58 ユラスのあれこれ
文字数 4,075文字
「マリアス!愛してるわ!」
知り合いだったのか。
その日の夕方、食堂で二人ががっちり抱き合う。久々に顔を出した教官マリアス。
今日は、全員そろって話をすることになり、食事が届くまで説明することになった。マリアスとエルライの子供は、リーブラと蛍の横でアイスクリームを食べている。二人とも男の子だ。
「あのー、皆様。そんな賭けがあったなんて知らずに申し訳ありませんでした!」
エルライが机に手をついて謝る。
妻に何も説明しないため、こちらの休暇を勝手に取ったことを知らなかったらしい。
カウスも頭を押さえられて、一緒に謝る。
「その。どこから説明しよう…。簡単に言うと、夫の出身のユラス民族オミクロン族は内戦に参加した人が非常に多くて…後継ぎもあまりいなくて…。あ、戦死した人も多くて…。
私はオミクロンの首都に子供と二人で住んでいたのだけれど、親族に子供を渡せと言われていて助けが必要だったんです…。」
「エルライ。ユラスの話はあまりしていないから、内戦とか戦死とかそういうことはみんな知らないから…」
カウスが横からコソコソ言うが、そんなことはみんな知っている。隠せる、隠せていると思っていたのか。カウスの頭の中もどうなっているのだ。いくらバカでも、自分たちもそこまでバカじゃない。
「夫の故郷は息子も甥も、祖父の孫として一つの兄弟扱いなんです。
長男家に何かあれば、次男の家が長男としてて後継ぎになるし…。それで、族長の家系の男子が少なくなったから、傍系の子も本家にと…。
でも、私たちはチコ様に仕えたいけどまだ少し首都で片付ける仕事もあって、夫も今、国には帰れないし、子供もそんなに簡単に渡せないし。逃げて3回も引っ越したけれど限界で。場所によってはお金も現金しか使えなくて……。
いろいろあって、私も親族たちの思いも分かるから無下にはできないけれど…。
あと、首都でも一人は辛かった…。」
口だけの説明だと、ちょっとややこしくて分からないことも多いが、要するに子供が族長の家系に入れるように親戚も準備&待機しておけ、からの半逃亡生活で疲れたという事だろう。
しーんとした後に、エルライは叫ぶ。
「せめて時々まとまった休暇を下さい!」
端の方にいるサラサに向いている。
目を合わせないサラサ。
「あと、出張のまま
それはひどい。
この期間も一人だったらしい。カウスは結婚生活の7年間ほとんどユラスの家にいなかったとか。エルライの片親はユラス人だが、エルライ自身は中身はほぼアジア人だ。
「私でなく、チコさんに言って下さい!」
居た堪れなくなって、珍しくサラサが責任転嫁しながら叫んでいる。
なお、下町ズが高校生大学生を捕まえて聞き出したこれまでの情報網によると、過去聖典歴史において、家を立てた本筋から分家した最初のオミクロンが非常に有能な武将だったらしい。武将オミクロンがそのまま部族になって、栄枯盛衰の中でも数千年民族を保って来た。信仰が篤く歴史の大筋としては道徳観も持ち合わせていた民族のため、ここまで残って来れたのだろう。
一方、インテリを多く生み、世界に分散していったのがナオス族。チコのいる部族である。
高校生のカーフもここの出身。カウスが公爵家なら、あなたは皇子系ですか?とか思ったらナオス族長の遠縁らしい。「例えるなら辺境伯?」とか高校生が言っていた。「だから、西洋の貴族で例えるな!訳が分からん!」と思う下町ズである。…アジアに置き換えられても分からんが。
それで東洋島国に例えれば、カウスの叔父さんは将軍で、父はそこから分家した地方の殿様ってことだろ?辺境伯って落ち武者のことか?!追われて山すそとかに逃げて集落を作ったのか?カーフは落ち武者家系なのか?
