16 20分の岐路
文字数 4,852文字
「うーん。どうしよう。あと10分もない。」
チコは南海広場競技場、投光器の上で背伸びをする。
少し前から全く警戒せずに、久しぶりにボーとした時間を過ごしていた。
今行くか、5分前でもいいかな?少しぐらい顔を出してあげないとかわいそうだろう。
踏んだ通り、彼らはグラウンド、観客席、屋根で見付けられないからといって、場外に時間を取りすぎた。
「ん?」
と思うが目下を見ると、下で何か作業をし彼らがマットを運んでいた。ここに気が付いたのか?
手摺に腕を掛け周りを見ていると鉄塔下に動く何かが見える。
「?!」
人だ。
鉄塔の下の方から男が2人上がってきている。
え?ホント?
40分を切ったところで場所さえ分からないだろうと思っていたので関心する。思ったよりやるな。
高さはだいたい40メートルくらい。
あの感じだと、時間内に上ってこれそうだな…。引き寄せてから行くか、今逃げるか。思わぬメンバーの動きに、どこまでできる奴らなのか興味が湧き見入ってしまう。ここまで来られても逃げることは十分できる。
けっこうな勢いで上がってくる。
ふーん。すごいな。何かやっていた奴らか?一般人にはこの速度で上がってくるのは無理だ。そこまで詳しい情報は見ていないのでおもしろく眺めていた。
その時だ。
すごい勢いでさらに上をバイクが走ってきた。それもなんとなく見ているが、乗っている人物を見て驚く。
下町メンバーの後ろに乗るのはファクトだ。
チコのいる投光器裏付近に寄り、一瞬スピードを緩めファクトはそのまま手摺に飛び移った。
ダン!
「え?!」
チコはひるむ。
「あぶなっ」
カウスの乗っていたバイクだ。正確にはVEGAのバイクで、これなら50メートルほど上がれる。ファクトはバランスの悪いところに着地し、投光器足場の手摺コーナー部分でどうにか姿勢を保つ。ベランダの手摺のような場所だ。
「見ーっけ!!」
「!!!」
目を丸くするチコ。
「……分かった、分かったけれど、その前に手摺から降りろ。危ない。」
「近付いたら逃げるっしょ。」
「ファクト、お前そこで自由に動ける筋力はあるのか?こっちに降りろ!」
少し考える。
「施設のクライミングくらいはしたことがある!命綱を付けていたけれど。」
先ほどファクトが飛び乗った瞬間を思い出してチコが青ざめる。地上40メートル、風が出てきた。
「懸垂は…ギリ5回できます!」
「は?そんなんでこの高さに飛び乗ったのかっ?」
「その前に、その帽子をください!」
この期に及んで何を言っていると血の気が引く。
「…だめだ。」
それでも渡さない。
「くれたら降りる。」
「脅迫か?!」
「脅迫っす。」
しゃがんで掴んでいた手摺からファクトが手を伸ばす。
「ばか!ちゃんと両手で掴んでいろ!」
「イヤだ。ください。」
すると、突風が吹いてもう片方の手も外れた。
そして、体が外側に傾く。
っ!
「ファクトっ!!」
チコが咄嗟に飛び移るが間に合わずに、そのまま落ちる。
ちっ!
