21 聞いてたのと違う
文字数 3,416文字
うち女子5人。
日曜日。ベガスでは礼拝があるので午後に集合。
もちろんファクトもリゲルと遊びに来ている。
ユラス人だけでないので様々な礼拝が行われている。二人は教会や聖堂をあちこち渡り歩き、時間までいろんな礼拝に参加させてもらった。信仰心からではない。もちろん天やご先祖様をないがしろにするわけでないが、ファクトは落ち着きがないのである。リゲルはいろいろな国の言葉や文字、文様が飛び交うのがおもしろかった。
そして午後1時半。南海競技場の中会議室に全員が集まる。
少し離れた場所で礼拝が行われていたと思えないほど、大分柄が悪い。
その中でも目立つプラチナブロンドが壇上に立つ。入り口に近い横の席には祭司の服を着たチコより上だろう男性たちもいた。
「お前ら本当に、仕事やめてきたのか。バカだな…」
チコが引き気味でぼやいている。
今それを言うのか。
やめてもほとんどがバイトなのでそこまで痛くない者も多いが、これまでの住居をどうするかが問題だった。続くか分からない者も多いので、大体がそのままにしている。サルガスは住まいを知人に譲った。
パートナーに関しては、結婚前提の相手以外は大体みんな切っている。婚約に関係近い場合、相手も説明を聞いていいと言われ、連れてきた人もいる。多分そんな感じで来た女性も2人いた。
チコがファクトに気が付いて少しだけ顔を緩めて手を振る。ファクトも「おう」という感じで振り返し、隣にいるリゲルも礼をした。
そしてチコは姿勢を整えて教壇を叩く。
「静かにしろ!」
空気が引き締まった。
「全員ー、起立!」
いきなりチコが言って、えっ?という感じで一同立ち上がる。
驚いて椅子を倒す者もいた。
「礼!」
訳も分からずお辞儀をする。
少し動いて前列にいた者の姿勢を直す。
「敬礼は30度だ。そこ!違う。」
「国旗に向かって…
敬礼!」
一瞬どこに国旗があるのか迷ったが、会議室正面上に普通にあった。連合国と統一アジアの国旗に向かって、取り敢えず真似て敬礼する。
下町ズの学校は先生自体がいい加減だったので、国旗に敬意など払わなかったのだ。
「そこ!左手でするな!敬意を示すものは一般的に右だ!」
チコは見渡して全員が右であるのを確認し、角度が悪い者の腕を直していく。その間停止で辛い。
「直れ!」
ザッと音がして、気をつけになる。
「着席!」
最後はほぼピッタリの息で着席。
いいのか、これはやばくないか?みんながそう思う。
ブラック企業か?
軍隊か?
やっぱりヤバい団体か?
チコの対応は全てにおいて塩だった。
「本当は用事があって人に任せようと思ったが、初めの挨拶ぐらいしないといけないので来た。」
と、全く無表情だ。
「まず、たばこ。その他自分の良心に引っ掛かりのある物は全部ここに出せ。」
チコが目の前の壇上を叩くと、何人か顔を見合わせて動く。するとゾロゾロ出てきて、たばこ、何かのカード、メモリースティックのようなもの、素材がゴムの物、子供によろしくない物など出していった。
チコが手で指示をすると、近くに控えていた迷彩服のスタッフが箱に入れて持っていく。なぜ迷彩服。
そしてまた言った。
「禁煙できなかった者…
いったん相談に来い。それすらする気のない者は退場しろ。」
ドアを指す。誰も退場しなかったが、会場は静まり返っている。
「この辺のじいさん婆さんに勧められても吸うなよ。」
それからチコと祭司服のエリスが、責任者だと簡単に自己紹介して趣旨を切り出す。
隣には爽やかお兄さんことカウスがいた。そこだけちょっと和む。都市用の軍服だけど。
二人は大まかな説明をしていった。
「…というわけで、ベガス南海がまちとして機能し、ここの人たちがアンタレスで自立できるまで協力してほしい。」
その他概要を話す。
「以上。質問は?」
何人かが質問した後、チコは何気なく言う。
「あ!そういえば、人数が一気に増えただろ。受け入れ先がないから、住居は空いている建物を準備した。自分たちで整備してくれ。8人部屋だ。」
「はっ??8人?!!」
ブーイングが上がる。
こういう時は威勢がいい。
「無理だろ!」
「人間扱いしていない!!」
「俺らに破壊的な住居に住む権利があるだろ!!」
