18 アストロアーツの集会
文字数 4,797文字
さて、怒りが収まらない人はここにもいた。
「で?アーツを辞めるだと?!」
50人近い人間が集まった、貸し切り状態の下町
「絶対許さん!」
「お前に店を任せる話は前からしていただろ。」
ツィーが長い前髪をあげながら言う。
「そこじゃない!」
「そこ以外で怒ることがあるのか?」
「お前らだけ楽しいことしてきやがって!」
副店長シャウラは机に拳を下す。と…そして痛がる。拳が痛い。
「引っ越し手伝って、鬼ごっこしてきただけだぞ。」
「実質かくれんぼだったがな。」
「かなりアナログな競技場だったし、都市にあのタイプのを作るっていうのはおもしろいな。前時代の人間にその意図を聴いてみたい。」
「つーか、あのバイクに乗れたのは良かったな!」
「おれのRⅡの方が、エンジン音も渋くてずっと良かった!!」
ヴァーゴに余計な痛みを思い出させていることに気が付かない一同。
「飯、おいしくねー?あの羊煮込んだスパイスの!」
「えー?食べてないよー。」
「レシピ教えてもらいに行こうぜ!」
そんな感じで、行ったメンバーで笑っているのでさらに頭にくる。ここは整備屋でもあるので、二輪の中ではかなり高級車にあたるVEGA所有のバイクを、バイトをさぼった奴らが触ったのも面白くない。今だけと乗りたいメンバーが試乗体験もしたそうな。乗り心地も浮遊感も、下町の人間が買えるレベルの車と全然違うらしい。
そう、何人かは前日や当日連絡でバイトを休んで行ったのだ。シャウラを怒らせるには十分だである。さらに大人が鬼ごっこで盛り上がるとは。
ちなみにファクトはバイクに関し、「ムギには似合わない。ムギはママチャリの方がしっくりくる」と余計なことを言って、ムギを怒らせていた。14歳のムギが二輪に乗れるのは、特別資格があるかららしい。有事に限って二輪大型、普通中型までと一部特殊車両を運転できるらしい。なんだ、その特権。大型二輪とかおかしいだろ。バイクに潰されそうだ。
後で知ることだが、その代わりその権利を行使するときは、連合国公人の立場で防衛、救命をする義務がある。もちろん、帰りは有事ではないので乗ってはいけない。
他の人に運転を譲って帰ったそうだ。
「というわけで…」
ツィーが話を始める。
「まず、全員ワンドリンク以上頼む。シャウラたちが怒っている。店に貢献しろ。」
「ふざけんな!誰がそんなに作るんだ!」
シャウラや昨日シフトに入った者たちは仕事拒否をしたので、不条理にも今日集まった客や非番に飲みたいものを用意させる。もちろんお代はきっちり請求される。
「えっと、明日からベガスで順次面談を行う。
それに受かった者、条件を受け入れ
は?
「清算?」
一同沈黙。
「来たい者は『今の生活を全て清算して西区に来い』とのこと。」
「清算?全部?」
全て捨ててこい。という事だ。
「ベガス構築計画の一員となってもらう。
目的や理念は…各自読んどけ。先にこちら側が守るべきことを伝える。今のまま行ったら門前払いされそうだからな。
就くと決めた場合、基本病気など理由があるもの以外、ベガスの単身者と暮らしてもらう。男女別で、既婚者も試用期間は夫婦別途に生活をすること。」
「はああ?!」
単身者とは家族を失ったり、家族単位で移住できなかった者たちの他、成長して今の家族の住宅に入りきれなくなった若者たちだ。
ベガスの単身住民は、寄宿舎や同じくルームシェアで肩寄せ合って暮らしていた。住まいは元の建物の特性を生かして改築しているのでそれぞれ。2、3人で暮らす者もいれば、8人ぐらいごった返している家もある。驚いてはいるが、お金がない下町メンバーは、けっこうルームシェア状態の者も多いので、大して今と変わりないとも言える。
「それから…試用期間は無給だ。」
「はああい?!!」
今まで無職だった者も多いのでそれほど変わりはしないのだが、ここも一応声をあげておく。
「試用期間ってなんだ!」
「ブラックだろ!徴兵でも給料が出るぞ。」
推しかけのくせに偉そうな面々である。
「他にたくさん項目があるから、全部読んどけ。大事なことだけ挙げる。」
飲み物を受け取る以外はみんな真剣に聴き入る。
「まず、チコ、エリス及びそれに準じる人間の指示に無条件従う。
酒、たばこ、ゲーム、博打、女は無し。
もちクスリ、類似系もダメ。現在使っている者不可。
大学生含む学生不可。
清潔衛生を保てない者も不可。
全員面談をするが人数が多いからまとめて何人かでする。住民登録にない犯罪歴、中毒有りなども…分かるらしい。周りに知られたくなく奴は事前に自己申告しろ。今回採用対象外になる犯罪、症状もある。
何かの中毒者など希望者には更生施設も紹介する。」
え゛ーーーーーーー!!!!!!
