56 おかえり、そして

文字数 2,770文字


その日のベガスは大騒動だった。

午後のベガスミラでの講義に前に、一同が藤湾の講堂に集められる。最初の20分はアーツだけ早く集められたのだが、高校生たちの中には早めに来て、後ろの方に座っている者も多くいた。

1人の講師が号令をした後、別の講師が現れる。
その知った姿にアーツ一同はあんぐりしてしまう。

「えーと、皆さんお久しぶりです。」
「は?」

迷彩は着ていないがメカニック対応のサイテニックの様な格好。一見普通の人に見えながらも非常に体格のいい男。事実上、爽やかお兄さんの名称を剥奪されてしまった人物。

カウスである。

「おおおーーーーー!!!!!」
アーツの盛り上がりに、高校生たちも何事かと驚く。

遂に来たのか!
生きていたのか!!
「カウスさーん!おかえりなさーい!!」
リーブラが手を振る。
「皆さんご歓迎ありがとうございます。」
と言うと、ものすごいブーイングも起こる。

たじろくカウスと高校生たち。

「俺らがプラス10周走ったつーの!」
「何が有給代休消化だ!それは負けを遂行したとは言えない!」

後部席にいた学生たちがファクトたちのところに来た。
「もしかして、あれがカウス様ですか?」
「え?そうだよ。知らないの?」
「実物をこんなに近くで見たことはないです。思ったより柔らかい雰囲気の方ですね。」
近辺にいたアーツメンバーは思う。そんなレアキャラなのか。
皆様の方がレアっぽいのに、カウスの方がレアなのか。姿も知らないとかどういうことだ。


「初めての方もいますね。カウスと言います。よろしくお願いいたします。アーツの世話役、指導役です。」
「勝手に休んでエリスさんやチコさんは怒っていなかったんですか?」
「総師長やエリスにはきちんとご挨拶してきましたよ。それなりに叱られたりしました。はい。」
「チコさんは?」

「まだ会っていません!」

この答えにみんな一斉に固まる。

「は?チコさんに会う前にこっちに来た??」
「それは許されることなのか?」
「いやー。分かりませんけれど、なんとなくこっちに来ました。」

なんとなくじゃなーい!!

誰もがそう思う。学校を無断でさぼった教師が、校長室で謝ったからと言って、学年主任や同僚に謝罪をする前に生徒の前に出るとは。昼休みなので余裕はあるだろ。

「怖いじゃないですか。皆さん守ってください。」
守ってじゃない!でも、悪いことをした自覚はあるのか。

「なんか思ってた人と違うな。」
レサトがつぶやく。
「レサトも知らないの?」
「遠目でしか見たことがない。」

めっちゃレアだな。

「ふざけんな!」
アーツの面々がカウスにこれまでのイライラをぶつける。
「俺ら乳酸出過ぎて死にそうだったのに!」
「たった200メートル10周でですか?」
「基礎トレ3キロに追加だ!」
「カウスさんにそれを言う権利はない!」
「怒らないでください。私も今日から10周走りますから。」
「カウスさんならハーフマラソンくらい走らないと意味ないっしょ!」
「末の皆さんより一回り年寄りなので無理言わないでください。」

またブーイングが起き、藤湾生徒たちが戸惑っている。
そこでヴァーゴが言った。
「まずチコさんに挨拶してきてください!」
拍手が起こる。
「え?イヤです。ストレートどころかリンチを食らいます。」
「頑張れカウス!」
シグマが言うと、カウスコールが起きる。

カウス!カウス!カウス!!!カウス!!

このノリに付いていけない高校生ズ。

「皆さん!」
カウスが教壇を叩いて一旦アーツを制す。
みんな静かになって聴き入る。

「総長は明後日まで留守です!!」

この日を狙ったのか!と思う下町ズ。
「ズルすぎる。」
「賭け分、他の方法で埋めてください!」
「でも…総長にお土産は持ってきました!」
お土産?
菓子か?オミクロン族の置物でも買って来たのか?熊の彫り物だろうか。

みんな声もない。

「はい!俺にもお土産ありますか!」
また、ファクトが余計なことを言う。

「あ、これ。あと3丁ほど持って来たので今度練習しましょう。」
カウスが腰から物騒な銃を出す。
「これ、いろいろぶち抜けるしモードを変えるとスタンガンぐらいにもなります。慣れていないと、操作がいろいろあるので…。」

いいのか、学校内にそんなもの持ち込んで。
しーんとしている講堂内に気付いて銃をしまったカウスが弁明する。

「大丈夫ですよ。ちゃんと許可を得て入管も通して入国してますので。違法では無いです。」
そういう問題ではない。
「あ!高校生大学生の皆さん!」
学生もいることを思い出したカウス。
「披露したことは黙っていてくださいね!」
この時点ではみんな知らないことだが、カウスは職業上、ベガス内どこでも武器の持ち込みが許可されている。みんなに披露していいのかどうかは別として。

