32 ジェイの冒険
文字数 4,286文字
「ジェイ~。今度ここに泊ってくれない?」
大房の一画。コンビニ店長がいきなり無茶を言って来た。
「ほら、みんな辞めちゃったし、子供の遠征旅行に付いていきたいんだ。チアチームにいるんだよ!かわいくて。」
「はあ。」
「3日ほど!」
「3日ぁ?!」
嫌に決まっている。
「無理です!絶対イヤっす!」
「お給料。時給100円上乗せするから!」
200円でも嫌だ。さらに3万円ぐらいもらえれば考えるが。…それでも少ないか。3日間泊まり込みだろ?
客が少ない店とはいえ、昼時や夕方はそれなりに人が来る。店長は分かっているのだろうか。
今もテーブルにお客さんはいるが、2人引っ込んだら接客が出来ないのでレジで話している状態だ。しかも深夜2時から朝の5時までしか店は閉まらない。その間に掃除もする。コンビニだけでなくカフェ部分もだ。1人だとトイレにも行けない。行きたい時は無人かクローズにしていくけれど、3日全日1人はとにかく嫌だ。
「他の人を雇うか、夜は店を閉めればいいじゃないですか。」
「えー。そんなこと言わないでよ。これでも旅程を短縮したんだよ!」
知るか。
多分3日も閉めると処分する商品がたくさん出るからだろう。調整もめんどくさいに違いない。こんなふうなので、たいていの人は店長が嫌で直ぐにやめてしまう。
「俺が入荷調整しておくから、店閉めてください。」
この店はカフェ部分がパウチ商品以外も使い完全機械化していないので、全機能を運営しようとすると長時間無人できないのだ。
「ジェイ君考えておいてね~。」
と、去っていく。去るな。仕事しろ。
いつも嫌味ばかりなのに、いろいろ甘えたことを言ってくる。ここで折れたらこれからもいいように扱われるだろう。生活の保障もしてくれないのに、従う義理はない。口には出さないが、ジェイは強気で思う。
そこに、ゲーム仲間がやって来た。
少し太っちょのジェイの友達だ。
「あ!やっぱりジェイのシフトだったんだね。」
自分のシフトどころか、現在自分と店長しかいない。今でも10時間以上毎日入っているのだ。
「あの、カフェラテとカシスソーダまだですか?」
すると、テーブル席の客の男性が尋ねる。
「あ、すみません。」
急いで準備してから席に持っていく。そして落ち着いてまた話を再開した。
「ジェイ、これ!タブレット新しいのにしたんだ。いい感じでしょ?やっぱ投影より、触れるタブレットがいいよね。」
友人は限定版のデザインを誇らしげに見せる。
「シリウスの判が入ってるんだ!どう?」
シリウスにアンドロイドを示す「
「…ふーん。」
本当にふーんしか感想が出てこない。
もともとしゃべる方ではないが、最近友達と話が合わない。
シャウラにいろいろ聞かれたくないから、レストランの方のアストロアーツにも行っていない。端っこに目立たない席があってそこが好きだったのだ。空気過ぎて石過ぎて、これまで店員にも相手にされなかったのに、微妙にアストロアーツに知り合いができてしまい、もう行きたくない。微妙な知り合いが一番嫌である。
「それで、シリウスのイベントに行って来てさ。こっちを向いて微笑んでくれた!もうめちゃかわいくて!」
そう言われて映像を見ると、確かにきれいで愛らしい女性が笑っていた。
ふと、チコを思い出す。
ファクトが親に許してもらい、留まることを決意した時のあの笑顔。
チコさん、少しは心配しててくれるかな…。
まあ、あの感じだと出ていった奴の心配までしないか。と、無意識でジェイは考えた。
自分の手をじっと見つめる。
「ジェイ?」
友達が不思議がっているのに気が付かず、ジーと眺める。
チコに額を突かれた時に少しだけ見えたあの光。突かれた額も反対の手で触ってみる。
ふわーっと見ていると、少しだけ今もキラキラするのが分かった。
ん?
何かが違う。
何かが。
次元がゆがんだ気がした。分からないほどの薄い膜が張られたように。
ドアの外を見ると、数人の通行人にドス黒いモヤが見えた。濃くは見えないのに、それがドス黒いと感じる。ドアまで行って少し通りを見ると、人のいない場所にもモヤがある。友達を見ると、タブレットから少し赤黒い濁りが見えた。変なものでも観ていたのか。まあ、子供じゃないからなと、分析する。
「あのさ、何見てもいいけれど、多少選別はした方がいいぞ。」
「ん?何を?」
一応アドバイスをしておく。犯罪に繋がることだけはしないでくれ。
こんなに赤裸々に見えているのか。自分も人のことは言えないが、面談を思い出してちょっと恥ずかしくなった。
それからもう一度、周りを見渡す。
これが、エリスやチコさんが言っていた『黒いモヤ』なのか?
