第1章 第8話

文字数 1,695文字

「よーし。光子。行くぞ、みんなで修学旅行!」

 先生が突如顔を起こし、突然叫び出す。

「三十八年ぶりか? 行くぞ、日光!」

 クイーンが呆気にとられた顔をする。でも目は嬉しそうで口角もちょっと上がっている。

 店内の生徒達は口々に日光、日光と呟きそして、いいね、それいいじゃん、と声を掛け合い、やがて笑顔で、
「マジか、いいじゃんいいじゃん!」
「うおーー 行きてえ、このメンツで、行きてえ!」

 健太がニヤリと笑いながら、
「これは軍司の出番だな。なー、生徒会長さんよ」
 俺の肩をポンポンと叩きながらゆっくりと立ち上がり、一つ咳払いをする。

「おーーい、みんなーー、ちょっと注―目。えー、只今、金子先生のご発案で、深川西中オトナの大修学旅行っ in 日光! が決定されましたあーー」

 店内が今宵一番の盛り上がりを見せる。ヤンチャ軍団も、不良グループも、真面目グループも雄叫びを上げ、何だか勝鬨に聞こえるぞ…

「つきましては、先生と相談し日程を調節したいと思いますう。尚この旅行を全て取り仕切るのが、今や飛ぶ鳥の羽も落す勢いの、有名旅行代理店の専務取締役を務めまする、キングこと金光軍司クンですうーー」

 おい健太、何を勝手に… 飛ぶ鳥の羽じゃなくて、飛ぶ鳥、だろうが。人の会社を勝手に落とすんじゃねえ!
「このキングは、何と、あの、俺たちの永遠の愛怒流、クイーンこと島田光子さんを虎視眈々と狙う、俺ら西中男子の敵でありますっ」

 ふざけるなぁー ブッ殺すっ 死ねー
 かつて聞いた事のない大ブーイングだ、おしぼりや割り箸が飛んでくる。何故だか忍まで俺に唐揚げを投げ付けてくる、こら食べ物を粗末にしてはー

「だが、俺らもオトナだぁ、もしその償いにぃー、日光の高級旅館、一泊二食付き9800円送迎代込みならー どーするみんな〜?」

「許すー」
「恩赦ーー」
「認めたーーー」
「ご愁傷様ーーーー」

 そんなので許してくれるのか… 何と慈悲深い奴らだ… いやいやそんな話ではなく… そして何件かお悔やみの言葉を賜ったぞ?

 健太に無理やり立たされ、仕方なく咳払いをしてから、

「えーー、許されし金光です。(しーーん)ゴホン。えー、金子先生のご発案という事ですので是非私が仕切りたいと思います。(パチパチパチ)えーと、では皆さんの連絡先を順番に教えてください。それと、もし参加したい同級生がいたら是非にとお伝えください。(いーねーー)参加費はーー 仕方ありません、高橋君の言う通りで、探してみましょう!」

「いいぞーー」
「さすが、生徒会長――」
「西中のキングーー」
「キング キング キング キングっ」

 店内に謎のキングコールがこだまする。チラリとクイーンを見ると、皆と一緒になって手を叩きながらコールしていやがる。金子先生も踊りながらコールしている。
 今宵二番目の盛大な盛り上がりだ。

「やっと… やっと俺も高級旅館に行ける。やった!」

 健太が本当に嬉しそうな顔で大喜びしている。そんなに? と思いつつ、もし本当に行くなら、日程を先に決めておかねば。

「ははは。良かったな。で、先生、いつぐらいにしましょう?」
「そうだなあ。あんまり先だと盛り下がっちゃうから、どうだ、来月とか?」
 この人も下町の人だわ。早っ 決めるのもやるのも早っ

「お盆の辺りですか。帰省する奴いないかな?」
「根っからの江戸っ子だろが俺ら、田舎なんてねーし。しかも江戸の盆は今月だし」
 確かに。俺のお袋も親父も、この辺の生まれ育ちなのである。

「なるほど。先生ご予定は?」
「ないよ。うん、その辺りなら」
「皆も平気かその辺り? ウチは大丈夫だな…」

 こんなに大勢で一つの事をワイワイ決めるのは新鮮だ。そして懐かしい。あのクイーンですら店のカレンダーと忍を交互に見ながら、あーでもないこーでもない、と忙しそうだ。

 先生と俺たちの日程調整の結果、来月八月の山の日の翌日から一泊、という事に決まった。そして各々が先生にお世話になった級友に声を掛ける事にもなった。まあ急な話だからそれ程人数は増えまい。締めて二十人程、と想定し、あとは来週にでも会社の優秀な部下である山本くんに丸投げしよう。
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