第39話
文字数 2,134文字
“ピンポン! ”
玄関のチャイムが鳴った。突然のことに驚いた尚子は、アルバムを膝から床へ落としてしまった。
尚子は慌ててアルバムを拾い上げ、時計を確認した。時刻は午後5時になろうとしている。
来客か、それとも荷物の配送か、思い当たる訪問相手を一つずつ頭に浮かべながら、ふと、警察というワードが頭をもたげ、尚子はそれを全力で脳内から追い出した。
それでもどこか重い足取りのまま、尚子はインターフォンを取った。
ところがモニターに映し出されていたのは、尚子が予想もしていなかった、学生服を着た3人の少年少女たちだった。
真ん中にいる女子高生には見覚えがあった。あの日、公園で手を切りつけられ蹲っていた少女だ。
意外な訪問者に、尚子は応答することも忘れぼんやりとモニターを眺めていた。
すると、真ん中の女子高生が不思議そうに首を傾げながら、すみません、と話し掛けて来た。
その声に尚子は我に返った。
「ご、ごめんなさい。あなたは確か、あの夜公園で・・・」
尚子がそこまで言うと、女子高生は驚いた顔を見せ、右隣にいる男子高校生の方を見て何事か話していた。
モニター越しで正確に聞き取ることは出来なかったけれど、やっぱりそうなの?というようなことを言っているように聞こえた。
「どうして家がわかったの?もう手の怪我は大丈夫?」
そこまで言って、尚子はしまったと口をつぐんだ。
相手は大志のことで家に来ているのかもしれない。どうして家がわかったなんて言い方をすれば、自分と大志は関係があると勘繰られるかもしれないのに。
そう考えて、相手は単に、助けてくれたお礼をしに来ただけかもしれないと強引に思い直すことにした。いずれにしろ、どうして尚子の家がわかったのかという疑問は残るけれど。
ただ尚子の言い訳めいた想像は、女子高生の次の言葉で裏切られた。
『大志さんのことで、お話したいことがあります』
正面に向き直った女子高生は、努めて落ち着いた口調でそう言った。尚子の肩に鉛のような重い疲労感が覆い被さった。
と同時に、誰かにこの重く苦しい何かを語って、そして幾らかを手放して楽になりたいという気持ちが湧き上がってきた。
「・・・少し待っててね、いま行きます」
尚子はそう応えると、モニターのスイッチを切り、急いでアルバムをソファから部屋の隅に隠すように置いた。そして玄関に向かうと、出来るだけ平静を装って扉を開けた。
扉の向こうには、モニターで見た3人の高校生が待っていた。
「お久しぶりです。あの時はありがとうございました。それと、今日はどうしても謝りたくてお邪魔させていただきました」
女子高生はそう言って深々と頭を下げた。
「謝りたいこと?えっと、よくわからないけど、とりあえずどうぞ」
尚子はそう言って、3人を家に招き入れた。リビングに3人を通すと、とりあえずソファを勧め、コーヒーの用意をしながら3人の様子を見た。
女子高生は大志のことで話があると言っていた。あの事件の夜に自分を助けてくれた女性に会いに来たと言ってはいない。尚子は覚悟を決めた。
「どうぞ」
出来る限りにこやかに、と言っても、きっと引き攣っているであろう笑顔を向けながら、尚子は3人にコーヒーを配った。
「ありがとうございます」
3人とも控えめに頭を下げた。尚子はそんな彼らの真向かいのイスに座り、真っすぐ対峙した。
「米原睦月と言います。突然お邪魔して、申し訳ありません」
最初に口を開いたのは、女子高生だった。そう言えば、この少女の名前を尚子は知らなかった。
「気にしないで。それよりも、もう手の傷は大丈夫?」
尚子は早く大志の話題へ移りたいと逸る思いを抑えながら、睦月の手を覗き込むように見ながら、気遣いの言葉を掛けた。
「おかげさまで、まだ傷は残ってますけど、動かしても痛みは無いですし、もう大丈夫です」
睦月はそう言うと、まだ軽く包帯の巻かれた両手を広げ、一本ずつ指を動かして見せた。
確かに動かす分には不自由はなさそうだけれど、彼女の掌にずっと傷が残りはしないかと、尚子はそれが心配だった。
「私は大丈夫です。それより、大志さんのことを」
睦月はそう言って、鞄から自分のスマートフォンを取り出した。何故か、この子の方が尚子よりも気持ちが逸っているように思えた。
睦月が画面を尚子に見せようとした時、右隣でさっきから全く表情を崩さずにいた少年が、何かを睦月の耳元でささやいた。睦月は何かに気付いたように一度手を引っ込めた。
「ごめんなさい、気持ちが焦って。私、塾で釘宮美月先生のお世話になってて、大志さんのことも写真で見て知ってました。美月先生の家の場所も教えてもらってたので、今日はここに来れたんです。あなたが美月先生のお母さんだったことは、知りませんでした」
そう言うと、睦月は小さく頭を下げた。
美月の塾の生徒だったのか。意外な繋がりに、尚子は無言のまま睦月を見つめた。
「そうだったの・・・」
尚子は何か言おうと思ったけれど、それしか言葉が出てこなかった。
「それで、これを見てもらえますか?」
睦月は改めてスマートフォンの画面を尚子に差し出した。尚子はそれを手に取り、そこに映し出された画像の内容に目を見開いた。
