38 『傾国防止マニュアル』

文字数 3,502文字

「それで…
最後に宿題で、皆さんに送った資料を休みの間に読んでおいてもらいます。」

カウスが見せた資料。
それは『傾国防止マニュアル』。

その内容にみんな開いた口がそのままだ。おかしなことになっている。

傾国?ついに歴史ドラマまで出て来た。
「やっべー。美女が出てくるんか?強いんか?」
「そーいうのじゃないだろ。篭絡(ろうらく)の女の意味は。()()()()()だ。」
「もっとヤバいっすね。」
「今まで禁欲だったのに、いきなり傾国の美女っすか?」
「なんのどんでん返しだ。」
「どんな隠し技が出てくるんだろ。」
「隠し技?」
ファクトや一部のメンバーはこの会話を理解していないので、美しい女性が美しく敵を倒す会心技をすると思っている。まじめなキロンがしょうもないことしか言わない奴らを小突く。キロンは一応理解している。


「女男、性に落ちるな」という事だ。

そのマニュアルの内容はこうだ。
ハニートラップからクスリ云々、犯罪行為や組織への加担。家庭崩壊、蒸発、犯罪、傷害や殺人事件への発展、霊性の崩壊など様々な例や防止のノウハウが載っている。中には国際指名手配された者や、海外で終身刑や死刑になった者の実例まで。

重婚は連合加盟国全ての国で重犯罪。国際条約でも、基本全ての国で禁止。
児童搾取も全世界で重罪。終身刑、もしくは死刑になる場合もある。

この時代には、妾や一夫多妻制などは基本ほぼなくなっている。系図をつなぐ霊線が、(ひと)一人に付き、基本一本しかないことが分かったからだ。それが崩れると、霊のバランスが著しくゆがむ。離婚はまだまだあるが、パートナーを変えるとその度にたくさんの絡みを整理していかないといけない。

「前にも似たような話聞いただろ。」
イオニアが面倒くさそうに言った。 
「まあ、何度聞いてもよい話ですから。前時代が潔く叩かれた上に、未だなくならない話ですからね。」


「それからこっちの資料。『命への道』!」
楽しそうに言うカウス。

その2は、生命への愛にあふれた感動物語かと思いきや、
『生き残れ!その戦場を!』的な内容だった。遂に出兵か。

この人たちの頭にはそんな世界しかないのか。

こちらにもハニートラップの話があり、他に犯罪組織に加担してしまう経緯など書いてある。あらゆるトラップの見分け方。肉弾技で生き残れ!というような普通人に役に立たなそうな内容もあれば、戦闘能力の低い人間への助言もあった。トラブルに巻き込まれた時の、義務と正当防衛の境目。

「あの…そうだ。
未成年者は全部読まなくてもいいです。え…と。塗りつぶししてください。タコちゃん。」
カウスがAIに指示するとファクトたちの資料が一気に編集された。
「残酷なことがダメな方も教えてください。」

タウが手を挙げて、イータのタブも伏せた。


ユラスをはじめとする傾国の歴史から、近代に至るまでの主君の話。組織トップの話もあれば末端の有名な事例まで大小様々なことが載っている。前時代と現時代の境目で、為政者、著名人、その他権威層の痴態犯罪がサイコスや霊性によってもれなく世界に晒され、世界権力の縮図が大きく変わった時の話もある。
小さい犯罪も組織運営に関わりのあるものは、匿名で事例が載っていた。かなりエグイ内容もある。やめるべきこと、法に触れる事など、ミイラ取りがミイラにならないためにも。

まさか諜報員とか、武力組織で下端の仕事とかさせられるのだろうか…。


「今まで何度も言ってきたことですが、とにかく性問題は気を付けてください。時に一瞬で身を滅ぼします。皆さん自身の個人的霊性にも痕が残りますし。」

「今度は美女とか、すごい人とか出てくるんですか?」
シグマは何でも聞いてくれる。便利だ。
「会う人が多くなることは確かです。あと、ベガスで問題を起こした場合、全部記録が残り、このように配布資料になって、組織を越えてたくさんの皆様と共有されますのでよろしく!」

それは嫌すぎる!!