チコも飛び降りると足場裏を蹴って勢いをつけ、どうにかファクトを掴みハーネスを伸ばしてフックを足場に掛けけた。宙づり状態だ。
ファクトを抱かえる方の手は布で丸まっているので、腕と肩、手首の力しかないことになる。
下を見ると、先登っていた2人は既に下に降りていた。
「気を逸らすための囮です。」
「?!」
チコはため息をついた。こちらを舐めて掛かっているだろうから、チコの気がそれると踏んだのだ。
「馬鹿か!そういう問題じゃない。落ちただろ!」
「帽子を下さい。」
「今、それを言う状況か!」
片腕でファクトの腰を支え、帽子は頭からハーネスを握る手に持って、ファクトから取られないようにした。男一人を抱え、片手懸垂をしたという事だ。今更チコの恐ろしさに、この人常識人でよかったと思う。
帽子を捕りたいが、ファクト自身もバランスが悪いためうまく動けない。
「くれ!」
「死ぬぞ!ばか!」
「くれ!」
「アホ!」
少しの間の沈黙の後に、チコはハーネスと一緒に持っていた帽子を手離した。
「残念だな。タイムリミットだ。落ちる頃にはゲームオーバーだ。」
風に舞いながら、カウボーイハットがひらひと飛んでいく。
競技場内部でなく、外の方に。
何人かがバイクを動かすが間に合わないだろう。もうタイマーは残り十数秒。
これで終了と思ったその時…
もう一台飛んできたツィーの乗るバイクが軽やかに近づく。
そして、その後ろに乗った女子が、あたふたしながら何とか帽子をキャッチした。
「!」
驚くチコ。
「キャーーチ!!」
その2、3秒後にタイマーが鳴った。
その女子リーブラがピースをする。
「やったー!!!」
この状況を見ていた下町メンバーに歓声が起こる。
「わああああーーーーーー-!!!!!!!!」
「おおおおおおおおーーーー-ーー!!!!!!!!」
「マジか!」
「勝った!」
「勝利――!!!!」
「ヤッタっす。」
ファクトもチコの腕でしたり顔をする。
地上で見ていたムギも唖然とする。
浮遊できる高性能のバイク。ツィーとリーブラが乗っていたバイクはムギの物だった。
そう、先のリーブラへの電話はファクトからだった。
「勝ったー!!!」
地上は大騒ぎだ。
チコはハーネスにぶら下がったまま、何とも言えない顔で、下唇を噛んだ。
「落とす…。このまま落とす…」
「は?チコ様?やめてください!」
顔は見えないが、ドス黒い声がする。
今、タウがバイクで上がってきている。タウは先ファクトとバイクに乗ってきたメンバーだ。
「ホント、いいなこれ。いくらすんだ。上空で停車もできるとは。」
のんきにバイクの性能に惚れこんでいた。
しかしこちらはそんな場合ではない。
「マジやめて!死ぬ!」
落すとつぶやいているチコを宥めるファクト。
いくらチコ共々でもこの高さから落下すれば危険だ。チコはどうにかできても、抱えられて一緒に落ちたファクトは衝撃でただでは済まないだろう。チコも手のひらを使えないと、変な力が入って腕と脇腹で着地時に押しつぶすかもしれない。
「チコ様!今度一緒にウナギ食べに行きましょ!怪我したら行けないです!」
「…」
恨めしそうにファクトを見る。
安心したのもつかの間。
チコは自身の左手首からハーネスを外した。
「え?」
視界が落ちる。
チコがどうにかしてくれた後、カウスかムギのバイクに拾われる予定だったファクトは思わず声を出した。
「いいいっ!!!!」
「ちょ!」
見守っていた周りが凍り付く。
玉がしゅんとするとはこのことだ。
このまま落ちるのか。
でも、チコは冷静だった。
もう1本ハーネスを伸ばすと、鉄柱に巻き付け衝撃を殺す。一旦鉄塔に足を付けて、姿勢を安定させ手の布を外した。そしてファクトを抱えなおし、何回か鉄柱の手枷足枷に伝って、そのまま観客席付近にトンと降りた。
それからファクトを降ろす。
「ファクトー!!!!」
周りのメンバーが近寄ってきた。
「うげっ…」
数回振動が来て、思ったよりも腹に衝撃がいって苦しい。四つんばのまま立てない。
「勝利!!」
でも、顔をあげられないながらもピースする。
「おう!お前の勇姿は忘れない!」
「鉄塔も照明も全部見たんだけどな。気が付かなかったな!」
「心残りはないか?」
「最期にご両親に伝えたいことは?」
なぜか死ぬ設定になっている。
車両メンバーが集まって、グラウンドのスタートした位置まで全員移動した。
「ムギちゃーん!やったよ~!」
駆け寄るリーブラに、ムギは何とも言えない顔をする。彼らが勝ってしまった…。
「ハイ、帽子!」