玄関のチャイムが鳴った。突然のことに驚いた尚子は、アルバムを膝から床へ落としてしまった。
尚子は慌ててアルバムを拾い上げ、時計を確認した。時刻は午後5時になろうとしている。
来客か、それとも荷物の配送か、思い当たる訪問相手を一つずつ頭に浮かべながら、ふと、警察というワードが頭をもたげ、尚子はそれを全力で脳内から追い出した。
それでもどこか重い足取りのまま、尚子はインターフォンを取った。
ところがモニターに映し出されていたのは、尚子が予想もしていなかった、学生服を着た3人の少年少女たちだった。
真ん中にいる女子高生には見覚えがあった。あの日、公園で手を切りつけられ蹲っていた少女だ。
意外な訪問者に、尚子は応答することも忘れぼんやりとモニターを眺めていた。
すると、真ん中の女子高生が不思議そうに首を傾げながら、すみません、と話し掛けて来た。
その声に尚子は我に返った。
「ご、ごめんなさい。あなたは確か、あの夜公園で・・・」
尚子がそこまで言うと、女子高生は驚いた顔を見せ、右隣にいる男子高校生の方を見て何事か話していた。
モニター越しで正確に聞き取ることは出来なかったけれど、やっぱりそうなの?というようなことを言っているように聞こえた。
「どうして家がわかったの?もう手の怪我は大丈夫?」
そこまで言って、尚子はしまったと口をつぐんだ。
相手は大志のことで家に来ているのかもしれない。どうして家がわかったなんて言い方をすれば、自分と大志は関係があると勘繰られるかもしれないのに。
そう考えて、相手は単に、助けてくれたお礼をしに来ただけかもしれないと強引に思い直すことにした。いずれにしろ、どうして尚子の家がわかったのかという疑問は残るけれど。
ただ尚子の言い訳めいた想像は、女子高生の次の言葉で裏切られた。
『大志さんのことで、お話したいことがあります』
正面に向き直った女子高生は、努めて落ち着いた口調でそう言った。尚子の肩に鉛のような重い疲労感が覆い被さった。
と同時に、誰かにこの重く苦しい何かを語って、そして幾らかを手放して楽になりたいという気持ちが湧き上がってきた。
「・・・少し待っててね、いま行きます」
尚子はそう応えると、モニターのスイッチを切り、急いでアルバムをソファから部屋の隅に隠すように置いた。そして玄関に向かうと、出来るだけ平静を装って扉を開けた。
扉の向こうには、モニターで見た3人の高校生が待っていた。
「お久しぶりです。あの時はありがとうございました。それと、今日はどうしても謝りたくてお邪魔させていただきました」
女子高生はそう言って深々と頭を下げた。
「謝りたいこと?えっと、よくわからないけど、とりあえずどうぞ」
尚子はそう言って、3人を家に招き入れた。リビングに3人を通すと、とりあえずソファを勧め、コーヒーの用意をしながら3人の様子を見た。
女子高生は大志のことで話があると言っていた。あの事件の夜に自分を助けてくれた女性に会いに来たと言ってはいない。尚子は覚悟を決めた。
「どうぞ」
出来る限りにこやかに、と言っても、きっと引き攣っているであろう笑顔を向けながら、尚子は3人にコーヒーを配った。
「ありがとうございます」
3人とも控えめに頭を下げた。尚子はそんな彼らの真向かいのイスに座り、真っすぐ対峙した。
「米原睦月と言います。突然お邪魔して、申し訳ありません」
最初に口を開いたのは、女子高生だった。そう言えば、この少女の名前を尚子は知らなかった。
「気にしないで。それよりも、もう手の傷は大丈夫?」
尚子は早く大志の話題へ移りたいと逸る思いを抑えながら、睦月の手を覗き込むように見ながら、気遣いの言葉を掛けた。
「おかげさまで、まだ傷は残ってますけど、動かしても痛みは無いですし、もう大丈夫です」
睦月はそう言うと、まだ軽く包帯の巻かれた両手を広げ、一本ずつ指を動かして見せた。
確かに動かす分には不自由はなさそうだけれど、彼女の掌にずっと傷が残りはしないかと、尚子はそれが心配だった。
「私は大丈夫です。それより、大志さんのことを」
睦月はそう言って、鞄から自分のスマートフォンを取り出した。何故か、この子の方が尚子よりも気持ちが逸っているように思えた。
睦月が画面を尚子に見せようとした時、右隣でさっきから全く表情を崩さずにいた少年が、何かを睦月の耳元でささやいた。睦月は何かに気付いたように一度手を引っ込めた。
「ごめんなさい、気持ちが焦って。私、塾で釘宮美月先生のお世話になってて、大志さんのことも写真で見て知ってました。美月先生の家の場所も教えてもらってたので、今日はここに来れたんです。あなたが美月先生のお母さんだったことは、知りませんでした」
そう言うと、睦月は小さく頭を下げた。
美月の塾の生徒だったのか。意外な繋がりに、尚子は無言のまま睦月を見つめた。
「そうだったの・・・」
尚子は何か言おうと思ったけれど、それしか言葉が出てこなかった。
「それで、これを見てもらえますか?」
睦月は改めてスマートフォンの画面を尚子に差し出した。尚子はそれを手に取り、そこに映し出された画像の内容に目を見開いた。