少し辺りを見渡す。
「!」
テーブル席の男女を見て、思わず「ひいっ」と声をあげてしまった。
それは危険と一目瞭然だった。
顔が真っ黒い円錐形の渦に覆われた男性。顔以外はうっすらとしているが、気持ち悪い赤黒いさが男の手と局部を取り巻いている。そして女性にすすめるコップからは同じように黒紫のヘドロが渦巻いていた。女性もあまり色がよくないが、あの男よりはずっといい。
ひどく動揺して震える。
悪霊退散できそうなどこかの教会か…、カウスさんにでも連絡した方がいいか…。
自分が作った飲み物がひどい状態だ。コンビニのパウチドリンクではあるけれど。
「あ、あの!それ、カシスソーダじゃなかったです!ミックスベリーです!取り替えます!」
思わず叫んでしまう。
「は?何なんだ?何でもいいよ。」
「いや…ケーキサービスしますので、作り直します!」
さっと、飲み物を引く。
「おい!」
腕を引かれそうになるが、スッと避ける。
「え、いいよ。ケーキもらえるなら変えてもらお。」
女性が言うと男は嫌そうな顔をする。カシスソーダは捨てたふりをして床に隠した。
「こっちでケーキ選んでください。」
「はーい!2つ選んでいい?」
女性がやってきた。
「どうぞどうぞ。彼氏ですか?」
「えへ。今日の買い物先で声を掛けられて…」
その女性にこっそり耳打ちする。
『バレないようにしてください。あの人多分、クスリ入れていましたよ。ソーダに。』
女性が目を見開いた。
狭い店の中で騒がれても困る。自分や店に因縁を付けられても困る。
『テイクアウトするつもりで何も飲まずに店を出て、あの男から離れてください。』
女性は信じてくれたのか、コクっとうなずいてケーキを選び、男性の方に戻るとうまく促して外に出て行こうとする。
ここで警察を呼んだほうがよかったかな…、と思うと、ドアから男が叫んだ。
「おい、店員!先のジュース飲むなよ!そうやってちょろまかしてんじゃないだろうな?捨てとけよ!」
「あ、はい!捨てました!」
去るまで男性の顔は黒い渦で覆われたままだった。
…
「ふう…」
心を落ち着ける。
「ジェイ?」
友達が不思議そうに見る。
怖かったがもう一度手を見ると、手はまだきれいな光で小さくキラキラしていた。その手の光をぎゅっと包むように握って、脂汗が引くのを待った。
「大丈夫?ジェイ…。」
あのジュースは警察に持ち込むべきか。
そうしたら、どうなるのだろう。カメラは動いているので男の素性はバレるだろう。でも、自分の中が混乱している。客に、しかも女性にあんな風に声を掛けたのは初めてだ。
「ジェイ?気持ち悪いの?」
「あ、大丈夫。」
あの女性は逃げ切れたのか。きっぱりしてそうな女性だったから、多分大丈夫だろう。弱そうな女性だったら、久々に出会う知り合いの振りをして、店内でみんなと飲む感じにして…
頭の中で様々な想定をしてみる。
足元のジュースはもう普通のカシスソーダだった。
なぜ自分はこれを取り上げたのか。
ん?本当は何事もなかったんじゃないか?
これで男性を犯人にしていたら、だいぶヤバい。本当は悪い人じゃなかったら……
「ジェイ!」
「あっ」
やっと我に返った。
「今日は帰った方がいいんじゃ…」
「…大丈夫。」
この店で店長も出払ったのに帰れるわけがない。
いつの間にか手の光も消えて本当に何もなかったようになった。
チコがトンと頭を突くのは、チコの力が流れ過ぎないようにするためだという。
力が流れ過ぎたのかな?と焦る。
チコは自分のその突きをマッチの種火ようなものだと例えた。種火でガスコンロを付けるように。
いつも通りだったら、夕方にファクトが来る。
このジュースはファクトに持って行ってもらおう。
念のため写真も撮って、プラコップごとラップに包んでさらにプラ袋で密封し、飲むなと書いて冷蔵庫に入れた。
少しくらくらする。
店長に怒られそうだったが、クローズを出して少しだけ休むことにした。
***
「ジェーイ!」
何か声が響く。
「起きた?」
いつも通りファクトがいた。
「あ、ファクト?」
「大丈夫?栄養剤買って来たけど。コンビニにない薬局のいいやつ!」
「ありがと。」
素直に受け取って飲む。少し自分の力が抜けているのが分かった。
「ジェイ、良かった!」
友達も喜んでくれる。
ファクトは知り合いでもないのに友達と盛り上がって、楽しそうに話していた。
「そんでさー。戦団シリーズはまだ200もいかないんだけれど、さすがにネタ切れじゃん?でも、ここ数年盛り返してさ、これがカッコいくて!」
「俺はこの辺がいいな。」
「ファクト君話が分かるね!」
話ができるのか、子供ドラマで盛り上がっていた。歴代戦団シリーズの名前を全部言えるらしい。ファクトはアーマーライダーのシリーズを言えるそうだ。
ジェイが空の瓶を触っていると、気が付いたようにまたファクトに何か渡される。
「あとこれ。花札じいさんたちにもらった手作り栄養剤。ポケットに入ってた。」
「……怪しすぎるから要らない…。」
忘れる前に冷蔵庫のドリンクを取りだす。
「あのさ、これチコさんかカウスさんに渡して、変なもの入っていないか見てもらえない?」
「これ?」
袋に入れて渡す。
「なんか黒紫のが見えていたから。」
「ふーん。分かった。保冷剤とかいいの?」
「いい。飲むなよ。」
「うん。」
それからファクトは自分の話をする。
「俺さ、来週から母さんとの会食は平日にすることにした。」
「何曜日?」
「んー?一応木曜だけれど、お互いの状況次第かな?前言ったけど、土曜ってたのしいからさ。土曜はベガスにいたいし。」
「そっか…。」
銃や剣術を習ったことを話しながら3人でしばらく過ごした。
店長はシフトの時間になっても来ない。
どうせ今日は家に帰ってもすることないし、と思いながら店番をすることにした。