しかし、そうでないと分かるメンバーもいる。
そこだけは、ネット小説に浸っていた妄想CDチーム得意とするところである。辺境伯なら強いだろう。強すぎて隔離されたか、国境の守護神と言える。ネット小説的には。
世界ではナオス族が有名だが、突出した天才を点々と生んでいるのが、最も少数のバベッジ族である。
ユラスは基本的には親族の近親婚はしないため、他部族との婚姻が多く結ばれ、現ナオス族長家系にも多くその血が入っているらしい。
ユラスは近親婚もしないから、アジアの一部地域にみられる病気がない。この時代はアジア地域も近親婚がほとんどなくなりだいぶ血が遠くなったため、前時代にあった各種の遺伝子病がかなり減ってはいる。
最も多い民族はタルフ族。
隣りの国と融合してしまい、実質ユラスとしての形はほとんどないし、大多数は実質近隣民族となる。ただ、タルフ民族共同体は現在も機能しており、先祖を誇りとしている集団も多くいるし、総合議会にも出席している。
広大なユラス民族は様々な容姿をしている。
オミクロンは、ベーシックなユラス人の特徴は少なく、大陸東端に多くいたため、もともと北東アジアとの混血が多い。ただ、北方国側のためか全体的な容姿は西洋人に近い。
不思議なのは、薄い褐色に淡い髪色が基本的な純潔南ユラス人の特徴だが、ほんの数人、その中にもカーフのように一見東アジア人、中でも東洋人のような者がいることだ。直近の混血でなく、血の濃い南ユラスや中央ユラス人の中からも生まれるという。
高校生たちはその理由を知らなかった。時々生まれるのだとしか。
という事を…Bチームのモアが調べ上げていた。
きちんと話してくれないから気になるでしょ、とのモア談である。
自国やアジアの歴史でさえ大して知らないのに、なぜそんなの調べる気になるのだ。正直、ナオスとかオミクロンとか言われても、全部同じに見える。エルフっぽくないが背が高い人は、オミクロンに多いという事は分かった。エルフっぽいのはナオス族だ。
今日は、子供もいるという事で直系70センチのピザもいくつか運ばれてきたのに、カウスの子はあまり食べない。
「ピザ、初めて見るんだって。」
「えー!そうなの??」
リーブラが小さく切ってあげている。
「食べれなかったら、こっちを食べて。」
スパイスがやさしく効いた肉入りのスープを出すと、近くにあったご飯を入れて一生懸命箸を使って食べていた。
「スプーンもあるよ。わーすごい!お野菜も食べられるんだね!」
その近くで、肉の照り焼きとチーズしか乗っていないピザをひたすら食べるファクト。照り焼きの次はソーセージだ。
「お前はガキよりガキか。」
ものすごい量を食べている姿に、ヴァーゴが呆れる。
「つーか、どこにそんなに入るんだ?」
「クソで出す。」
「お前、サイテーだな。」
なぜかレサトもいる。
「クソ仲間が何を言っている。」
ヴァーゴが嫌な顔をするが、向かいでジェイがもっと嫌な顔をしていた。
「肉ばっか食って、臭そう。」
「大丈夫です。若さで全部体内燃焼させるから。」
「飯食ってるときにやめろよ。」
ラムダが止めるが、聞かない面々を前に、リーブラが子供をしっかりしつける。
「ご飯中にああいう、汚いこと言っちゃだめよ。」
気が付いたファクトが向かいから手を振ると、カウスの子も恥ずかしそうに手を振った。
その時、若い男子が食堂に入って来て、カウスの方に行って礼をした。中学生ぐらいだろうか。背は高いが雰囲気が幼い。
「カウスさん、こんにちは。」
「お!デルタ。元気だったか?」
「はい。」
「大きくなったな…。もっと小さくなかったか?」
「今年に入って一気に伸びたんです。170超えました!」
嬉しそうに言って、マリアスの方に向いた。
「母さん、大変だったらアルたち連れていきますよ。帰るついでなので。」
「大丈夫だよ。デルタも食べて行きなさい。」
サラサが進めた。
「マリアスの次男とか三男辺り?」
息子が来た!と、目ざといリーブラとファイが直ぐに反応する。マリアスと違って細い。細いと言ってもマリアスに比べればで、濃い目の母親の顔よりも大分薄い顔をしている。悪くはない。むしろ好きだと思うファイは、お姉さんはあなたの将来も応援するわと勝手に決意するのであった。
そしてファイはファクトに向く。
「ねーねーいいの?いい子そうじゃない。」
「何が?」
「ムギちゃん取られちゃうよ。ファクトの推しが取られちゃう!」
え?という顔で引く。
「さすがに俺も、初対面で年下なのにお前呼ばわりの上、ケンカを吹っかけてくる子はいやだな…」
ファクトにも嫌な人がいるのかとみんな驚いた。
「え?すっごい気に掛けてるじゃん。」
「ムギは俺の中の英雄その4だから…。」
「はい?」
周りは意味が分からない。
「コマちゃん襲撃事件Ⅰにおいて、コマちゃんを1機食い止めた上に、クンフーの心の師匠だから…。」
は?となる周囲。英雄1と2と3は誰なんだ。
あれだけ構ってもらえて英雄、師匠でいいとかお前は聖人か、と思う男子たち。そして、彼らも女子がいなさ過ぎて「お前」&「出て行け」扱いでもいいので女子に構ってもらいたいという、おかしな方向にネジが回っているな、と一般思考なハウメアは男子ズを憐れんだ。
今日、ムギはいないが推定三男と出会ったらエリスは推すだろうし、どうなるかと思う一同であった。
中央の席ではカウスが行事に出席しているチコに、夕食や子供たちの楽しそうな様子を送信していた。
「先、休憩に入ったみたいで返信が送られてきたんですけど、相当怒っていますねー!向こうはまだ式典の途中だそうです。」
なぜ、そういう怒らせることをするのだ。わざとじゃなかったら、KY過ぎる。
「ずっとデルタとも会いたいと言っていたから、子供たちの写真を送っただけなのに。『こっちが明日まで拘束されているのに、楽しく飯食うな。お前、断食しろ』って子供ですか。」
お前も大人になれと、カウスの周りの下町ズと奥様たちは思う。
おそらくチコは、厳粛な場に駆り出されているのだろう。この能天気さで奥さんをも困らせるのかと思うと、女性に対するときは教訓にせねばと思う下町男子ズであった。
そうして次のスケジュールギリギリまで食堂は盛り上がっていたのだった。