第41話
文字数 2,208文字
「ところでなんですけど」
不意に、純季と名乗った少年が身を乗り出して、尚子に顔を近づけ尋ねてきた。
「大志さんがナイフを持ってたこと、お母さんはご存知でしたか?」
純季にそう問われ、落ち着きを取り戻し掛けていた尚子の心は、再び張り詰めた。
「・・・私が大志を見かけたとき、あの子はナイフを持っていたけど、でも、あのおじいさんは自分で首を切ったんでしょ?それなら」
「そこは間違い無いんで、大丈夫ですよ」
純季は尚子を落ち着かせるようにそう言った。
「その様子だと、いつから大志さんがナイフを持っていて、どうしてあの夜にそれを手に外を出歩いていたのかまでは、わからないみたいですね。ナイフ自体が今どこにあるのかも」
「今はわからないけど、実は・・・」
尚子は、睦月を介抱して見送ったあと、近くで大志のものと思しきナイフを見つけたことを3人に話した。そして、それが一昨日から行方不明になっていることも。
「誰も探さないような場所にしまっておいたつもりだったんだけど、無くなってて。つい一昨日のことなの」
「大志さんが見つけて、自分の部屋に持って帰ったとか、その可能性はないですか?」
冷静な口調で純季が尋ねた。
「そうかもしれない。でも 、とても聞けなくて。私が仕事を休んでるせいか、昨日も今日も部屋から出てこないの」
そう言って尚子は肩を落とす。その様子を見ていた睦月は、何か慰めの言葉を掛けようと口を開きかけたけれど、結局何の言葉も出てこなかった。
「一つ確認させてください。美月先生も、15日の夜から部屋に籠ったままなんですか?」
純季が突然そんなことを聞いてきた。。
「え・・・、そうだけど。どうして知ってるの?」
「知ってるわけじゃないんですけど、そうかなって」
純季は曖昧な答えを返しながら、何かを促すように睦月の方へ目配せした。
睦月は何かに気付いたように自分のスマートフォンを手に取り、画面をスクロールし尚子の方へ見せた。
「美月先生が部屋に籠ってる原因は、多分これだと思います」
尚子は差し出されたスマートフォンを手に取り、画面をまじまじと見つめた。
映し出されていたのはさっきと同じようなネットニュースの記事だったけれど、内容は別の事件についてだった。
「塾の経営者、刺殺未遂・・・。この塾、美月の塾よね?」
尚子は画面と睦月の顔を行き来させながら、困惑した表情でそう尋ねた。
「そうです。だからここ二日間、塾は休みになっているはずです」
睦月は言った。その連絡は塾から直接受けていたけれど、理由はこれだったのかと、尚子は改めて記事に目をやった。
同時に、どこか軽い失望感を覚えていた。美月も、自分に何も相談してくれなかった。
「美月はこんな子じゃなかったのに。何か嫌な事や悲しい事があれば、こっちから聞かなくても、何でも喋ってくれる子供だった」
無意識にそんなことを口にしながら、尚子はローテーブルの上に置かれたスマートフォンの画面を覗き込んだ。栗原講師の刺殺未遂についてのネット記事が表示されたままだった。
「よほどショックだったのかもしれない。栗原先生って、塾の経営者でしょ。尊敬してたのかも・・・」
「それはありえないです」
睦月が不意に強い口調でそう言った。決然とした彼女の様子に、尚子は言葉も無くじっと睦月を見るばかりだった。
睦月はその視線に気づき、気まずそうに下を向いた。けれど、すぐに何かを決意したような顔をして、もう一度尚子の方へ向き直った。
「栗原先生は私にセクハラをしていました。美月先生は私のことを栗原先生から守ろうとしてくれていたんです」
言い終えると、睦月は疲れた様子で肩を落とした。二人の男子生徒、特に悠人の方は、そんな睦月に驚いたような視線を送っていた。
大人の男性に性的な嫌がらせを受けた事は、米原睦月という少女の心に深い傷を残したに違いない。
それを、自分の口から告げることの辛さを思うと、尚子はすぐにでも睦月の細い肩に手を置いて、頑張ったねと言ってやりたかった。
ただ、睦月はまだ言いたいことを言いきれていないのか、再びゆっくりと口を開いた。
「栗原先生が刺された話、最初に聞いたのは同じ塾に通っている友達からでした。まだ誰に刺されたかなんてわからない段階だったから、もしかしたら美月先生が、なんてことも考えました」
睦月は一度ゆっくりと息を吸った。
「でも友達が言うには、大塚・・・、塾の別の先生が、黒い服の男が逃げていくのを見たって言ってたそうです。だから、また大志さんが何かしたのかもって、そう思ってしまいました」
ごめんなさい、大志さんを疑ってばかりで。そう言って睦月はまた尚子に向かって頭を下げた。
「頭を上げて。無理もない事だから、気にしないで」
尚子は出来る限り優しく睦月に語りかけた。
「でもそういうことなら、二人ともニュースを見てないのかもしれない。見てればこのことをわかってるでしょ?」
尚子は改めて睦月のスマートフォンに目を向けた。知らないのであれば、知らせてあげなければ。
「そのほうがいいと思います。それと、多分ですけど、大志さんと美月さんはお互いに誤解してると思うので、それも解いてあげたほうがいいです」
純季が割り込むようにそう言った。
「誤解?」
尚子は首を傾げた。睦月も悠人も同じように、純季の話が理解できないといった顔を彼に向けていた。純季は尚子に顔を近づけ、話を始めた。