「政治関係、公安関係、軍でも似たような講習をしています。超重要事項です。前時代のこういう事情に関しても全部共有されていますからね…。まあ、本当は稽古で女性と組むのもよくありません。」
「ファクト、ムギちゃんと対戦して組み技決められていましたよ。一瞬だったけど。」
この前道場に来ていた一人が思わず漏らし、チコや周りがファ?!という顔で二人を交互に見る。
「あまり良くないですね。せめて剣技でお願いします。」
「すみません。」
ムギがすまなさそうに言う中、下町ズはファクトにケリを入れた。



「昔…」
切なそうに話し始めるカウス。
「傾国の美女がいたんっすか?!」
「いえ、男性なんですけど、新規立ち上げた活動で片っ端から女性に手を出した人がいましてね。」
「男か……」
「ちょっと聞く気失せたな。」
「いや、聞いとけよ。」

「ベガスの女性は貞操感が強いのを知って、自由圏で無宗教気味の女性スタッフに…」
しんみりと話す。

「男の顔はそこまでなかったんですけれど。顔じゃないんです。こういうのは。
まあいろいろあって、現地で手を出してはいけない人にも出していたことが分かり、最期はちょん切られて杭を打たれて死んでいたのが見つかったんですけれど…おかげで1年以上かけて作った組織が跡形もなく……」
何かかみしめている。一同言葉もない。

「私が創設に関わったもう一つの組織が崩壊したのもそのせいでした…。ちょっと内容は言えません。あの頃まだ若かったし、彼と友達になった上に、自分の初仕事で…超ショックでした。まさかそれも、全世界に共有される教訓の資料にされるとは…。」

それはかわいそうだと一同。資料にまでなったのか。しかも2つも。
でも、無慈悲に後でどれか探してみようとは思う。

「一緒に活動した別組織の人が現地の既婚女性と逃げたこともありまして、親族から私たちが襲撃にあったこともあります。その時の銃創が残っています。皆さんやめて下さいね。…まだ牢屋に入っている人もいます。現地国の。」
現地の牢屋というのも怖いが、カウスが出した左腕に15センチぐらいの傷跡があった。仲間のために命を張ったわけでもなく、淫行犯の代わりに受けた襲撃の痕とは、もう兄さんに語る慰めが見付からない。

う゛……。

カウスさん。それも気になるのですが、上の方に見えた龍も気になるんですけど。

アーツのメンバーも何人か刺青を入れているが、それと迫力が違う気がする。自分の龍や虎がミミズやハムスターに。薔薇や百合や菊が幼稚園お便り帳のタンポポに見えてくる。


「歓迎会でお酒を飲まされて、気付くとどこからか女性たちが出てきてそのまま…という事件も多々ありました。相手はパートナー団体へのもてなし程度の気分だったりして、悪意はないというのが困りものです。それで帰国して離婚もいくつか見ています。」

そうなのかー。以外に反応ができない。未婚だし。


「他には…あまり皆さんにはお話しない方がいいこともたくさんあります。」
それは気になる。
それ以上何を話すことがあるのだ。

「お金も個人で受け取らないでください。パッと渡されて賄賂や横領になって、罷免を晴らすのがものすごく大変でした。」
ものすごい疑問が出る。なぜカウスみたいな人が、今アーツ相手にこんな仕事をしているのだ。役職が違うだろ。世界要人の護衛か特殊任務でもしていてください。

「女性関係、肉体関係をこじらすと、霊性のルーツがゆがんでしまうことがあります。痕跡は子孫まで残りますから。それが子供に響いたりするので本当に気を付けてください。子供の異性との運命まで奪ってしまったり…。まあ、みんなそれなりに跡はありますが。」

