10 少年、決意と向き合う
文字数 3,946文字
お?
お姉さんーーーー?!!!!
世界がぶっ飛ぶとはこれのことだ。
ムギはイヤそーな顔をしている。知っていたのだろうか。驚いてはいない。
「なんでお前にそんなきれーなねーちゃんがいるんだ!!」
お前もぶっ飛ぶのか。ヴァーゴ。
心星ファクトなんて変わった名前、多分自分しかいない。いたとしても、前後状況から見て間違えているわけはないだろう。母とチコは知り合いだった。何だこのドラマ張りの設定。と、ファクトは頭の中がグルグルする。
ニコニコ顔のチコと、不機嫌なムギ。
「で、父の子ですか?母の子ですか?」
まさかこの日に、我が家の核心に迫るとは思ってもいなかった。自分がこんなドラマみたいなセリフを言うとは。いや、ドラマはあまり見ないのだけれど。
家族崩壊の危機を迎えるのか。親のそんな事情を想像するなんて辛すぎる。
二人は仕事の都合や子供の教育方針の違いで別居している。でも、父は信心深くクソが付くほどまじめな人で、母はご存じの通り恐ろしいほどの神経質さと潔癖だ。父が母にベタぼれで結婚を迫ったらしく、今でも会えば母のことばかり気にしている。母もそんな事情があれば自分には話してくれるだろうし。どちらにも心当たりはない。
それとも何かの事情で離れるしかなかった二人の子だろうか?知る限りでは血縁にブロンドの人はいない。ヘアカラーでもしているのか?
もし何かあっても、両親なら何か理由があるはずだ…多分。
ファクトが大パニックに陥っていると、チコが心配そうに顔を上げさせた。少し乱暴だ。
「ごめん。勘違いさせているかもしれない。」
中央に紫の入った、明るい青緑の変わった目が、まっすぐにこちらをのぞき込む。
「私はポラリスたちの養子。だからファクトの義姉になる。」
やさしく言うその女性の言葉に肩が落ちた。
養子…。そうか…。
「なんだ…」
「ミザル博士は事情があって表立っては認めていなくて…。」
安心しつつもマイワールドは大パニックだ。
「ちょっと待った。」
リゲルもパニくっている。
「養子ならファクトも知っているだろ?籍に入ってるってことだし。ミザル博士から聞いたことがない…。」
子供の頃から親ともども顔見知りのリゲルもそんなことは聞いたことがないのだ。なら里親支援?二人は何十人もの子の生活学資援助をしている。でもそれなら、里子、里親かと言えばいい。
ツィーも考えながら口を出す。
「親戚か?オカンが認めていないのか?親戚でない正式な養子なら既婚かつ、関係が円満な家庭にしか入れないはずだが…。妻が認めない養子なんてないだろ。」
そうなのか。いろいろ決まりがあるんだな、とファクトは頷く。
チコが話そうとした時、警察が来た。
***
今度自分たちは警察にも囲まれている。
これまた予想外なことに、警官というか「軍隊か?」みたいなこれまで見た人類の中で、一番屈強そうな男たちが二十人ぐらいいる。中には男性型ニューロスもいた。自分の中の最強がここ数日の短期間で更新されていく。
ヴァーゴも警察よりごつい顔で「こんな警官見たことねーよ」とつぶやいていた。
爆発物があったので当然かもしれないが物騒だ。
コマの周りにはテープが張られ、厳戒態勢が敷かれた。写真、映像もたくさん撮られ、いろいろ検証されている。いろんな働く車がたくさん来て、ヘリとかまで飛んできた上に、ムギは警官に呼ばれて現場で説明をしていた。
ファクトたち4人は職質を受ける。
ここにいた理由は素直に就活と言っておいた。好きな飲み物ももらって、都西区警察キャラクター「ぱーぷー君」の押し型入りの紙名刺までもらった。
「チコ、怒るな。」
偉い様っぽい警官が笑ったが、チコは無表情だ。
「遅い。最低だな。」
ファクトに接するときとは全然違って超塩だ。あの声で話しかけられていたら、絶対サッサか逃げていただろう。
「軍とどちらがいくか揉めて、他も出てきてややこしいことになって。」
もう、軍人でも皆様方でも変わりないのでは?と思うほど逆らいたくない集団だ。
「本当に最低だな。なんで統率が取れってないんだ。死人が出るところだった。」
それは俺のことか?ホント、死ななくてよかった。
「しかも、民間にこんな物騒な件を任せるなんて。壊れた住居は補償してもらうからな。」
チコはブチ切れ気味だ。
「お前が民間か?」
「役立たずが黙れ。」
オイオイいいのか。あんなおっさんに役立たずとか殺されるぞ、と言う顔でヴァーゴが二人のやり取りをハラハラ眺めている。
部下が様々なことを報告に来る。公共機関のシステムが乗っ取られたなら、最終的にこの国では国家公安局の仕事になる場合もある。他の人には聞こえないだろうが、ファクトにはいくつかの件が聴こえていた。やはりニューロス超反対派の仕業だった。警察もネット民が付けた命名、超反対派とか言っていて笑える。
チコはさらに何かを話していたが、なぜかそれは聞こえなかった。
「…というわけで、壊れたコマの件だが…」
チコと話していた警官がいきなりファクトに話を振る。
「1機1億7千万円する。」
「はあ。」
すげー高いな。と、呆気にとられる。
「税抜き1億7千万。」
もう一回言われる。
「1億7千万…」
そんなに言われても…。若干引く。
「内部が壊れていなかったら、パーツの取り換え、修理で済んだ。」
「はあ。…?」
よく分からないが、一斉に周りが自分を見る。
技を打ち込んだコントローラーを思い出した。
「!…俺が修理代を出すの?!!」
そこで目が覚めた。修理代を請求されているのか?!
