23 早起き体質になる
文字数 3,115文字
「
朝6時。
洗面台のところでしゃがみこみ、こめかみを抑えて1人が呻いている。
「あきらめろ…」
「普段ならノンレム睡眠を満喫している時間だ…」
「俺もつらい…。夜10時なんて眠られるわけがない…」
不摂生な生活をしてきた彼らは明け方まで眠れなかった。
点呼をしあまりに辛い者や今眠れそうなものは仮眠を取って、それ以外はストレッチをしてランニングをする。
そして掃除をしながらぼやく。
「きれいなのに何を掃除するんだ…」
彼の住んでいた家に比べれば、何もなくきれいな住居だった。
朝食時もこめかみを押さえてぼやく。
「コーヒーだけでいい…」
「えー。朝も食べないと持たないっすよ。」
そんな中、講堂に明るい声が響く。
「おはようございます!今日はテストです。」
下町ズが沈んでいる中、どこかの試験官らしい人が来た。
「はい!お姉さん。」
「先生と呼んでください!」
「じゃあ先生、出身はどこですか?」
「それは関係ありません!
今日は12教科各25分の筆記試験をしていきます。簡易試験です。
今回に関しては、辞書や検索は一切禁止です。最後に作文を書いてもらいます。基本高校1年生の最終テストで、中卒の方は中3の試験をお渡しします。中卒の方は一番向かいのB講堂に移動します。
あと、大卒は隣の小会議室に移動してください。大卒も試験が違います。大学に推薦で入った人、専門学生は高卒の方に。」
「ホントにやるのか…」
「やべぇ。字引もダメとか素の自分が晒される。」
「素、以外に見せるものなんてないだろ。」
「普段から素だろ。」
「ジビキって何?」
数学、物理、社会に関しては0点を取る自信のあるものがかなりいた。
「ねえ、数学ⅠとⅡがあるのはなんで?」
「映画だって続編があればⅠ、Ⅱ扱いだろ。」
「違うよ。続編はZとか
「科学なんて3つもある…」
「社会も3つあんぞ。」
「公用語試験ってなに?喋れるのに試験すんの?話してんだから試験もクソもないじゃん。」
「マジか。お前らホントバカだな。」
卒業しても大してメリットにならない底辺大卒のジグマが呆れて言う。
「3どころじゃねーぞ。4とか5とかあるからな。きりがないっつーか。」
「……」
唯一の有名大卒のイオニアは、信じられない顔でこの会話を聞いていた。こんなバカたちと3カ月も生きるのか…。生還できる自信がない。
試験は夕方まで行われ、何人かはエネルギー切れ、何人かは考えることさえ放棄していた。
***
その日の夕方。
チコが仕事を終えて、分析前の回答を見ていく。
ため息しかない。
「あいつら高卒なんだよな?」
カウスも苦笑いだ。
先生は答える。
「まあ、高校と言ってもいろいろありますしね。彼ら現役じゃないし。」
「でもまだ20代だろ。ほとんど20代前半なんだが。」
そこには触れず先生は褒める。
「でも…この子はいいですね。それに全国平均前後の子も数人いましたよ。」
「学校に行けなかったわけでもないのにこの成績はショックだな…」
「はは…。チコ様、それでもまだいい方ですよ。現役学生でももっとぼろぼろだったりします。」
「そうなのか?」
先生は慰めるように笑った。
「そういうことは……ありますね。」
「そんなの3年間も高校に通う必要がないだろ。」
「…その通りかも。」
チコはさらにうなって、また先生に聞く。
「
「その子の個性もあるし、環境もあります。大房はいい方ですよ。個人的には中学校以上は、その子の得意分野を選択していけば問題ないと思っています。」
「大房って言っても、まだ選別しているメンバーなのにな…。」
学力で選別した訳ではないが。
この先生は試験専門の先生だ。公的に委託された修学研究所があり、義務教育をどう展開していくか考えていく。
