食は軽めのものが良いかと」
「軽めと言いますと、朝粥などでしょうか?」
「ええ。中華料理にもあるじゃないですか、お粥。団体客は大体夜食後に宴会ですよね。二日酔いにも優しい朝食を提供されては如何でしょう?」
「成る程、早速検討いたします。他に何か…」
「それ以外は、従業員の皆さんの暖かいおもてなしを含め、素晴らしかったです。詳細は後日泉さんにレポートを提出しますので、確認していただければ幸いです」
「有難うございます、心待ちにしております。金光専務にお越し頂いて、本当に良かった」
「とんでもございません… かなりご迷惑をかけました」
「流石、泉先生のお気に入り… あ、失礼いたしました… あの伝説の泉さんが気に入られた方だと、感服しております。是非今後もお付き合いのほど宜しくお願いします」

 は? 今サラッとすごいこと耳にした気がする… 俺が泉さんの? はあ?
 それはさておき、二日間の感謝を胸に、深々と頭を下げながら、

「こちらこそ。二日間有難うございました」
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