え、市民の命が助かっただけでもいいではないか。それよりも家が壊れたここの住民たちはどうなるんだ?
「払えないのか?親に頼めばいいだろ。防衛機能のついているコマでは安い方だ。」
警察が無情なことを言う。それに防御ではない。あんなの戦闘機能だ。
「保険とか入っているでしょ。」
高校生にしては賢いリゲルが助け船を出した。ほぼ軍用機に保険があるのかは知らんが。
「保険が適用されるか…」
わざとらしく警官が悩みだす。
「爆発物もそのままならもっと詳しく検証できたんだがな…」
他の警官も横で茶地を入れる。
「一歩間違えたらチコさんも死んでいた…」
自分も死にそうだったんですが。そんなコントローラーが落ちていたこと自体が危ないし、その時点で自分の行動は直接関係ない。
飛行中にコマのどこかにあって落ちたのだろうか。超反対派。もっとうまくやってくれ。それとも近くにあったコントローラーを乗っ取ったのだろうか。リーオはコントローラー自体がネットとつながっている。
慰めるように警察が言う。
「働いて返せ…」
はい?
「チコが肩代わりしてくれるから、それまで働いて返せばいい…。親を泣かすなよ。」
ポンポンと肩を叩かれる。
「俺が働いて返すの?!」
「多分、犯人を捕まえない限り、お前と被害者の警備会社とVEGAと保険会社のどこで補償すべきか論争になる。」
「私たちは市民の安全を優先しただけだ。そういう義務もある。VEAGで補償するいわれはない。」
チコが言った。
「俺は…落ちていたものを拾っただけです。」
言い返すが警官が神妙に言った。
「お前に一番大きな責任がいく可能性が多い。頑張って働け。」
高校生で世間知らずな自分はあっという間に信じてしまう。
え?就職しに来たのに、ただ働き決定??
母ミザルなら激怒しながらも払ってくれそうだが、そんなことをさせたら一生頭が上がらなくなる。母ほど儲けられる自信もない。自分は凡人だ。
つい先まで、年収4百万円あれば生活できるかな?とか適当に思っていた。世間の生きる相場なんて知らないが。年収4百万円あったら何年かで返せるのか?4百万の仕事ってなんだ?そういえばヴァーゴは残業しても副業しても3百万円しかない、辛すぎるとか言っていたな…。
またしても、人生最大級レベルで悩む。
リゲルがなんと声を掛けるべきかと焦っていると、周りにいた警官たちが笑いをこらえていた。ツィーも警察やチコたちを呆れた顔で見ていた。横で心配していたヴァーゴも周りの反応で、心配するのをやめたようだ。落ち着いて生温かく見守ることにしたリゲル。
「俺、頑張ります!働きます!」
警官がツィーの肩を叩く。
「少年のにーちゃん。弟の面倒をよく見てやってくれ…。」
「…え?」
ファクトは思う。自由だけは奪われたくない。
いや、今までも十分自由に生きてきたが、どうあっても越えられない親の背中に丸まったままでいたくない。1億7千万円も払ってもらったら、親の十四光が2乗に変わって四十九光になりそうだ。それだけはイヤだ。みんなにとぼけて生きていると思われているが、親の
「チコが利子はいいってよ。お前に責任が来たら立て替えて一括で払うから。」
「そんなに金はないぞ。」
横でチコがぼやく。
「なんでも頑張ります!」
世の中には元値を越える利子があるという原理をまだよく知らないファクトは、借金の恐ろしさなど知らなかった。しかも、いつも親のカード一括払いのため「利子という言葉がある」程度にしか世間を知らない。
彼は若い情熱に燃えていた。単純な性格なので、今だけかもしれないけれど。
堪えきれなくなった警察の一人がしゃがみこんで笑いこらえているのが、ファクトは高校生の決意への同情だと思っていた。この歳で借金を負うかもしれないことに泣いているのかと。優しい人だ。
ちなみに本当のことを言うと、このタイプのコマは武器まで搭載していたら、20億から50億はくだらない。
「今年で高校を卒業しろ。」
少し空気を変えて、チコがファクトを見た。
高校は義務だが、単位さえとれば2年内でも卒業できる。
「1億返すならそのぐらいの気概がいるだろ。」
ファクト、そしてリゲルは目を開いて驚く。
「今年で?!」
チコは笑った。