第46話
文字数 1,680文字
尚子たちが警察に事情を説明に行くより先に、警察の方から連絡があった。もちろん、例のナイフの件で。
栗原の刺殺未遂の現場近くから見つかったものの、犯行とは明らかに関係のないものだからと、さして重要視はされていなかったようだ。
ただ、とりあえず持ち主の確認は必要だろうということで、色々と調べられていたらしい。
自宅にやってきた制服姿の警察官は、明らかに巡回のついでといった風だった。それでも、大志はたまたま家にいた尚子と一緒に事情を話し、謝った。
反省もしているようだからと、銃刀法違反の件は注意だけで済まされた。
肩の荷が降りた大志と尚子は、明日に迫った工房への訪問のための準備を再開した。
幸春から渡された連絡先は、彼が職人として勤めていた曲物の工房のものだった。
今は幸春の甥が代表を務めているらしいけれど、幸春も職人の一人として制作に携わっているとのことだった。
目の状態が悪化してからはほとんど引退状態だったそうだけれど、大志に指導するために現場に復帰して、なんだか妙に張り切っているみたいだと、その甥から聞かされた。
今回のことが大志の将来を明るいものにしてくれるのか、それは保証できない。そもそも、職人になるための修行を続けられるのかすら、わかったものではない。
「職人修行に行く時って、スーツ仕立てたりはしないよなぁ」
夫が首を傾げながらこちらを見ている。既にテイラーメイドのスーツを仕立ててくれる店を何軒かピックアップしているらしい。
しないでしょうねと、尚子は笑った。家族に無関心な人だと思っていたのに、ちょっとズレてるけど、この人も息子の新しい旅立ちに、何かしてあげたいと思っていたみたいだ。
自分の意思で新しい道へと足を踏み出そうとする大志を、尚子は誇らしく思った。彼の新しい物語が、ここから始まっていくのだ。
米原睦月が学校に戻ってきた。思いのほかたくさんのクラスメイトが彼女のことを心配していたようで、休み時間にはひっきりなしにクラスメイト達が彼女のもとを訪れていた。
佐波は一番に睦月のもとを訪れ、どこか後ろめたそうにしながらも睦月の退院をお祝いしていた。
睦月はそんな佐波の様子を察して、彼女らしくない冗談を言って佐波の不安を和らげていた。
悠人は他のクラスメイトと同じ程度に睦月の退院と学校復帰をお祝いして、当たり障りのない会話を二言、三言交わして終わりにした。
放課後、佐波が何故か悠人に声を掛けて来た。
「お疲れ、ねぇ、睦月のお見舞いには行ったの?睦月とは仲良くなれた?」
さっき睦月に話しかけていた時の不安そうな表情とは打って変わって、佐波はいつもどおりのどこか気怠げな口調でそう尋ねて来た。
悠人はこちらもいつもどおりに、ふざけた調子で言葉を返した。
「多分振られたっぽい、告白も何もしてないのに」
「なんだそれ」
佐波はどこか呆れたように、けれど可笑しそうにそう言った。悠人もつられて笑った。
自分でもおかしなことを言っているなと思ったけれど。告白する前に振られたのは、間違いないと思った。
米原睦月と釘宮美月、傍から見ていても両想いなのは一目瞭然だ。多分、悠人の入り込む隙間なんてない。
けれど、どういうわけか悠人は未練も嫉妬もなくそれを受け入れていた。
受け入れざるを得ないくらい、お互いを思いやっている姿を見せつけられたのだから、仕方ないのかもしれない。
そう言えば、古田さんとの面会って明後日だったっけ。不意に、悠人は思い出したくないことを思い出してしまった。
ただ、思い出したのは古田さんの事なのに、悠人の頭の中には釘宮一家の姿が映し出されていた。
すべての事実を聞き、安堵して倒れ込む母親の尚子。それをやさしく慰める美月と大志。ああいう家族の姿に、無意識に憧れているのだろうか。
そう考えて、すぐに悠人は自分の考えを打ち消そうと頭を振った。母親や古田さんに家族を期待しちゃいけないと、反射的に考えていた。
(今日は早く”家”に帰ろ)
