第4章 第5話
文字数 1,743文字
東照宮。
言わずと知れた、日本を代表する世界遺産である。
鬱蒼とした古い木々に囲まれ、酷暑を忘れさせてくれる聖なる涼しさに身が引き締まる想いである。
ここは江戸村のように皆でワイワイガヤガヤと回るわけにはいかず、いくつかのグループ、もしくは個々人で回るようにしおりには書いておいた。
俺は会社の仕事用に一人であちらこちらの写真を撮ったりパンフレットを集めていると、トイレから出てきた(出来の悪い)健太とバッタリでくわせる。
あ、丁度いい機会だと思い、健太を誘って木陰のベンチに座り込む。
「お前、中学の頃、クイーンに惚れてたんだってな。さっき和田達から聞いたわ」
健太はあいつらーと呟きながら、古くも気高い木々を見上げている。
「大昔の話だってーの。てか、あの頃の俺ら、ほとんどの奴がクイーンに惚れてたんじゃね?」
「え、そうなの?」
健太は吹き出しながら、
「あんな雑誌から抜け出た様な美少女、見たことないって。逆に軍司、マジであの頃クイーンのこと何とも思ってなかったのか? そっちの方がビックリだわ、ウケるー」
そんなこと言われたって… 本当に当時のクイーンの美しさに覚えがないんだよな…
「ま、そんな訳だからさ。俺に気にすることねーってーの。てか、俺はあん時キッチリ振られた訳だし、それに俺にはババアがいるし。ったく、あん頃はいい女だったんだけどなあ…」
変わらない。コイツのこの潔さと一途さは、あの頃と何ら変わりない。
「健太、またおいしい企画あったら、一緒に行こうな」
健太はギョッとして眉を顰めながら、
「どうした軍司、変なモン喰って頭おかしくなったか? 病院行くか?」
笑いながら頭を気持ちよく叩いてやると、何故か嬉しそうに上目遣いで俺を睨む。
「世界遺産の東照宮、楽しんだかお前達。で何が一番良かった? えーと、瀬戸!」
「はい、泣き龍でしたっ」
「それなっ」
「あれなっ」
「いやー、マジ響いたわー」
「アタシも拍子木叩きたかったあ」
「それダンナの頭を、だろ」
「そうそう、思いっきし… アホか」
「こらこらこらー じゃあ、春本っ お前は何が良かった?」
「ええ、やはり三猿ですかね」
「見ざる」
「言わざる」
「感じざる」
「それなっ」
「マグロかよー、そんなの嫌かもー」
「濡れざる…」
「それなっ」
「濡れるしー まだ滴るしー」
「聞いてねえよっ 想像しちまっただろが、ヤバ…」
「このエロザル、猿田っ」
「エロ猿田―♫ エロエロエロ猿ーー」
「こーーら、名前を馬鹿にしちゃいかんって前から言ってるだろう。やめなさいっ」
東照宮を後にし、二日に渡る修学旅行の帰路。五十代のいいオトナの集団とは到底思えないハイテンションだ。中学の頃よりも寧ろ悪化している気がする…
その中心がクイーンだ。三十六年前の不参加の分を取り戻そうとするかの如く、皆を煽り皆もそれに呼応する。昔も今も、人の輪の中心、いやど真ん中で皆を盛り立て熱狂させる女王様。コイツこそが、三つ子の魂百までの最たる存在なのかも知れない。
昨夜の二日酔いが残っているせいか、瞼が重たくなってくる。クイーン達の大騒ぎの喧騒も全く気にならない、むしろ俺を深い眠りに誘う儀式のような気がしてくる。やがて俺はあっという間に落ちてしまう。
全く夢を見ず、ハッと気づくとバスは国道沿いのお土産売り場に停車している。皆が気を利かせてくれたのか、それともハブられたのか知らないが、クーラーの効いた車内は俺一人である。
大欠伸をしながらバスを降りると物凄い熱気にクラクラしてしまう。自然と目がクイーンを探すと、地産の食料品売り場で真剣に物色している。
「忍ちゃんにお土産か?」
「おう、起きたか。イビキうるさくて、みんな大笑いしてたぞ」
瞬時に顔が赤くなる。
「おお、この漬物旨そうじゃん、焼酎に合いそー。おい、今夜これでキュッと呑むぞ」
だから俺は二日酔いで… クイーンの優しげな流し目に、思わず深く頷いてしまう。
「よ、よし、これは俺が買ってやる。他になんか旨そうなもんないか?」
またもや見たことのない嬉しそうな笑顔で、
「こっちこっち、こっちにあるのよ、私、気になっているのが!」
……あれ。モード変換? 何故に今?
