15 ビル群の深海と星の空
文字数 3,761文字
「ツィー。あのチコとかいう人は何なんなん?!」
「知らん。昨日会ったばかりだ。」
え?!が攻めてくる。
知る前から、弟子になりたいお前らも何なんだと思うツィー。
「お前ひとりっ子じゃなかったのか?」
次はファクトが答えを求められが知るわけがない。
「俺も、今日で会うのは3回目…かな。何も知らない。話の流れからどっかの役場の人とか護衛とは思うけれど、分からない。」
みんな呆れる。役人と護衛は全然違う。軍人と言いたいがここでは控えた。自分が調べたサイトは昨日教えたが、その他は強そうということ以外知らない。いわゆる、ここにいるみんなが知ってそうなことだけだ。
「頼りねーな。」
話しながらバイクのある人間はバイクに移り、全員にスクリーンを出した。
「参加する人は?」
「やっぱりやるんすか?追いかけっこ。」
「やりたい奴だけでいい。」
ほぼ全員参加の意思を示し、クリーンには競技場周辺図が映し出された。
「36人いる。分散しよう。」
「あのチコさんって人、車両で動いてもらった方がよかったですね。」
車関係なら特殊な車両を除いて、データに映る。
メイン画面や個々の画面の地図に、AIが分析し分割したエリアが出るので、自分の受け持ちたい範囲を指で押す。すると例えは名前が出て「キファ・A3エリア」など続く。あとは細かく部分担当したければ声にするか指で囲えばいい。
車のない物はグラウンドを囲った。
「私ここしか見れないから!」
リーブラは今いる周辺を選択した。
「ムギちゃん、一緒にケーキ食べてよ。そこのおばあちゃんがくれたの!」
移民のおばあさんがピースをしてくる。ここはお茶会になりそうだ。
「はあ…。」
参加する方向に動いたメンバー全員で守備範囲を確認し、だいたい振り分けができたのでそれぞれ動き出した。
ここにきて、おおよそのメンバーに一つの確信があった。
チコ・ミルク。
彼女はニューロスサイボーグだ。
助走もなしにほぼ垂直5メートル近くを飛べる脚力。
男一人を抱えて自由に動ける筋力とバランス。
こちらにもかなり運動神経がいいのが何人かいるが、自身の身長以上を垂直で軽く飛べる奴はいない。2階くらいなら飛び降りたり、ほんの少しの足掛けでビルをタッタカ登ったり下りたりする奴もいる。でも、さすがにあの跳躍力はない。
アンドロイドであったり重大な精神的問題、コントロール手術経験のある人間は、公的機関の役職に就くことはできないのでアンドロイドは予想から省かれる。彼女が連合国組織VEGAのリーダーなら国際組織のトップクラス、人間でなければなれない役職である。
そして、サイボーグは病気、事故経験者や兵士に多い。体を大幅に損傷することが多いからだ。そう思うと合点がいく。チコも何か怪我でもしたことがきっかけだろうか。心が痛んだ。
義肢とサイボーグの境目はまだ世界的に結論がでていないが、ミザルと接点があったことはそういう事なのかもしれない。
それに、ファクトは初めからニューロスアンドロイドだとは思っていなかった。
あの『何もない感じ』がしない。チコは人間だ。
人間で異常な身体能力。どのぐらいニューロス化したかは分からないが、おそらくサイボーグだろう。
この追いかけっこは、しょっぱなから手詰まりだった。
はじめにチコを見逃したのがまず失敗だ。数人でも誰か目を離さず追いかけるべきであった。追えるかは別としても、一度見逃して見つかる相手ではなかった。
あれこれ探しても検討がつかない。
建物の中には入らないと言っていたので、隈なく探せば見える範囲にいるのだろうが、全く分からなかった。
***
「ヒマだな。」
チコは第一競技場、ナイター照明のライト。投光器や鉄筋の隙間に体や服の目立つ色を覆って隠れていた。
まだ明るい空に星が見える。
最近は一段と明るい。
吸い込まれそうな、迫ってきそうな満点の星空。
これが視力によるものなのか、サイコスによるものなのか、霊性によるものなのかはチコ自身も分からない。サイコスは超能力的な力。霊性は生命の存在そのもの、エナジーのようなもの。
それは存在しない、もしくは特別なものだと思われていたが、実は誰にでもある能力だ。
見え方はそれぞれあるが、一般的には世界線の軸を少し変えれば、すぐ見えてくる。
ただ、掴む感覚を持っているかいないかの違い。そして、誰もが使いやすい周知の凡庸な能力がある反面、個性にも大きく左右されるものなので、力の種類、大小の差も大きい。扱えるようになるには基礎と汎用性のある訓練、応用が必要だった。
前時代の人々は多くの雑多な物に気を取られて、動物よりも何も見えない人が多かった。前時代の前、旧時代よりも感性が塞がっていたのだ。
