第11話

文字数 992文字

 美月が睦月を囲い込むように栗原から守り始めて、ひと月ほど経ったろうか。塾に通う睦月の顔に、以前にはなかった明るさが感じられる気がした。

 睦月のそんな顔を見たことがなかった美月は、彼女が塾に通い始めたときから、既に栗原に嫌がらせを受けていたことに思い至った。

 元々成績が抜群に良かった睦月だったけれど、心に安定を取り戻した彼女のそれは、もう誰も追いつけないほどに伸びていった。

 そのことにさらに自信を深めて、溌剌とした顔を見せる睦月のことが、美月は自分のことのように嬉しかった。

「睦月は、大学はどこに行こうって考えてるの?」

 すっかり週末のルーティンとなったカフェの時間、美月はいつしか睦月のことを名前で呼ぶようになっていた。

「うーん、ほんと言うと、将来自分が何になりたいのか、全然イメージがつかなくて。勉強だけ、とりあえず一生懸命やろうって思ってやってきたから、それで何かを達成しちゃったら、その後のことは想像できなくて」

 私に何が出来るんでしょうね、勉強以外で。少し寂しそうに見える笑顔で睦月は言った。

「なんだって出来るよ、睦月はさ、自分のことを過小評価し過ぎ。勉強だけが出来るんじゃなくて、勉強も出来るんだよ」

 美月は言った。上辺だけの励ましではない、心からの言葉で。

「だといいですね」

 睦月は恥ずかしそうに少し笑った。

「成績が良いってことはね、ただ良い結果が出せるってことだけじゃなくて、結果を出すまでのプロセスを正しく履行したり、努力を積み重ねたり、その時間の重さに耐えきれる忍耐力を磨いてきたってことの証明なんだよ。もちろん、何か特別な才能があるのなら別だけど、そうじゃない人間に一番必要なのはそういう能力だから」

 教員は語りたがる生き物だと、中学校教員の母親が自嘲的に語っていたのを頭の端の方で思い出しながら、美月は熱い口調で言った。それからはたと気づいて

「睦月に特別な才能がないとか、そういうこと言ってるわけじゃないからね」

 と付け足した。少し慌てた様子の美月を見て、睦月は楽しそうに笑いながら、わかってるから大丈夫ですよと言った。

「ごめんごめん、でも本当に、睦月はなんにでもなれるんだから」

 語れば語るほど、その言葉が熱を持っていく。睦月のことは褒めても褒め足りないくらいだ。

「ありがとうございます」

 相変わらず控えめに笑う睦月が、美月は日毎に愛おしくなっていった。
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