悠人の思考が、寂しい気持ちを紛らすように我が”家”の景色を頭の中に描き出していた。
栗原の刺殺未遂の現場近くから見つかったものの、犯行とは明らかに関係のないものだからと、さして重要視はされていなかったようだ。
ただ、とりあえず持ち主の確認は必要だろうということで、色々と調べられていたらしい。
自宅にやってきた制服姿の警察官は、明らかに巡回のついでといった風だった。それでも、大志はたまたま家にいた尚子と一緒に事情を話し、謝った。
反省もしているようだからと、銃刀法違反の件は注意だけで済まされた。
肩の荷が降りた大志と尚子は、明日に迫った工房への訪問のための準備を再開した。
幸春から渡された連絡先は、彼が職人として勤めていた曲物の工房のものだった。
今は幸春の甥が代表を務めているらしいけれど、幸春も職人の一人として制作に携わっているとのことだった。
目の状態が悪化してからはほとんど引退状態だったそうだけれど、大志に指導するために現場に復帰して、なんだか妙に張り切っているみたいだと、その甥から聞かされた。
今回のことが大志の将来を明るいものにしてくれるのか、それは保証できない。そもそも、職人になるための修行を続けられるのかすら、わかったものではない。
「職人修行に行く時って、スーツ仕立てたりはしないよなぁ」
夫が首を傾げながらこちらを見ている。既にテイラーメイドのスーツを仕立ててくれる店を何軒かピックアップしているらしい。
しないでしょうねと、尚子は笑った。家族に無関心な人だと思っていたのに、ちょっとズレてるけど、この人も息子の新しい旅立ちに、何かしてあげたいと思っていたみたいだ。
自分の意思で新しい道へと足を踏み出そうとする大志を、尚子は誇らしく思った。彼の新しい物語が、ここから始まっていくのだ。
米原睦月が学校に戻ってきた。思いのほかたくさんのクラスメイトが彼女のことを心配していたようで、休み時間にはひっきりなしにクラスメイト達が彼女のもとを訪れていた。
佐波は一番に睦月のもとを訪れ、どこか後ろめたそうにしながらも睦月の退院をお祝いしていた。
睦月はそんな佐波の様子を察して、彼女らしくない冗談を言って佐波の不安を和らげていた。
悠人は他のクラスメイトと同じ程度に睦月の退院と学校復帰をお祝いして、当たり障りのない会話を二言、三言交わして終わりにした。
放課後、佐波が何故か悠人に声を掛けて来た。
「お疲れ、ねぇ、睦月のお見舞いには行ったの?睦月とは仲良くなれた?」
さっき睦月に話しかけていた時の不安そうな表情とは打って変わって、佐波はいつもどおりのどこか気怠げな口調でそう尋ねて来た。
悠人はこちらもいつもどおりに、ふざけた調子で言葉を返した。
「多分振られたっぽい、告白も何もしてないのに」
「なんだそれ」
佐波はどこか呆れたように、けれど可笑しそうにそう言った。悠人もつられて笑った。
自分でもおかしなことを言っているなと思ったけれど。告白する前に振られたのは、間違いないと思った。
米原睦月と釘宮美月、傍から見ていても両想いなのは一目瞭然だ。多分、悠人の入り込む隙間なんてない。
けれど、どういうわけか悠人は未練も嫉妬もなくそれを受け入れていた。
受け入れざるを得ないくらい、お互いを思いやっている姿を見せつけられたのだから、仕方ないのかもしれない。
そう言えば、古田さんとの面会って明後日だったっけ。不意に、悠人は思い出したくないことを思い出してしまった。
ただ、思い出したのは古田さんの事なのに、悠人の頭の中には釘宮一家の姿が映し出されていた。
すべての事実を聞き、安堵して倒れ込む母親の尚子。それをやさしく慰める美月と大志。ああいう家族の姿に、無意識に憧れているのだろうか。
そう考えて、すぐに悠人は自分の考えを打ち消そうと頭を振った。母親や古田さんに家族を期待しちゃいけないと、反射的に考えていた。
(今日は早く”家”に帰ろ)
悠人の思考が、寂しい気持ちを紛らすように我が”家”の景色を頭の中に描き出していた。