いちいちうるさい奴らだ。そして、男ではなく前の席に座っていたリーブラを見て言う。
「女は無しというか、正しくはこの期間男女交際一切禁止とある。」
「中学生かー!!」
「最初から犯罪者扱いって。」
「ホントだ。犯罪者前提だな。」
「顔を見る前から施設を紹介されるって。」
そこまでひどくはないはずだ。
「えー。私はまじめな婚活だもん。」
「まずは試用期間の話だ。」
ツィーはバカな面々をたしなめる。
「貞操観念の強い民族も多いから、絶対女性に手を出さない人間しか採用できない。お前らも分別を覚えろ、と。」
ふーん。という顔でみんな見る。
「ちなみに、女性に手を出して…
チョン切られたり潰されて、病院送りという件も…過去あったらしい…。」
ツィーが嫌そうな顔で読み上げる。
「それに関わる加害者の死亡…。」
今度はみんなしーんとする。
「事例を読むか?何件か過去の例が添付されている。」
「いや、いい…飛んでくれ。」
青くなる者、アソコを抑える者もいたし、興味深く過去の事例を読んでいる者もいる。
「というわけでリーブラさん、婚活したい人は対象外です。」
「じゃあ、婚活しない~。ムギちゃんと遊ぶ~。」
「試用期間3か月。特設試用期間3カ月。その後、本決定。」
「特設期間ってなんだ?」
「やばそーな香りがする。」
「ボーナスステージか?」
「いや、絶対死ぬ系のヤツだ。」
「試用期間は住居、食事、医療は保証する。
秘密保持の厳守。規則正しい生活をしろ。ゲーム、写真動画配信禁止など他にもあるけれど…」
読まない奴もいるだろうから、重要そうなところを上げていく。
「あ、最後に『試用期間に理由なく帰った奴も退場。耐えられなくなった場合いつ出て行ってもいいが、挨拶だけはしろ。』ばーいチコ。」
全員を見渡す。
「以上。質問は?」
「はいーーー!!」
黙って聞いていたファクトが、周りの挙手を一番の挙手でねじ伏せて声をあげる。
「なんで学生不可なんだ!」
「そりゃあ不可だろ。今回はボランティアじゃなくて雇用だかんな。」
「ボランティアでいいのに…」
弱々しく言うファクトに誰も同情しない。
「ボランティアでどうやって生きていくんだ。」
「お前お坊ちゃんだから、家賃や食い物のために死ぬ気になったことないだろ。」
「…めっちゃ楽しいのに…しっぺ。」
「しっぺ?」
「…何でもない。」
実はランチタイム中、ファクトは住民のじいさんたちと花札でめっちゃ盛り上がっていたのだ。負ければしっぺされる。ファクトは全敗だった。金を掛けたがるじいさんもいたが、チコを怒らせると怖いと他のじいさんに止められた。
あそこに行けば、あの時の雪辱を果たせる…。
と、全くどうでもいいことを考えていた。あの超絶楽しそうにしっぺをしまくったじーさんたちにやり返したい。あんな目上の人間にしっぺができるなんて、こんな時ぐらいしかないのだ。
しっぺの事情を知るメンバーが寒い顔をする。そして知っている。完全にイカサマの餌食だったという事を。お金を掛けれないからと、缶チューハイまで買わされていたのだ。騙されてアホである。
ファクトはさらにみんなを寒くさせることを言う。
「母さんに高校中退を拒否された…」
「は?!」
お前それを言ったのか!親に!!
