第43話

文字数 1,588文字

「この子の、純季君の言ってるとおりなの?」

 尚子が美月と大志を交互に見ながら問い掛けた。二人ともお互いの顔を見た後、静かに頷いた。

「全部その男の子の言ってる通りだよ。少なくともあの夜私の身に起きたのは」

 美月は溜息をつくようにそう言うと、振り返って睦月の手を取った。

「ごめんね、心配かけて。本当のことがわかったから、もう私は大丈夫。お母さん、何にも言わずに部屋に籠っちゃって、ごめんね」

 美月は尚子の方に向かって言った。尚子は美月の顔を見やると、糸の切れたマリオネットのようにその場にへたり込んだ。

「お母さん!」

 美月は慌てて尚子に駆け寄り、うずくまる尚子の両肩に手を置いた。

 尚子は肩を震わせながら、口元を押さえている。そして小さな嗚咽を漏らしながら、尚子は肩に置かれた美月の手をしっかりと握った。

「良かった・・・、良かった、何にもなくて」

 震える声で何とかそれだけを言った尚子の身体を、美月は包み込むように抱きしめた。

「ごめんね、ごめんね心配かけて」

 母の涙を見たのは、何年ぶりだろう。自分よりすっかり小さくなった母を感じながら、美月はそう思った。気づけば、大志も尚子の側に膝をついて、優しく頭を撫でていた。

「すいません、ちょっとだけいいですか?」

 純季が、どこか話し掛け辛そうにしながら、そう声を掛けて来た。

「今こういうことを言うのも、なんだか申し訳ないんですけど。話を聞く限りだと、美月さんも大志さんも、今はナイフを持って無いんですよね」

 純季の言葉に、美月も大志も我に返ったように純季の方を振り返った。

「ナイフを探しに出たけど、結局見つけられなかったんですよね」

 純季のそう問われ、大志はうんうんと何度も頷いた。すると、今度は美月が申し訳なさそうに立ち上がり、話し始めた。

「ごめんなさい、あのナイフ、塾の近くで失くしちゃった」

「美月がナイフを持ってたの?」

 尚子は驚いて顔を上げた。

「ごめん、黙ってて。栗原先生と話をするための御守り代わりのつもりで持ち出しちゃった。偶然キッチンで見つけちゃって、職場に持って行って・・・」

 美月の声が段々と小さくなっていく。

「ちょっとナイフを近くに置いてただけなのに、置いたはずの場所からいつの間にか無くなってて。ごめん・・・」

 肩を落とす美月を慰めるように、睦月がその背中を優しく撫でた。

「それなら、正直にそのことを警察に言った方がいいかも知れませんね。栗原先生の件は一応殺人未遂事件ですから、もし現場でナイフが見つかっていたのなら、念のため所有者が調べられているかもしれません。購入履歴を洗われたら、すぐに誰のものかわかってしまうはずです。もしかしたら、銃刀法違反に当たるかもしれません。大志さんは未成年だから、注意くらいで済むかもしれませんけど、それなら猶更、正直な経緯を話すのが無難だと思います」

 冷静に、淡々とした口調でそう言った純季に、美月たちは目が覚めたような顔をした。

 それから互いの顔を見合わせ、そうした方が良いのだろうかと、確かめ合うように視線を交わした。

「きちんと、話をした方が良いかもしれないね」

尚子が、誰に言うでもなくそんなことを呟いた。

「言った方がいいんだろうけど、どこに行けばいいの?近所の交番とか」

 それに応えるように、美月が口を開いた。さっきとは打って変わって引き締まった声だった。いつもの美月先生の声だと睦月は安心した。

「つまりはさ、大志がネットで買ったナイフを失くしました、それは私が勝手に持ち出したからです、現場は殺人未遂のあった場所ですって、そう警察に言えばいいの?絶対怒られるね」

「殺人未遂の疑いが晴れたんだから、それくらい怒られたっていいでしょ」

 いつの間にか、尚子と美月がそんなことを言い合っていた。その様子をそばで大志が静かに見ていた。この家族のいつのも姿が戻ってきたようだった。
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