「この層の成人してからのデータはあまりなかったので興味深いですね。専門学生や技術職も多いので、試験の分野を変えれば、また違った結果が出るかもしれません。」
「専門学校ってお金さえあれば入れると聞いたが…。」
それでも先生はにっこり笑った。
作文に至ってはため息を越えるものがあった。
お題はいくつかの中から選択。
文章以前の話だ。ほとんど真っ白のまま提出する者。なぜか絵を描いて来る者。しかも下手くそだ。漢字が象形文字並みにおかしい者もいる。その場で考えたのか。
「移住者とかは、漢字を知らなかったりしますし。」
カウスが言うが、その答案は大房出身者だった。
「ロー。あいつめ…」
「はは…」
かばったカウスが笑う。そこを先生がフォローしてくれる。
「今度他のテストもなさるのですよね。学習障害とかも一度見てみる必要があります。」
ジェイの作文を読み上げる。
『先生聞いてください。ぼくは今週仕事さがしに来たはずなのになぜかテストを受けています。
教官もいます。だまされた気分です。でもがんばります。他にすることがないからです。』
「…小学生かっ!!」
「『せんせいあのね』ですね。」
「あいつら、問題を読んでないのか…」
お題にない壮大な小説を書く者もいる。しかも時間と解答欄の都合で「起・結」であると丁寧に説明している。その説明を書く時間に本文を書けないのか。
回答の半分以上がおかしな内容、もしくはおかしな文体だった。
学校に通える層でもこんな感じだ。どこまでが社会的仕組みの問題で、どこまでが個々の問題なのだろう。これでどこまで社会を均衡にしていけるのか。結局、格差は生まれてしまうのか。
エリート、裕福層、中間層、未就学かそれに近い貧困層しか知らなかったチコは肩を落とした。
***
深夜1時半。チコが宿舎を見回りに来る。
取り上げていないので布団の中でデバイス組がいそうだ。
しかし意外なことに、みんな寝ている。
「チコさん!」
ヴァーゴが水を飲みに起きていた。
「見回ってんですか?」
「一応。」
「セクハラっす!」
「安心しろ。20年以上男社会で生きてきた。男だと思え。」
「それを許したら境がないじゃないですか!」
「…」
ヴァーゴはけっこう細かいので、めんどくさそうな顔をするチコ。
ヴァーゴとしてはチコを見て、そんなきれいな男、そうそういないだろうと思う。どう見ても男と割り切れない。
「あいつらゲームしてるかと思って、吊るしに来ようと思ったんだ。」
「
アーツの男子軍団は、生活の変化、久々な試験、昨日の寝不足で半分が消灯夜10時前には眠ってしまった。
本当は12時半頃まではオフラインでデバイスをしてる者がいたのだが、黙っていることにした。オンラインはすぐバレるからオフラインでしていたのだ。あまりよろしくないことだが、何を見ていたのかも調べればバレる。
室内に入らず、入り口からさっと目を通し「寝ている姿はかわいいな」と、オカンな気持ちでチコは去っていった。
***
それに比べ、女子は元気だ。
数時間前。
「ムッギちゃ~ん!」
「ひっ、リーブラ!」
「昨日会えなかったね~。」
「本当にここに住むことにしたんですか?!」
「もっち!」
「ムギー!お久!」
他の女子もやってくる。
ムギは見たことのない女性2人にも注目する。
「大丈夫、いい子たちだから!」
「つーかあんたたち、子供囲うのやめなさいよ。ビビってるじゃん!」
「一緒にあっちの大浴場行こ!」
「…私、人とお風呂には入りません…。」
ムギの出身地の文化に他人とお風呂はなかった。湯舟自体がない。
「えー。じゃあ、今度サウナからチャレンジしよ!お菓子パーティーしなきゃ!」
「…」
「やめなって!」
大賑わいだが、明日は健康診断でお菓子パーティーもできないため、こちらも10時には眠った。
ちなみにムギは女子会、パジャマパーティー、お菓子パーティーなんて言うものはしたことも聞いたこともなかった。