第17話

文字数 2,146文字

 だからといって、悠人は睦月に自分から話しかけたりはしなかったし、そもそもそんな勇気はなかった。

 いつもの調子で軽くコミュニケーションを取ろうとチャレンジをすることもなかった。
 
 普段から多弁すぎるくらい多弁な悠人が、睦月を前にすると借りてきた猫のように、何も言葉が出ずに硬直してしまうのだ。

 彼女は普段からあまり他の生徒と話したりしないから、きっと話しかけても迷惑に違いない。
 
 間違いなく、やんわりと拒絶されるに決まっているし、実際そうなったら傷つくだろうから、悠人はその進級初日のやり取り以降、睦月とは全く会話を交わしていなかった。

 ただいつか、何かのチャンスを捉えて、他愛ない会話で構わないから彼女と話が出来ないかと、悠人はその時を探っていた。

 その彼女が学校に来なくなった。来なくなったとは言っても、たった2日間来ていないだけなのだから、そのうち、もしかすると明日にでもまた学校に、何事も無かったかのように登校してくるかもしれない。 

 そう考えるのが普通なのに、悠人は睦月のそのたった2日間の休みがどうにも気になって仕方がなかった。

 自分は決して思い込みの強い方ではないと思っているけれど、今はどうしても自分の中に蠢く衝動を抑えきれなかった。

 睦月が学校を2日も欠席する理由を知りたい。

 もしも大した理由ではなく、単に風邪や体調不良で欠席したのだとわかれば、それはそれで何よりだ。いずれまた睦月が学校に来てくれるという確信が持てるのだから。

 悠人は、自分がほとんどストーカーと言っても良いくらいの執着心を持っていることに、内心気持ち悪さを覚えながら、それよりはるかに勝る不安と知りたいという欲求に従った。

 とりあえず、まずは睦月の現状がわかる情報を仕入れなければならない。  

 とはいえ、睦月の情報が漏れ伝わってくるような糸口はどこにあるだろう。

 少し考えてから、悠人は睦月が親しくしていた数人の女子生徒たちに探りを入れてみることにした。

 睦月の事をつぶさに観察していたおかげで、悠人は睦月の人間関係をある程度把握することが出来ていた。 

 彼女は自分から積極的に友達を作るようなタイプではなかったけれど、それでも何人かの生徒とは親しくしていた。

 中には睦月と同様にあまり他人とコミュニケーションを取らない生徒もいたし、それとは真逆で、誰とでも仲良く出来る悠人のような生徒もいた。

 ただその数は少なかったので、探りを入れられる生徒の数は限られていた。

 悠人は色々と吟味した上で、中内佐波 という女子生徒にそれとなく話を聞いてみることにした。

 佐波は悠人ともたまに会話を交わす仲で、特別親しいわけでもないが、こちらから話しかけても違和感を抱かれることはない程度の関係ではあった。

 だから探りを入れるには一番適当な相手だった。

「米原、今日も学校来てないな」

 カバンの中に手を入れて、何やらごそごそとやっていた佐波に、悠人は自然な口調でそう尋ねた。

「あ、うん、今日も休みだね」

 不意に声を掛けられて、佐波は反射的にそう答えた。

 それから悠人と睦月の机との間で一度視線を行き来させてから、気になる?と少し意地の悪い笑みを浮かべて悠人に問い返してきた。

「すげぇ気になる」

 悠人は目を少しだけ見開いて、けれど口元は道化のように不自然に頬をつり上げて、そう言った。

 冗談めかして気になると言ってしまった方が、却って妙な詮索をされずに済むし、佐波も悠人が何の気なしに睦月の様子を聞いてきただけだと思ってくれるに違いない。悠人はそう願った。

「そっかぁ、じゃあ仕方ない。教えてあげようかな」

 佐波は楽しそうに笑いながら、カバンのなかを探っていた手を止め、顔を睦月の机の方へ向けた。

「なんかね、睦月、手を怪我したんだって。腕か、掌か、どこなのか聞き損ねたけど。で、病院に入院してるらしいよ。あんまり大した怪我でもないから、明日か明後日には学校に来れるってさ」

 佐波の口から出た怪我という言葉に、悠人は思考の端を掴まれた。

「大変じゃん、お見舞いとかいくのか?」

 悠人は佐波を質問攻めにしそうになるのをどうにか抑え込みながら、何気ないふうを装ってそれだけを尋ねた。

「うーん、行くって言ったんだけど、入院してるのが百道の医療センターだし、私の家からはちょっと遠いから良いよって、睦月に言われた。すぐに退院できるみたいだし、私も良いかなって思ったから、行かないかなぁ」

 悠人は行きたいの?と、佐波はまたからかうような言葉を悠人に向けた。

「絶対変な空気になるよな、俺が行ったら。え、何しに来たのって顔されるわ」

「うわぁ、ごめん、その感じすごく目に浮かぶ」

 悠人と佐波はそう言って笑いあった。

「どっちにしても、そんな大変な怪我じゃないんなら、よかったな」

「うん、よかった。今日も連絡してみようかな」

 そう言ってまた睦月の机に目を向ける佐波に、悠人は、そうしたらいいじゃんと言って、その場を離れた。

 予想以上の収穫に笑みが零れ出るのを隠せずにいたけれど、自分がへらへらしているのはいつものことだし、周りもそう注目したりはしないだろう。

 悠人はそう思い直して、すぐに自分の席に戻り、これからどう行動しようかと思案に入った。
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