1 鷹がトンビを生む
文字数 3,550文字
「おーすっ…」
大都市アンタレス、中央区
整備され尽くした富裕層地域の横、中間層の可も不可もない高校に少年は通う。けだる気に向けた挨拶の相手は、同じように夜明けまでゲームをしていたのに元気だ。
「おいファクト!奢れよ!今日はウナギな!」
「ジャミナイむかつくなー。なんでそんなに元気なんだ…。」
昨日の対戦相手のジャミナイは学生ではないから、昼間に寝ていたに決まっている。
「負け惜しみか!ハハ!」
近くにいたイタチ顔のかわいいユリと、ちょっとおデブなヒノが、柄の悪い訪問者を明らかに嫌そうな顔で見ていた。
ファクトに女友達は少ないが、この二人とは園の頃から仲がいい。
「…ファクト…。変な人と付き合うのやめなよ…。」
今日は思ったより学校で寝られなかったので、ファクトは眠くて仕方がない。
「しかもウナギ?ウナギがどれだけ貴重なものか知っているのか?そんな高いもん奢るかよ。」
「な~に言ってるの?ファクトお坊ちゃん!」
そう、お坊ちゃんの両親は金持ちなのだ。
この学校に通わなくともエリートや富裕層の通う学校に行けるのに、ファクトの母親はあえて下町近くの公立を選んだ。普通の学校と言っても設備も警備もそれなりによいのだが。
その少年の名は
黒髪黒目のバスケが好きな普通の高校2年生だ。付き合いでスケボやダンス、サッカーなども少ししている。ではスポーツ万能かと言えば、クラスで一番とまではいかないが優秀。基本ゲームが一番好きだ。
この少年、一つだけ大きな特別がある。
父親はメカニック生体工学の新星「ポラリス」。
母親は同じくニューロス工学の権威「ミザル」だった。
「ニューロス」の生みの親三大博士の実に2人が彼の両親なのだ。ミザルは学生時代に工業メカニックにも大きく貢献している。
「ニューロス」とは生体工学と連動した主に人間型ロボットの事。
それをニューロスアンドロイドもしくはニューロスヒューマノイド、ニューロスサイボーグという。
そして、全てをまとめて「ニューロス」と略す。人間型以外もニューロスの技術が使われていれば、そう名が付く場合もあり、その先陣がシェル・ローズ社『SR社』だ。
SR社は世界の連合政府と共同で、ニューロス開発の先端に立っている。2人の博士もそこに所属していた。ポラリスは正式には連合国機関からの派遣研究員である。
と、一方息子である心星ファクト。
学校が平凡なら本人も平凡だ。
研究者たちは、英才教育を受けさせなかった母親に頼みに頼み込んで様々な試験をさせた。
期待が膨らむ中…、
やはり結果は平凡だった。
学校でも歴史、古典はイマイチ。運動は得意。生物、宇宙学などは多少できたが、そのやや凸凹具合も平凡さを際立たせた。本当のところほとんど男友達しかいないけれど、女子ともそれなりに話せるという『少々陽キャ寄りの平凡』というリアルさを極めている。
研究機関の重鎮たちが頭が床に付くほどがっかりしたのは言うまでもない。二羽の優秀な鷹がヒュージョンしてフェニックスが生まれると思っていたのに。
『鷹がトンビを生んだ』と陰ながら…盛大に言われていることは、両親とも承知だ。
SR社の研究員、技術者というだけで世界のエリートなのに、その中の頂点の頂点夫婦の
エリートは幼少期から高度な知能を発揮する時代。そんな子供たちでさえ憧れる倉鍵研究所に、糸電話の実験くらいの気分で見学に来たのは有名な話。「あれ、おもしろいな!」「超楽しい!」を連呼しただけだった。
極めつけは、「ロボットであるニューロスの意思の発現力は?」という質問に、「死んだおばちゃんの霊が乗り移った」と答えたことだ。
国家機密なのでもともと一般小学生に答えを求めてはいないが、本気で言っているのかからかわれているのか分からず、周りを大いに困らせた。一部の研究員は何とも言えない顔をしていたが。
遂には『親の十四光にあやかる…こともない』という話になった。
愛想だけはいいので、人懐っこい鳥ジュウシマツこと「ジュウシー君」と呼ばれてしまう。揶揄っていたのだが、本人が明るいのでそれもいつの間にか愛称になる。
そして最終的に研究所に息子を近付けたくない母の思いと、本人が年頃になったという事もあり小学5年生でニューロス研究所には出入りしなくなった。