不意に、純季と名乗った少年が身を乗り出して、尚子に顔を近づけ尋ねてきた。
「大志さんがナイフを持ってたこと、お母さんはご存知でしたか?」
純季にそう問われ、落ち着きを取り戻し掛けていた尚子の心は、再び張り詰めた。
「・・・私が大志を見かけたとき、あの子はナイフを持っていたけど、でも、あのおじいさんは自分で首を切ったんでしょ?それなら」
「そこは間違い無いんで、大丈夫ですよ」
純季は尚子を落ち着かせるようにそう言った。
「その様子だと、いつから大志さんがナイフを持っていて、どうしてあの夜にそれを手に外を出歩いていたのかまでは、わからないみたいですね。ナイフ自体が今どこにあるのかも」
「今はわからないけど、実は・・・」
尚子は、睦月を介抱して見送ったあと、近くで大志のものと思しきナイフを見つけたことを3人に話した。そして、それが一昨日から行方不明になっていることも。
「誰も探さないような場所にしまっておいたつもりだったんだけど、無くなってて。つい一昨日のことなの」
「大志さんが見つけて、自分の部屋に持って帰ったとか、その可能性はないですか?」
冷静な口調で純季が尋ねた。
「そうかもしれない。でも 、とても聞けなくて。私が仕事を休んでるせいか、昨日も今日も部屋から出てこないの」
そう言って尚子は肩を落とす。その様子を見ていた睦月は、何か慰めの言葉を掛けようと口を開きかけたけれど、結局何の言葉も出てこなかった。
「一つ確認させてください。美月先生も、15日の夜から部屋に籠ったままなんですか?」
純季が突然そんなことを聞いてきた。。
「え・・・、そうだけど。どうして知ってるの?」
「知ってるわけじゃないんですけど、そうかなって」
純季は曖昧な答えを返しながら、何かを促すように睦月の方へ目配せした。
睦月は何かに気付いたように自分のスマートフォンを手に取り、画面をスクロールし尚子の方へ見せた。
「美月先生が部屋に籠ってる原因は、多分これだと思います」
尚子は差し出されたスマートフォンを手に取り、画面をまじまじと見つめた。
映し出されていたのはさっきと同じようなネットニュースの記事だったけれど、内容は別の事件についてだった。
「塾の経営者、刺殺未遂・・・。この塾、美月の塾よね?」
尚子は画面と睦月の顔を行き来させながら、困惑した表情でそう尋ねた。
「そうです。だからここ二日間、塾は休みになっているはずです」
睦月は言った。その連絡は塾から直接受けていたけれど、理由はこれだったのかと、尚子は改めて記事に目をやった。
同時に、どこか軽い失望感を覚えていた。美月も、自分に何も相談してくれなかった。
「美月はこんな子じゃなかったのに。何か嫌な事や悲しい事があれば、こっちから聞かなくても、何でも喋ってくれる子供だった」
無意識にそんなことを口にしながら、尚子はローテーブルの上に置かれたスマートフォンの画面を覗き込んだ。栗原講師の刺殺未遂についてのネット記事が表示されたままだった。
「よほどショックだったのかもしれない。栗原先生って、塾の経営者でしょ。尊敬してたのかも・・・」
「それはありえないです」
睦月が不意に強い口調でそう言った。決然とした彼女の様子に、尚子は言葉も無くじっと睦月を見るばかりだった。
睦月はその視線に気づき、気まずそうに下を向いた。けれど、すぐに何かを決意したような顔をして、もう一度尚子の方へ向き直った。
「栗原先生は私にセクハラをしていました。美月先生は私のことを栗原先生から守ろうとしてくれていたんです」
言い終えると、睦月は疲れた様子で肩を落とした。二人の男子生徒、特に悠人の方は、そんな睦月に驚いたような視線を送っていた。
大人の男性に性的な嫌がらせを受けた事は、米原睦月という少女の心に深い傷を残したに違いない。
それを、自分の口から告げることの辛さを思うと、尚子はすぐにでも睦月の細い肩に手を置いて、頑張ったねと言ってやりたかった。
ただ、睦月はまだ言いたいことを言いきれていないのか、再びゆっくりと口を開いた。
「栗原先生が刺された話、最初に聞いたのは同じ塾に通っている友達からでした。まだ誰に刺されたかなんてわからない段階だったから、もしかしたら美月先生が、なんてことも考えました」
睦月は一度ゆっくりと息を吸った。
「でも友達が言うには、大塚・・・、塾の別の先生が、黒い服の男が逃げていくのを見たって言ってたそうです。だから、また大志さんが何かしたのかもって、そう思ってしまいました」
ごめんなさい、大志さんを疑ってばかりで。そう言って睦月はまた尚子に向かって頭を下げた。
「頭を上げて。無理もない事だから、気にしないで」
尚子は出来る限り優しく睦月に語りかけた。
「でもそういうことなら、二人ともニュースを見てないのかもしれない。見てればこのことをわかってるでしょ?」
尚子は改めて睦月のスマートフォンに目を向けた。知らないのであれば、知らせてあげなければ。
「そのほうがいいと思います。それと、多分ですけど、大志さんと美月さんはお互いに誤解してると思うので、それも解いてあげたほうがいいです」
純季が割り込むようにそう言った。
「誤解?」
尚子は首を傾げた。睦月も悠人も同じように、純季の話が理解できないといった顔を彼に向けていた。純季は尚子に顔を近づけ、話を始めた。