6 これは就職に役立つ
文字数 2,746文字
高級マンションの一角。
高校生ファクトは起き上がる。
ベットの上で簡単なストレッチをして、床に下りて直立から背中を反ってそのままブリッジ。
さらにそのまま逆立ちをしようとして…
うげッ!
失敗して捻ってしまう。死にそうな顔で少し悶えてから何事もなかったようにトイレに行き、することをして顔を洗ってリビングのテレビを付けた。
みんなバカだと思っているが、高2になってからニュースだって見ている。
…と言いつつ、30秒後にはゲーム実況に変えて、食パンを焼かず皿も出さずにくわえる。栄養バランスを考え、ドライ納豆バーも食べ、口直しにパックからつまんだスライスロースハムもほおばり、野菜ジュースを5口で流し込んでおいた。生野菜も食べた方がいいかなーと、セロリもそのままかじり、ソファーに座り込んで今日のゲームの更新をする。
あと5日「毎日ログイン」をしたら、連続ログイン半年だ。ボーナスがもらえのだ。
ん?
…セロリの葉まで食べるか迷いながら、少し考えて気が付く。
……
一息ついて、歯磨きをしてまたベッドに戻った。
「今日休みじゃん。」
普段独り言は言わないが、これで今まで合計して3回目の記憶違い。学校に行く準備をしてしまった自分に呆れて思わず口にしてしまうと、お休みなさいと二度寝のために布団を被った。
…。
……
眠れない。
当たり前だ。金曜の夕方からサッカー1試合。土曜日は午前サッカー1試合&延長戦、午後スケボー。
家に帰ってすぐにぶっ倒れたが、どうにか起きて歯磨きだけして夜7時には寝てしまった。今は朝10時。
いつもは早朝に起きるタイプなのにこれだけ寝て眠れるわけがない。
そしてガバっと起き上がる。
ベガ!
そういえば『ベガ』とか言っていた!
この前のイベントから1週間以上。すっかり忘れていた。シャワーをしてリビングで検索する。
「貝君、『ベガ、遊び場』で。」
声に出すと心星家AIの貝君が応え、投影画面に様々なプラネタリウムや遊び場が検索結果として出てくる。スクリーンを指で弾くが出てくるのは似たようなものばかりだ。
どこだろう?プラネタリウムのことかな?
「遊びに来い」みたいなことを言うからファクトの中でベガは遊園地確定だった。
もしかして劇団とかそっち系の人たちかと思ったり。なぜなら、爽やかお兄さんは黒に近いグレーのミリタリージャケットを着ていた。ファッション物ではない。本物の北欧都市軍初期の物だ。
今世界は、大陸や地区に分かれ各統一連合にしている。統一北欧前の本物のジャケット。軍関係者でなければマニア、劇団であろう。
「違うのかな…。『チコ・ミルク』は?」
チコ・ミルクで調べると『チコチョコレート、ミルク味』ばかり出てくる。絶対違うだろう。
「『ベガ、…ムギ』」
なんだか星や農業の話しか出てこない。『劇団』とか?『テロ』とか入れたらヤバいだろうか。
「『ベガ、チコ』で妥当なものないの?貝君おバカさんなの?」
ここまで聴くと、貝君は頑張ったのかそれっぽいものが出てきた。
『
平等平和構築共生団体。
貧困地域を中心に平等教育を実施し、環境、人材開拓をしている。
…。
あやしーー!!!
怪しいことこの上ない。
そもそもあの人たち絶対人を殺めていそうじゃん?教会って!
教会自体は前時代からある大衆の一般宗教で、多くの国の国教的立場にあるものだ。
なので大して危なくはないかもしれないが、そこに団体と加わるとなんかありそうだ。いや、うちも同じ教会なんだけどね。自分は退屈で逃げていたけれど、父も母も礼拝に行くし、お墓もそこに入るしと、あれこれ考える。
自分と友達のリゲルは礼拝で落ち着いていられず、毎夏休みに母に3週間ほど寺に預けられたことが懐かしい。
毎朝座禅や掃除、読経、写経をしたが、あまりに落ち着きがなく夜も寝ないため、最終的には体力を消耗しろと二人そろって合気道の道場に入れられた。その後長期休みの時はリゲルやラスとずっと寺生活をした。おかげで今でも読経ができる。
話は戻って、読み進めて納得。
VEGAの旧団体はもともと傭兵、子供兵社会復帰の団体だった。なるほど、教会が率いるわけだ。こういう慈善団体は寺院がしていることが多い。
特に、『愛』と『赦し』が綱領の正堂教は、世界中でこういう活動をリードしている。
内戦、従軍、犯罪被害にあった女性子供たちの救済もしていた。様々なページを見ているうちに、各国のひどい被害報告など出てくる。総連合国認定団体のようだ。今は幹部に正堂教以外の人たちもいるらしい。
読み進めていると、あまりに活動対象の事例がひどいため、なんだか心が重くなったので、貝君に楽しい音楽を掛けてもらう。
「貝君、『チコ』の事は?」
チコ・ミルク・ディーパ。
VEGAベガス総長代理。ベガス自治区域総長代理。藤湾公立学校名誉講師。
それだけだ。後はいくつかの写真が出てくるが、意図的に隠されたように近くを写したものは無い。総長がどれほど偉いのか知らないが、番長くらいだろうか。名誉教授どころか名誉講師ってなんなんだ。代理ってなんだ。ツッコみどころ満載、確定的でない役職のオンパレードだ。
そう思いながら爽やかになったBGMに身を任せていたら、貝君がリクライニングシートを倒してくれる。
青空学校で算数や理科を教えている風景を想像した。
子供と戯れ、一緒に駆けっこもして。
…。
行ってもいいな。楽しそうだ。
自分は大手に就職は無理だろうし、都市の家庭教師でさえ務まりそうにない。こういう青年協力組織みたいなのいいじゃん!
今は予行演習にして経験を積もう。いくつかの技術資格はあるし、あと運転と教員免許を取っておけば就職ばっちりではないか。親の業績をあれこれ言われる分野でもない。多分。
そういう手があったか!
どこかの企業に就職するか、土方かと思っていたけれど、体を動かすのは好きだし。体育教員の資格も取った方がいいな。もう少し語学も頑張っておこう。
はやく進路を決めろと先生にもうるさく言われていたが、ファクトの心に余裕が訪れる。
これから卒業までは、危険物や配線などできるだけ多くの資格を取ろう。
どこの国に派遣されてもいいように頑張ろう。
そう思って見学に行くため、表示されていた連絡先に繋げようとし、ファクトはチコが言っていたあの場所の名を思い出した。
組織に直接連絡するのはやめよう。なんか小っ恥ずかしいし、そういえば母さんも彼らをあまりよく思っていないようだった。面倒事は嫌だ。まず、自分の目で確かめねば。
そこに行ってみよう。
と、ファクトは自分の中で考えて決意する。
―西区南海広場―
西区には巨大スラム街もある。
南海広場は知らないところだった。