「この臭い奴らとタコ部屋にするのか!!!」
「みんながいるのにウンチなんてできません。トイレ消臭機能フル装備の一人部屋下さい。」
「水虫やその他の病気を移されたらいやなので、個室希望します……」
「俺たちに人としての尊厳はないんすか?!」
「持病などで部屋に希望があるものは申し出ろ。トイレ付きやトイレに近い部屋、少数の部屋もある。」
無視して話を続ける。
「サルガス、ヴァーゴ、タウ、キロン、ジリ。一旦お前らが各部屋のまとめ役をしろ。ジリの部屋に体など配慮してほしい者を集めるように。その他の分け方はくじでも何でもいい。」
タウは結婚予定の彼女持ち、ジリは介護士だ。介護のためでなく、何かあった時や困ったとき話が切り出しやすいと思ったからだ。
「女性の方は、ハウメア。よろしくな。」
「あ、はい!」
ハウメアはこの前の鬼ごっこで女子会に加わらず、会場中を走り回っていた一人だ。
「それからスケジュール。朝6時起床。厳守するように。」
一日のスケジュールを見せると、さらにブーイングが上がる。
「朝6時って、俺の就寝時間は朝4時っス!!!」
「いつも午前11時に起きてたんですけど。」
「消灯夜10時ってひどくないですか?!」
「そもそも消灯ってなんだ!学生か?病院か?」
「て、点呼?!」
「てんこ?なんだそれ?食える物?人の名前?」
「毎朝15分清掃?!掃除って毎日する人いないだろ??」
「朝起床後ストレッチとランニング…、鬼っすか?!!」
「うるさいな。研修期間はこれでいってもらう。
だいたい朝4時30分起床、5時朝礼、21時30分就寝にする予定だったんだ。周りに反対されてだいぶ緩くしたつもりだ。部屋もベッドとロッカーだけにして14、5人くらい大部屋に詰めとけと言ったら反対されたからな。うるさいから人数を減らしたんだ。感謝しろ!」
「…。」
「それで起床も遅めに5時30分で6時に朝礼を始めると言ったら、あまりに急に生活を変え過ぎて、お前らがショック死したらどうすんだと言われたから6時半朝礼で折れたんだからな!せめて6時に朝礼を始めたいのにっ。」
反対はしてくれたらしい。しかも二段階で。誰か知らないがありがとう。
「それはチコさんの中で良くしたつもりであって、俺には朝6時はかなりキツイですよ!」
チコが呆れる。
「お前は夜勤だったわけでもないだろ。何言ってるんだ。普通だろ。生活習慣を直せ。」
チコはメンバーの名前と顔、情報を記憶している。
「……あと、女子は5人だな。住まいはムギたちの近くでいいか?今ムギもこの辺りに滞在している。使い易い部屋を分けてもらってくれ。説明はしている。スケジュールさえ守れば好きにやっていい。」
「わーい!ムギちゃんと一緒だ!」
リーブラがハートマークだ。
「リーブラ、ムギに余計なことを教えたら、速攻追い出すからな。」
「チコさん怖~い!」
「差別です!女子も8人部屋に入れてください!」
下町ズ男子がうるさい。
「5人だから、どうあがいても8人部屋にはならないだろ。もともと大房でも8人タコ詰め状態だった者もいるのに、何が不満なんだ。」
何でも不満だ。
「ベガスの人はこんな風に暮らしているんですか?!」
あくまで食いつく。
少し白い目で見てチコが答える。
「そんなわけないだろ。それぞれだ。今いる住民と一緒にしようとしたが、お前らバカ過ぎて風紀が乱れると反対された。気を引き締めて生活しろ。まずはたった3か月だろ?」
「はあーーー?!!!!」
うるさいのがさらに吠えている。
「お前らクソなのか?16人部屋に行くか?」
「人権侵害!!」
とにかくブーイングの嵐だ。
「あ、女の子は元ヴィラでキッチン、シャワーに湯舟もある一戸だから。銭湯でも好きなところを使ってくれ。」
なんだその激激甘対応。チコは女子にとことん甘いのだった。
なお、女子も一戸で8人以上で暮らしている者も多い。なにせ大手や裕福層が使っていたマンションや研修所だった場所のため、シャワー付き客室がある部屋もあるのだ。元々の自宅より快適である。
「差別!差別!!」
男子には反応しないチコ。話を切り替える。
「うわ~。ひどっ。」
「思いっきり男性差別だし。」
「俺らもヴィラがいいよな。」
文句の尽きない男たちであった。