首を傾げる俺の腕を凄まじい力で引きずっていくクイーンなのである。
言わずと知れた、日本を代表する世界遺産である。
鬱蒼とした古い木々に囲まれ、酷暑を忘れさせてくれる聖なる涼しさに身が引き締まる想いである。
ここは江戸村のように皆でワイワイガヤガヤと回るわけにはいかず、いくつかのグループ、もしくは個々人で回るようにしおりには書いておいた。
俺は会社の仕事用に一人であちらこちらの写真を撮ったりパンフレットを集めていると、トイレから出てきた(出来の悪い)健太とバッタリでくわせる。
あ、丁度いい機会だと思い、健太を誘って木陰のベンチに座り込む。
「お前、中学の頃、クイーンに惚れてたんだってな。さっき和田達から聞いたわ」
健太はあいつらーと呟きながら、古くも気高い木々を見上げている。
「大昔の話だってーの。てか、あの頃の俺ら、ほとんどの奴がクイーンに惚れてたんじゃね?」
「え、そうなの?」
健太は吹き出しながら、
「あんな雑誌から抜け出た様な美少女、見たことないって。逆に軍司、マジであの頃クイーンのこと何とも思ってなかったのか? そっちの方がビックリだわ、ウケるー」
そんなこと言われたって… 本当に当時のクイーンの美しさに覚えがないんだよな…
「ま、そんな訳だからさ。俺に気にすることねーってーの。てか、俺はあん時キッチリ振られた訳だし、それに俺にはババアがいるし。ったく、あん頃はいい女だったんだけどなあ…」
変わらない。コイツのこの潔さと一途さは、あの頃と何ら変わりない。
「健太、またおいしい企画あったら、一緒に行こうな」
健太はギョッとして眉を顰めながら、
「どうした軍司、変なモン喰って頭おかしくなったか? 病院行くか?」
笑いながら頭を気持ちよく叩いてやると、何故か嬉しそうに上目遣いで俺を睨む。
「世界遺産の東照宮、楽しんだかお前達。で何が一番良かった? えーと、瀬戸!」
「はい、泣き龍でしたっ」
「それなっ」
「あれなっ」
「いやー、マジ響いたわー」
「アタシも拍子木叩きたかったあ」
「それダンナの頭を、だろ」
「そうそう、思いっきし… アホか」
「こらこらこらー じゃあ、春本っ お前は何が良かった?」
「ええ、やはり三猿ですかね」
「見ざる」
「言わざる」
「感じざる」
「それなっ」
「マグロかよー、そんなの嫌かもー」
「濡れざる…」
「それなっ」
「濡れるしー まだ滴るしー」
「聞いてねえよっ 想像しちまっただろが、ヤバ…」
「このエロザル、猿田っ」
「エロ猿田―♫ エロエロエロ猿ーー」
「こーーら、名前を馬鹿にしちゃいかんって前から言ってるだろう。やめなさいっ」
東照宮を後にし、二日に渡る修学旅行の帰路。五十代のいいオトナの集団とは到底思えないハイテンションだ。中学の頃よりも寧ろ悪化している気がする…
その中心がクイーンだ。三十六年前の不参加の分を取り戻そうとするかの如く、皆を煽り皆もそれに呼応する。昔も今も、人の輪の中心、いやど真ん中で皆を盛り立て熱狂させる女王様。コイツこそが、三つ子の魂百までの最たる存在なのかも知れない。
昨夜の二日酔いが残っているせいか、瞼が重たくなってくる。クイーン達の大騒ぎの喧騒も全く気にならない、むしろ俺を深い眠りに誘う儀式のような気がしてくる。やがて俺はあっという間に落ちてしまう。
全く夢を見ず、ハッと気づくとバスは国道沿いのお土産売り場に停車している。皆が気を利かせてくれたのか、それともハブられたのか知らないが、クーラーの効いた車内は俺一人である。
大欠伸をしながらバスを降りると物凄い熱気にクラクラしてしまう。自然と目がクイーンを探すと、地産の食料品売り場で真剣に物色している。
「忍ちゃんにお土産か?」
「おう、起きたか。イビキうるさくて、みんな大笑いしてたぞ」
瞬時に顔が赤くなる。
「おお、この漬物旨そうじゃん、焼酎に合いそー。おい、今夜これでキュッと呑むぞ」
だから俺は二日酔いで… クイーンの優しげな流し目に、思わず深く頷いてしまう。
「よ、よし、これは俺が買ってやる。他になんか旨そうなもんないか?」
またもや見たことのない嬉しそうな笑顔で、
「こっちこっち、こっちにあるのよ、私、気になっているのが!」
……あれ。モード変換? 何故に今?
首を傾げる俺の腕を凄まじい力で引きずっていくクイーンなのである。