エリート層と関わらない代わりに、友達の半分は世でいう不良や低所得層。高校に行っているかすら分からない面々もいた。
身を整えればそれなりに感じよくなりそうなのに、髪だけ立派に立てて、Tシャツやパーカにその日の気分で好きなボトム。適当に着崩して毎日のほほんとした感じで生きていた。
悪ぶっているわけでもない。ふざけているわけでもない。性格自体は父ポラリス似で温厚。見た目は母似でも、神経質な母と違いのんびりしていた。
「ウナギ!」
ばかみたいに鰻コールをしているのはその友達ジャンク屋のジャミナイ。
「お嬢さんたちもウナギ食べにくる?」
「…いいです。」
ジャミナイはヒノたちに完全に引かれている。
Tシャツと綿パンをテキトウに着て厳つい顔。オレンジ髪もすこぶる目立つから、周りを歩く学生は引き気味だ。刈上げの中央を前髪から襟首までさらに刈上げ、逆モヒカン状態。頭は良く、ジャンク屋でそれなりに儲けている。この学校の父兄なら、学校周辺に絶対に近寄らせたくないタイプだろう。
あまり外で活動していない生き物のため、元気があり余っている。一応健康のためにトレーニングはしているらしく、筋肉は隆々だ。人に絡まないし日光に当たらないタイプだが、ファクトことは好きなようだ。
「ジャミナイ!ばかか?高校に来るなよ!」
怒り気味に遠くから乱入してきたのは、ファクトの幼馴染のラス。小柄でゲジゲジ眉毛のメガネっ子。この中では一番しっかりしている。ファクトの下町仲間をあまりよく思ってはいないが、ジャミナイのジャンク屋としての才能は認めている。
…という、むさくるしい男たちの…、希望に満ちた未来を担う青少年たちの紹介はこの辺にして、今日の話に戻る。
「ファクト!『シリウス』は今日だろ!」
ラスが興奮気味にせかした。
「早く行こう!夕食はコンビニか会場周りのカフェでいいだろ!」
そう、今日遂に、人類の新境地。最新のニューロスアンドロイド『シリウス』が一般にお目見えするのだ。ここでは十四光を十分利用させてもらい、SR社の裏方から会場を見られるようにしてもらった。
ミザルはファクトが来ることに難色を示したが、幼馴染でありニューロスに関心の高いラスのために、長居しないことを条件に見学を許した。特権乱用と言われようが、ある事情からミザルの願いは周りから拒まれない。それは他の研究者の子供たちも同じである。
「…俺は帰る。ニューロスアンドロイドに興味はない。」
ジャミナイはめんどくさそうに、今度の約束を取り付け手を振って帰っていった。
「何しに来たんだ。ウナギってなんだよ?ジャミナイはそのために来たのか?」
ラスは呆れた顔でファクトを見た。
「またゲームか?ファクトももうすぐ試験だろ。勉強しろよ。」
時間を確認してハッとする。そんなことを言っている暇はない。もう夕方5時だ。夜の7時からお披露目のイベントが始まる。
「ファクト!早く行こ!」
「どうせ遅れても会場入りできるから、ゆっくりでいいのに。」
「何言ってんだよ!その前にいろいろな人と話せるだろ。高校生以下はロビーからも早く帰られされるから、時間がもったいないよ!」
ファクトはアンドロイドのお披露目なんてどうでもよかった。全く関心がないというわけではない。その気になれば母に頼んで後日見に行けばいいだけだ。
友人関係で忙しいし、今のところ生活も困っていない。これ以上新しいアンドロイドに興味もない。
それに人型の特殊なニューロスより、どちらかというとロボロボした工業や作業系ロボの方が好きだ。あのシューと滑らかに動くのにシャカシャキカクカク感があるのがたまらない。
それに、今週はサッカーの穴を埋めてくれと呼ばれている。ニューロスにかまっている暇はない。
開始20分前に会場に入る予定だったので、その前に会う約束をしていた知り合いに連絡を入れる。
「うん、悪い。やっぱ今日行けそうにないわ。会場に早く行く。」
知り合いの兄さんは電話でご立腹だ。
『じゃあ、欠員どうするんだよ。明日のいきなりでどうにかなるのか?お前、後でしばくからな。』
「兄さんごめん!」
許さん!と、言われながらも通話を切った。
「まだあいつらと付き合っているのか?」
ストリートスポーツをしている柄の悪い友人たちだ。通話を切ったファクトにラスはまた眉をひそめる。
「みんないいやつだし、楽しいよ?」
ラスはふーと息を吐いた。