そして一息ついて言う。
「ここには二股、不倫した人はいないですが、ちょっと手が軽い人はいるので気を付けて下さいね。念を押します。」
いきなりある一方を見るのでそこにいる下町ズがビビる。怖い。そんなことも分かっているのかと、ちょっと汗が出る。と思うが、カウスは適当に顔を上げただけである。


パサパサ…と資料を見る。
「あ、こういう話はエリス様がいたのでエリス様にお話しして貰えばよかったです。」
エリスの方が別の意味で怖いので、カウスでよかったと思う下町ズであった。エリスは普段はモヤしか見えないが、意識を変えれば結構具体的に霊痕が見えるらしい。言う事も辛烈だ。


最後に言う。

「私は耐え抜きました!」
何に!
そこはぜひじっくり詳しく聞いてみたい。

「とにかく…生き残って下さい!」
資料を叩く。
「それはどんなの意味で?ベガスの話?落城?生死の話っすか?」

「………」
なぜ沈黙なのだ。答えてくれ。

「でも、辛いことだけじゃないですよ。」
それが締めらしい。3か月頑張ってなんという締め!嫌すぎる。


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登場人物紹介

心星ファクト(しんぼしファクト)主人公1


中間層地域、中央区蟹目の高2。両親がニューロス界の世界的博士。性格はのんびり。可もなく不可もなく何でもこなせるみんなのハシゴ要員。みんなが思うよりはあれこれ考えている。

アーツではCチーム。

チコ・ミルク・ディーパ 主人公2


ユラス人。ベガス総長。基本真面目。

ムギ 主人公3


チコやカストルのお手伝いをしている。少数民族のベガス移民。非常に身軽でなぜが武器や大型バイクも使いこなす。世の中の出来事には動じないが、時々いろいろ勘違いして恥ずかしくなるタイプ。

カウス・シュルタン・オミクロン


チコの隣にいる爽やかお兄さん。

背が高いが、柔らかい雰囲気なので威圧感は下町ズほどではない。

サルガス


中央区大房民。Bチームの下。アストロアーツ店長で。アーツのリーダーになる。みんなのまとめ役で世話役。

ヴァーゴ


中央区大房。旧型バイクRⅡをこよなく愛する、アストロアーツ整備屋。サルガスの友人。顔は怖いが性格は穏やかでおせっかい。彼女いない歴年齢のアーツ最年長。Cチーム。これといってとくに活躍はしない。

タウ


中央区大房。元大手の営業で、トップパルクールトレーサーでもある。Aクラストップの一人。オールマイティー型。性格は良くも悪くも普通の性格。イータの彼氏。

流星イオニア(リウシンイオニア)


中央区大房。住まい自体は隣町。アーツ唯一の有名大卒。Aチームタウに並ぶトップで、元大手の営業。オールマイティー型で、何でもできるがタウよりは自由奔放。自由に生きてきたのに、なぜかここで一途な男になってしまう。

キファ


自由大房民。Aチーム運動神経トップクラスで、性格がしょうもない。子供かと言われるが本人曰く、「大房ではクールな男でした」と。

六連タラゼド(ムツラタラゼド)


中央区大房。空手の黒帯。チーム。自分からはあまり話はしないが、聞けば答えてくれる。

リーブラ


中央区大房ギャル。Dチーム。元アストロアーツのアルバイト。誰にでも当たりがよく優しい。何でも楽しいタイプ。

ファルソン・ファイ


中央区大房。Dチーム。元バンドのおっかけ。メイクや洋裁もできて器用。萌えたいタイプで好きなことだけして生きたいタイプ。タラゼドの幼馴染。

サラサ・ニャート


東アジア人。VEGAベガスの総務で、アーツの隠れサポーター。

レサト


一見カッコいいが、性格がダルくてテキトウな藤湾高等学部の学生。

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