チコは投光器の上で懐かしいどこかを見た。
空を手で仰いでつかむ真似をする。
「………」
本当につかみたかった。
この後どうしよう。ファクトともいつか時間がとりたい。
半身を起こして鉄筋に背中を預けて座り、競技場外側の風景を見た。
向いた方はまだ開発途上。海のように旧都市が広がっている。こちら側には、日が落ちても新都市のようにきらめく夜景はほとんどない。
その代わり星はよく見えた。
***
下町の面々は頭を抱える。
一般人に勝算はないだろう。
まず、下町メンバーはまとまること、統率されることを知らなかった。
ツィーがいなかったら、各々の持ち場を決めて分散して探すという方法も浮かばなかったし、そう思っても動けなかったに違いない。
下町低層の学校にはチームを組んで取り組む授業なんてなかった。先生も面倒なので、グループワークは無視していたし、行事はできる人が好きに仕切って、どうでもいい人は見ているだけ。会社勤めや公務員も少なかったため、報連相も連携することも知らない。様々なスポーツはするが、みんなが大会など目指していたわけでもないので、基本個人プレイヤー集団なのである。
「なんで見つからないんすかね。」
「あと20分だ。」
「建物に入らないなら見つかりそうなのに。」
「追いかけっこ鬼ごっこというか、かくれんぼだな。」
「俺らのこと、バカにしてせせら笑ってそうですねー。」
「そうか?もうすっかり忘れて仕事してそうだぞ。」
「むしろ、帰ってそうだよな。」
「確かに。つまらな過ぎて、事の起こりすら忘れて家でビールで一杯でもしてそうですね。」
「おい、まだ夕方だろ。」
この時間に公共関係の職員が酒を飲むのか。
バイクで少し上空に上がり、複数で同時に確認したがチコはいない。広い会場でも、さすがに気配すらしないのは痛い。
仲間のバイクの後ろでファクトはじっと競技場を眺める。
「照明……」
ナイター照明。
ここまで見て居ないという事は、素早く動き回っているか、みんなが見ている位置よりかなり低いか高い場所だ。おそらく相手にされていないので、自分たちのために一時間もワチャワチャ動き回ることもしないだろう。
場外や小グラウンドの照明系統は既に確認してあるし、人が隠れる感じではない。メイングラウンドを一部覆っている屋根の上もそのイベント照明の隙間にもいなかった。バイクを使わないメンバーが花壇や植木の間も調べたがいない。
でも、メイングラウンドの鉄塔照明。ぱっと見で人がいるように思えなかったので、最初の段階で簡単に確認した後、捜索対象外になっていた。あそこまでは一般のバイクで上がれないし、鉄柱を伝って可能な位置までバイクで登っても、あの能力なら早々に気が付かれおそらく逃げられる。登って落ちる危険もあるので、一般人相手にそこにいるとは思わなかった。下からもある程度は見られ、既に確認しているが、もう一度4台ある大型照明を一台一台確認して追える時間はない。
しかし死角は作れるし、誰かが探している時だけ投光器上で身を隠した可能性もある。
ファクトは照明に1つずつ向き、人が隠れられるような場所をジーと見据えた。
一点。
そこに集中する――――
吸い込まれているのか放っているのか分からない、感じたことのあるきれいな粒子が見える。
周りはピンクと紫の柔らかい光。距離感も近いのか遠いのか掴むことはできない。
でも、そこだ。あの鉄塔だ。
「あそこだ。」
***
ムギはと言えば、あのお姉さん以外の女子も一人やってきて、女子会をさせられている。
「ねえ!ムギちゃん絶対彼氏いないでしょ~。」
「そういうこと聞くのやめなよ。嫌がってるじゃん。」
全く引かないリーブラ。
「ムギちゃん誰かお兄さん紹介して。カッコいい人いる?」
ごつい人ならいる。
「だからやめなって。うちらと住む世界が違い過ぎて、誰とも絶対合わないから!まず、そんな格好で仕事場に来る方がおかしい。」
「えー。作業だっていうから動きやすい格好で来たの!ヨガとかトレーニングもこれだよー。」
「自分の胸の大きさを考慮に入れなさいっつーの!あんたには私もときめかない!」
「ムギちゃ~ん。未婚のお兄さんとかいない~?」
無視するリーブラ。
「ちょっと聞いてるの?そんなことばかり話してたの?こんな中学性相手に!」
「あっ、ちょっと待って!」
リーブラが着信を受け取る。
「男の子からだ。ちょっと待っててね!」
ムギともう一人の小さいお姉さんファイは呆れ過ぎて言う事もない。
ムギは初めてのミニ女子会をしながらも、万が一の事故やケガに備えてチコと全員の所在目視とGPSで監視していた。