とみんな息をのむ。どれだけバカなのか。底辺大房もそこまでバカじゃない。少なくとも、お前は蟹目民だろ!と、勉強できるできないが頭の良さではないという真理を目の前で見てしまう。
そう、「中退して働きたい」とミザルに言って案の定怒らせたのだ。感情的な上に忙し中、息子のためにあれこれ方便するミザルは、子供の思いを汲み取ってあげる余裕などなかった。
追いかけっこをした次の日に、ファクトは先生や大学部の高校早期卒業経験者にそのカリキュラムの内容を聞いて回った。そして、これは無理だと思ったのだ。今は夏。今高2で今年度は3月まで。来年の夏までなら早期卒業も何とかなるかもしれないが、今動きたいのに。
10代にとっては長すぎる歳月だ。
成績が悪いわけではないので、超勉強尽くしならどうにかなるかもしれない。
でも、そんな自分は想像もできない。発狂しそうだ。
「そうだぞファクト。高校は行っとけ。」
「大学も行けるなら行っとけ。普通に行けるだろ。」
「いやだー。働きたい…。」
「お前、世の中を知らなすぎる…。もったいないぞ。」
取り敢えず今も、休みの日や放課後の空いている時間に、ベガスに顔を見せようとは思っている。
今日はリゲルもいるが、お互いこのことはラスには内緒にすることに決めた。
ラスはミザルを尊敬しているし、息子の友人として連絡先も交換している。スラムでなくともその近隣出入りしていること、チコに関わったことはまだラスには言わない方がいい。
大きな項目を話し終わったツィーが気が付いた。
「ん?チコからの追伸がある…」
目を通してから一同にいったん目をやり、少し間をおいて言う。
「…『お前らモテなさそうだから大丈夫だと思うけれど、私のかわいいここの女の子たちに手を出すなよ。何かあったらこ○す。』」
?!
「はーーーー!ふざけんな!!!!!!」
店内に怒涛が飛び交う。これでもストリートな場でそれなりに名の知れている者もいるのだ。完全に甘く見られていそうだ。
ツィーたちも一旦休職という事にし、シャウラに店を任せることを納得してもらった。
その日、アストロアーツはいつも以上に深夜まで盛り上がっていた。
***
その深夜。
ファクトはシャワーをしてから、家のリビングでゲームを開き、冷蔵庫からお茶を出しソファーに深く座り込んだ。
あれ?新規の人からメッセージが来てる…。
「貝君。ウイルスとかじゃないよね。開けていいよ。」
貝君によって、メッセージが開かれる。
『こんにちは。初めまして。ファーコックさんかっこいいですね。』
「お!貝君。ファーコックを褒めてくれる人がいる!!」
思わず身を乗り出す。
『1人迷彩で目立っていたので、気になりました。お友達になりたいです。いつかパーティーを組みませんか?』
おお!誰だろ?
魔法学園の中で1人アーミーでコンバットな感じだったので、目立って当然である。
ステータスを確認すると、淡い褐色肌に白い髪、オレンジの目でファンタジックな男性キャラ。だが、騎士のような装備で柄は迷彩だった。
「貝君。大丈夫そう?大丈夫だったらそのまま承認して。」
ピコンと気持ちよい音で承認される。大丈夫な相手のようだ。
「えーと、『今日は遅くなったし疲れてしまって。またお話ししましょう。承認しておくので2軍の仲間になりましょう。』」
そういうとテキストが打たれて、メッセージが送られた。
画面を眺めながらだんだん目がうつろになってくる。今日サッカーの試合をしたのだ。しかも延長戦。その後にアーツ。
頭が完全にソファーに沈没し、眠ってしまうとAIの貝君が空調以外の電灯やテレビなどを消してくれる。
体のない貝君は、布団を被せてあげられないことが無念のようだった。
室内は一番快適な温度と湿度になった。