第28話
文字数 1,383文字
「それとなんだけど・・・」
波瑠が、少し探るような視線を悠人に向けながら、何か言いたげに声を掛けてきた。
「古田さんが会えないかって、いつって時期の指定はなくて、悠人のいい日に会えたらって・・・。会う?」
無理しなくていいからと、波瑠は最後に付け加えた。
「あぁ、えっと、急ぎで返事したほうがいいやつ?」
「全然、そんな感じじゃなかったよ。悠人の気が向いた時でって」
さっきまでとは打って変わって、波瑠は取り扱い注意のものを運ぶような用心深さと気遣いを悠人に示した。
「そっか、そんなら、少し考えてもいい?なんか気を遣わしてごめん」
「あ、私は全然、大丈夫だから」
波瑠はそう言って笑った。その仕草が余計に悠人の苦い感情を刺激した。
悠人の気が向いたときで、そう言っている古田さんの顔を、悠人はまるで目の前に本人がいるかのように想像できた。
遠慮がちで、どこか臆病にすら見える古田さんの疲れた頬と、そこにわずかに残るヒゲの剃り残しを、何故か同時に思い出した。
ずるい言い方だ、こっちに配慮しているように見せかけて、決断をすべてこちらに委ねようとしている。
気が優しいのか、弱いのか、あの人らしい中途半端なやり方だ。
ずるいと言ったけれど、訂正しようと悠人は思った。
気を使ってはいるけれど、彼には自分の回答が相手にどんな気持ちを抱かせるのか、そこに対する想像力が無いのだ。
無意識に、心のなかで散々に古田さんを貶していた。別にそこまで嫌いなわけではないし、そもそも嫌うほどの接点もない。
悠人は古田さんのことを、病気療養中の母親の新しいパートナーということくらいしか知らない。今まで会った回数も、片手で数えられる程度だ。
ただ、いなくなった父親にはよく似ている。見た目も、多分性格も似ているに違いない。そこまで深く知っているわけではないけれど、多分そうだ。
自分を取り巻く世界すべてに対して恐れを抱いているような目を見れば、それは容易に想像できる。
父親のように、最後に逃げ出す男の相が出ている。悠人にはそんなふうに思えてならなかった。
だからできるだけ会いたくはなかった。けれど、会いたくないときっぱり断ることも出来ず、ちょっと考えさせてと言ってお茶を濁した。
結局のところ、大事な場面で決断出来ずに逃げてしまうのは、悠人だって同じなのだ。
だから尚更、自分の隠したいところを、見ないでおきたい所を見せつけられるような気がして、古田さんとは会いたくなかった。
「会わなきゃいいだろ」
スマートフォンを食い入るように見つめていたはずの純季が、悠人の心を見透かしたようにそういった。
「人の心を読むなよ」
純季が相手の心の内側を覗き見たようなことを言ってくるのは、よくあることだ。悠人も何度かやられた。だから、あまり驚いたりはしない。
「心なんて読まなくても、顔見ればわかる」
わかりやすいよ、悠人は。純季はそう言った。
「どうせ俺はわかりやすい奴だよ。簡単だろ」
悠人は皮肉を込めてそう言った。けれど純季は、そんな悠人に真顔で
「わかりやすい奴は良い奴だ。嘘つきや、自分を隠したがる奴なんかよりずっと」
と言った。
嘘のない真っすぐな目でそう言われ、悠人はそれ以上何も言えなかった。
そろそろ食事が出来上がりそうだ。そんな全く関係のないことを考えながら、熱くなりかけた気持ちを誤魔化した。
波瑠が、少し探るような視線を悠人に向けながら、何か言いたげに声を掛けてきた。
「古田さんが会えないかって、いつって時期の指定はなくて、悠人のいい日に会えたらって・・・。会う?」
無理しなくていいからと、波瑠は最後に付け加えた。
「あぁ、えっと、急ぎで返事したほうがいいやつ?」
「全然、そんな感じじゃなかったよ。悠人の気が向いた時でって」
さっきまでとは打って変わって、波瑠は取り扱い注意のものを運ぶような用心深さと気遣いを悠人に示した。
「そっか、そんなら、少し考えてもいい?なんか気を遣わしてごめん」
「あ、私は全然、大丈夫だから」
波瑠はそう言って笑った。その仕草が余計に悠人の苦い感情を刺激した。
悠人の気が向いたときで、そう言っている古田さんの顔を、悠人はまるで目の前に本人がいるかのように想像できた。
遠慮がちで、どこか臆病にすら見える古田さんの疲れた頬と、そこにわずかに残るヒゲの剃り残しを、何故か同時に思い出した。
ずるい言い方だ、こっちに配慮しているように見せかけて、決断をすべてこちらに委ねようとしている。
気が優しいのか、弱いのか、あの人らしい中途半端なやり方だ。
ずるいと言ったけれど、訂正しようと悠人は思った。
気を使ってはいるけれど、彼には自分の回答が相手にどんな気持ちを抱かせるのか、そこに対する想像力が無いのだ。
無意識に、心のなかで散々に古田さんを貶していた。別にそこまで嫌いなわけではないし、そもそも嫌うほどの接点もない。
悠人は古田さんのことを、病気療養中の母親の新しいパートナーということくらいしか知らない。今まで会った回数も、片手で数えられる程度だ。
ただ、いなくなった父親にはよく似ている。見た目も、多分性格も似ているに違いない。そこまで深く知っているわけではないけれど、多分そうだ。
自分を取り巻く世界すべてに対して恐れを抱いているような目を見れば、それは容易に想像できる。
父親のように、最後に逃げ出す男の相が出ている。悠人にはそんなふうに思えてならなかった。
だからできるだけ会いたくはなかった。けれど、会いたくないときっぱり断ることも出来ず、ちょっと考えさせてと言ってお茶を濁した。
結局のところ、大事な場面で決断出来ずに逃げてしまうのは、悠人だって同じなのだ。
だから尚更、自分の隠したいところを、見ないでおきたい所を見せつけられるような気がして、古田さんとは会いたくなかった。
「会わなきゃいいだろ」
スマートフォンを食い入るように見つめていたはずの純季が、悠人の心を見透かしたようにそういった。
「人の心を読むなよ」
純季が相手の心の内側を覗き見たようなことを言ってくるのは、よくあることだ。悠人も何度かやられた。だから、あまり驚いたりはしない。
「心なんて読まなくても、顔見ればわかる」
わかりやすいよ、悠人は。純季はそう言った。
「どうせ俺はわかりやすい奴だよ。簡単だろ」
悠人は皮肉を込めてそう言った。けれど純季は、そんな悠人に真顔で
「わかりやすい奴は良い奴だ。嘘つきや、自分を隠したがる奴なんかよりずっと」
と言った。
嘘のない真っすぐな目でそう言われ、悠人はそれ以上何も言えなかった。
そろそろ食事が出来上がりそうだ。そんな全く関係のないことを考えながら、熱くなりかけた気持ちを誤魔化した。