ムギの頭に被せて、髪を整えてきれいにするとウインクをした。
「はあ…」
「ムギちゃん、元気出せ!」
ファクトは医師に体を見てもらっている。
「大丈夫か?横腹折れてないよな?」
途中で学校帰りのリゲルも来ていたらしい。
「ファクト、あれはけっこうヤバいだろ…。」
チコも腕など診てもらい、簡単に気を流してもらっていた。あんなことをしたが、一応ファクトもチコの腕に負担が掛かてちないか心配だ。構造はよく分からないが、ニューロスにしても肉体部分との連結に負荷が掛かったりしないのだろうか。
「はあ…」
今までになく気弱にため息をつくチコ。
「ふふふ~。勝利~。」
心配はあれど、簡易治療を受けながら鼻歌が止まらないファクト。
「勝利じゃない!こんなこと二度とするな。」
チコにやっぱり頭を叩かれる。
「作戦勝ち―!」
「…」
浮かれているファクトにチコはハッとする。
「…ファクト…。まさかわざと手を離したのか?!」
「正攻法では絶対無理っしょ。俺が安全地帯に行ったら絶対逃げる。手摺を掴んだままなら時間までじらすだろ。あんなところで待っていたチコが悪い!」
チコが無表情でファクトを見た。命が掛かっていたのにこのあっけらかんとした性格。呆れる。
「ツィーかチコ、タウに命を託しました。…そこで命の網から漏れたら…。どうしよう?」
どうしようのその先はない。誰かが救命を…できることを祈るしかない。しかもタウはバイクに見惚れた状態だった。信用ならん。
「一応、カウスさんに頼んでここで一番大きい救助マットをお願いしていました。」
一瞬で巨大に膨らむものだ。実際、鉄塔の下に特殊マットレスも併用した大きな風船のマットが敷いてあった。地面が平らでないし、一度開いたら動かせない大きさなので、場所を想定するまでは開けない。それに、これを畳むのは業者に頼まないといけないと言っていた。数秒で膨らむようにバッグ収納するのは結構お金がかかるらしい。
お金があるのか知りませんが、チコのポケットマネーでお願いしますと思う。しかし便利なものがあってよかった。
風が吹いていたら、マットの意味がないけれど。下に行くまでに落下点がずれるであろう。
「あと、二輪用エアバックも付けてました。」
二輪車でこけたときに、体中を覆うエアバックだ。チコはこのタイプの物を見たことがなかったので、ただのリュックだと思っていた。下町メンバーはけっこうマニアなものを持っているのだ。
でも足をつく時の衝撃で開かなかったという事は、かなりきれいにジャンプしていたか、エアバッグの不具合か。
「お、お前……」
「ムギ、怒るな。手段は何でもいいと言ったのも、上に上がってきたのも私が上にいたからだ。右手が使えないし、地上までの距離が短いから少し焦ったが…。片腕飛ばされて人を陣営まで運んだことがある。このくらい大丈夫だ。」
それはどういう状況だ。「一番死亡率の高いチコサイド」を思い出し、聴こえていた人は誰もツッコまないことにした。
なんだかんだで少し雰囲気が和らいだところで…
「というわけで、チコ。弟子にしてもらう!」
ツィーが言う。
弟子にしてもらうのに、勝ったとたんチコ呼ばわりだ。
チコはさらにため息を吐く。先を考えていなかった。まさか仕事が増えるとは。
「イェー!!!!」
下町メンバー全員が、勝利の拍手。
「よーお」
パン!
最後になぜか一本締めまでするのでムカつくことこの上ない。
まとまりのないメンバーに最高の団結が生まれた瞬間だ。見学の周囲からも拍手が起こる。
「お前!あんなの死ぬところだったし、危ないっていうから、バイクを貸したのに!!もっと危ないことをしてどうする!!」
「ムギ!チコは何を使ってもいいと言ったはずだ!」
ヴァーゴが偉そうだ。
「カウスも裏切り者!バイク貸したな!」
少し前に戻ってきていた爽やかお兄さんことカウスは笑ってごまかす。一体どう丸め込まれたのか。
「あんな事したら、チコだって体に負担がいく!」
「ムギ、やめろ。ヴァーゴの言うとおりだ。」
そう言って、さらに深いため息をつくチコ。
「油断していたのも私だ。」
ムギの頭を抱いて慰める。
「いい。負けだ。ツィー、お前たちの勝利だ。」
チコはツィーに右手を差し出す。
その手を少し見つめてツィーも右手を出した。
固く握手をする二人。
また拍手や歓声が起こる。訳も分からず見ていた人々も多いが、ここにいる見学者全員が証人だ。
下町メンバーはチコの弟子…部下になる。
チコはさらにツィーの手を締めあげて少しうっぷんを晴らしたのは、内緒でもなくみんなの知るところであった。