「めっちゃよさそうだな!あれならまた何かあっても対処できそう。この前のニューロスは焦った。」
ファクトが楽しそうだ。
「…でも、ニューロス相手ならまだしも、あんなのはいやだな。」
意外にもレサトがそんなことを言うので驚く。でも確かに、相手がサイボーグや人間だったらどうするのだろうか。そもそもこの東アジア、アンタレスでこんなことが起こりえるのだろうか。テロに近い行為があること自体異常なことなのだ。
ファクトは少し考えこんだ。



「はい!そこまで!」
全ての流れを止めたのはサラサ。

「今日特別な会合のないリーダーはカウスと再構成のミーティングをします。藤湾のリーダーも参加したかったら来てください。」
解散、と言おうとしたところで、誰かが部屋に入ってくる。

ダン!

「…。」
チコだ。

「?!」
無言でチコが入って来た。変な緊張が走る。
付き添いか護衛のような人を2人連れていて、チコが入口で制すると講堂内を確認し1人は入り口に、1人は外に出た。

「…。」
みんな黙り込み、サラサも知らなかったのか驚いている。おののくカウス。

サラサは様子を見て全員を座らせた。
「一旦座って下さい。藤湾の学生は用があれば退出していいです。」
こんな普段見ないような場面、出て行く訳がない。ここに集まっている生徒は厳選しているのでサラサもそのままにした。

しかもチコはいつものラフな格好ではなく、この前カーフたちが着ていたような正装の民族衣装の白い服を着ていた。北西地域のロングジャケットにロングブーツ、つきそいも黒で同じような格好をしている。

「やだ!チコさん萌える!」
ファイがハートモードだ。こんな時によくそんなことを考えられるな、と呆れる男子たち。

「あれは何系でしょうか?」
ラムダが反応する。
「ナイト系…近衛?召喚系でもイケそうだ…。」
「複合系…?」
ファクトも(ひね)る。
「カーキだったら最高だな!」
え?っと引く2人。どうしてファクトはアーミー(そこ)から離れられないのだ。


そして、チコは壇上(した)の椅子にドカッと座る。

「カウス、久しぶりだな。」
ニコリともしない。

全員反応のしようがなかった。


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登場人物紹介

心星ファクト(しんぼしファクト)主人公1


中間層地域、中央区蟹目の高2。両親がニューロス界の世界的博士。性格はのんびり。可もなく不可もなく何でもこなせるみんなのハシゴ要員。みんなが思うよりはあれこれ考えている。

アーツではCチーム。

チコ・ミルク・ディーパ 主人公2


ユラス人。ベガス総長。基本真面目。

ムギ 主人公3


チコやカストルのお手伝いをしている。少数民族のベガス移民。非常に身軽でなぜが武器や大型バイクも使いこなす。世の中の出来事には動じないが、時々いろいろ勘違いして恥ずかしくなるタイプ。

カウス・シュルタン・オミクロン


チコの隣にいる爽やかお兄さん。

背が高いが、柔らかい雰囲気なので威圧感は下町ズほどではない。

サルガス


中央区大房民。Bチームの下。アストロアーツ店長で。アーツのリーダーになる。みんなのまとめ役で世話役。

ヴァーゴ


中央区大房。旧型バイクRⅡをこよなく愛する、アストロアーツ整備屋。サルガスの友人。顔は怖いが性格は穏やかでおせっかい。彼女いない歴年齢のアーツ最年長。Cチーム。これといってとくに活躍はしない。

タウ


中央区大房。元大手の営業で、トップパルクールトレーサーでもある。Aクラストップの一人。オールマイティー型。性格は良くも悪くも普通の性格。イータの彼氏。

流星イオニア(リウシンイオニア)


中央区大房。住まい自体は隣町。アーツ唯一の有名大卒。Aチームタウに並ぶトップで、元大手の営業。オールマイティー型で、何でもできるがタウよりは自由奔放。自由に生きてきたのに、なぜかここで一途な男になってしまう。

キファ


自由大房民。Aチーム運動神経トップクラスで、性格がしょうもない。子供かと言われるが本人曰く、「大房ではクールな男でした」と。

六連タラゼド(ムツラタラゼド)


中央区大房。空手の黒帯。チーム。自分からはあまり話はしないが、聞けば答えてくれる。

リーブラ


中央区大房ギャル。Dチーム。元アストロアーツのアルバイト。誰にでも当たりがよく優しい。何でも楽しいタイプ。

ファルソン・ファイ


中央区大房。Dチーム。元バンドのおっかけ。メイクや洋裁もできて器用。萌えたいタイプで好きなことだけして生きたいタイプ。タラゼドの幼馴染。

サラサ・ニャート


東アジア人。VEGAベガスの総務で、アーツの隠れサポーター。

レサト


一見カッコいいが、性格がダルくてテキトウな藤湾高等学部の学生。

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