第33話
文字数 1,167文字
睦月は観念したように肩を落とすと、手に巻かれた包帯をゆっくりと解き始めた。そして両方の包帯を外し終えると、睦月は掌を上に向け傷を純季に見せた。
そこには、人差し指の付け根から斜め下に向かって刃物で切り付けられた傷跡が、まだはっきりと残っていた。
右手だけでなく、左手の掌にも同じ向きに傷がつけられていた。
「昨日、この傷跡を見せてもらった時から、疑問に思ってたんです」
純季はそう言うと、睦月の掌に触れないようにしながら、自分の人差し指で傷跡をなぞった。
「両掌とも、同じ方向に向かって傷がつけられてる。例えばさっきみたいに、右利きの人間が斜め上からナイフで向かい合った相手の掌を切りつけたなら、少なくとも右手の方は、小指から人差し指の方に向かって、斜めに下るように傷が付くはずなのに。そこがどうも引っかかってました」
それに、と、純季は睦月の両手を交互に指差しながら話を続けた。
「左手の傷が右手の傷より少し深いなとも思いました。多分、先に左手の方を切ってから、次に右手を切ったんですね。使ったのは恐らく、大きめのカッターナイフか何か。利き手じゃない上に、痛みのせいで右手の方は左手ほど深く切れなかったんじゃないですか」
純季は顔を上げると、表情の無い視線を睦月に向けた。
睦月は目を逸らすように俯き、まるで言い訳を探すように視線をテーブルに這わせていた。
けれど純季は、睦月に言い訳を探す暇さえ与えず、さらに言葉を継いだ。
「米原さん、公園の入り口の辺りでフードを被った奴に襲われたって言ってましたけど、あの辺は人通りも外灯も多いですよね。入り口付近もかなり明るかったはずです。隠れられるめぼしい場所も見当たらない。その場所のどこに、そんな怪しい奴が潜んでいたんですか」
純季の口調は、決して怒りが込められているわけでも、追いつめるようなものでもない、平板で淡々としたものだった。
それでも知らず知らず、聞き手を沼の底に引きずり込んでいくような悪魔的な響きを持っていた。
睦月はじわじわとそれに絡めとられようとしている。止めなければならないと悠人は思った。思ったけれど、それが声になることはなかった。
何かに取り憑かれたかのように硬直したまま、ただじっと、純季と睦月の遣り取りを見ているばかりだった。
睦月の方は、もう何も言えることが無いのか、ただ蒼い顔のままテーブルの上を見つめるだけだった。
「あの日、米原さんは公園の入り口で誰かに出会った。それは知ってる人だった。そしてその人を庇うために、その人とは似ても似つかない相手に襲われたと言った。俺の推測はこんなところです。合ってますか?」
純季は睦月の顔を覗き込むように、自分の顔を少しだけ近づけた。
睦月はハッとした表情で純季の方を見たけれど、すぐに観念したように、小さく頷いた。
そこには、人差し指の付け根から斜め下に向かって刃物で切り付けられた傷跡が、まだはっきりと残っていた。
右手だけでなく、左手の掌にも同じ向きに傷がつけられていた。
「昨日、この傷跡を見せてもらった時から、疑問に思ってたんです」
純季はそう言うと、睦月の掌に触れないようにしながら、自分の人差し指で傷跡をなぞった。
「両掌とも、同じ方向に向かって傷がつけられてる。例えばさっきみたいに、右利きの人間が斜め上からナイフで向かい合った相手の掌を切りつけたなら、少なくとも右手の方は、小指から人差し指の方に向かって、斜めに下るように傷が付くはずなのに。そこがどうも引っかかってました」
それに、と、純季は睦月の両手を交互に指差しながら話を続けた。
「左手の傷が右手の傷より少し深いなとも思いました。多分、先に左手の方を切ってから、次に右手を切ったんですね。使ったのは恐らく、大きめのカッターナイフか何か。利き手じゃない上に、痛みのせいで右手の方は左手ほど深く切れなかったんじゃないですか」
純季は顔を上げると、表情の無い視線を睦月に向けた。
睦月は目を逸らすように俯き、まるで言い訳を探すように視線をテーブルに這わせていた。
けれど純季は、睦月に言い訳を探す暇さえ与えず、さらに言葉を継いだ。
「米原さん、公園の入り口の辺りでフードを被った奴に襲われたって言ってましたけど、あの辺は人通りも外灯も多いですよね。入り口付近もかなり明るかったはずです。隠れられるめぼしい場所も見当たらない。その場所のどこに、そんな怪しい奴が潜んでいたんですか」
純季の口調は、決して怒りが込められているわけでも、追いつめるようなものでもない、平板で淡々としたものだった。
それでも知らず知らず、聞き手を沼の底に引きずり込んでいくような悪魔的な響きを持っていた。
睦月はじわじわとそれに絡めとられようとしている。止めなければならないと悠人は思った。思ったけれど、それが声になることはなかった。
何かに取り憑かれたかのように硬直したまま、ただじっと、純季と睦月の遣り取りを見ているばかりだった。
睦月の方は、もう何も言えることが無いのか、ただ蒼い顔のままテーブルの上を見つめるだけだった。
「あの日、米原さんは公園の入り口で誰かに出会った。それは知ってる人だった。そしてその人を庇うために、その人とは似ても似つかない相手に襲われたと言った。俺の推測はこんなところです。合ってますか?」
純季は睦月の顔を覗き込むように、自分の顔を少しだけ近づけた。
睦月はハッとした表情で純季の方を見たけれど、すぐに観念したように、小さく頷いた。