40 3か月の集計
文字数 2,817文字
「あの、総長。これはどこまで載せますか?」
ここはVEGAの事務局。
実はここには、下町ズの班長役以外は知らない裏方スタッフがたくさんいる。彼らは他の仕事がメインで、アーツの様々な集計もしていた。今日はアーツが最後に書いた感想文をまとめていた。一応彼らにも修了式後の焼肉はふるまっている。中には名乗らずに参加していた者もいた。
職員の言葉にイヤな予感がするチコ。
ジェイ
『足のサイズが30センチを超える人が、こんなにたくさんいる世界に初めて迷い込みました。』
ファイ
『萌えどころがいっぱいあります!』
シグマ
『シックスパックになりました。』
ヴァーゴ
『落城させられないか心配です。』
他には
『足臭いですが慣れました。デオドラントをすすめておきました。』
『カウスさんの、軍では水虫が流行るという話が印象的でした。靴に気を付けます。』
『女子部屋には高級カフェマシーンがあると聞いて驚いています。おかしくないですか?差別です。』
あいつらは本当に馬鹿なのか?アホなのか?ふざけているのか?
最後の最後がこれで頭が痛い。
なお男子棟の個室にはなくとも、各階のどこかに必ず給水機や自販機、ドリンクマシーンがある。
「奴らは3カ月もこんなことしか、考えていなかったのか…。」
「そういうストイックなスケジュールを組むからじゃないですか?」
構成係のサラサは、真顔でぼそっと上司につぶやく。
なぜ根の根まで民間人の彼らにこんな脳筋な日程を組むのだ。というより、肉体派なスタッフを組むのだ。牧師2人以外戦闘系。チコとカウスという時点で既に間違っている。
しかも全員VEGAやベガスの上官、元上官である。カストルとチコに至ってはトップ中のトップだ。なのに、頭でなく肉体を鍛えるとは。
「基礎体力は必須だろ。」
「基礎体力を越えています。」
「そうか?」
「そうです。」
クスリともしないサラサがうまく報告書を作っていく。
「何が落城だ。むしろヴァーゴはササっと落城したらいい。」
「相手が必要ですからね。」
「おばあさんたちにすごく気に入られていましたけれど。」
カウスが微笑むがチコは渋い顔だ。こいつが笑うのが気に入らない。
「まあいいや。感想はどうしようもないのと、上手に書いてあるのをバランスよく入れておいてくれ。」
「そのつもりです。」
実績の報告に関しては、筋力体力の向上が群を抜いていた。
「ほぼそのためのような訓練でしたからね。」
「商い経済関係というか…、消防団員とかならいい線行きそうです。」
褒められているのか貶されているのか分からない。
「自治体には貢献できそうか…。」
「消防団が作れそうなので、自治会長、商工会長は大喜びでしょう。」
「霊性の方は完全に向上しています。5人は完全に覚醒していますし。」
「住民票が大房以外の者も多々いますが、大房を基準から見たらかなり高い割合です。50%超えますから。」
「大房では普通だともっと低いのか…。」
チコの周りはサイコスや霊性がない人間の方が少ない。
「こういうサイコス未開発地域にも可能性はあるという事ですね。」
「まー、みんな頑張りましたよ!」
「カウスさん楽しそうですねー。」
職員が言うと楽しいです!という感じでグッドをする。
「………。」
んーという感じのチコに対し、休みが待ち遠しくて仕方ないカウス。
「ムカつくな。」
「勝ったのに何を言っているんですか!」
「総長もたいがいですよ。」
サラサが2人をたしなめる。
「お前らといると、『ヤバい』と『マジか』しか語録がなくなるから、本を読め、って言うのが最後の講習での、総長の締めだったらしいじゃないですか。それはちょっと東アジアに知られたらヤバいですよ。」
「『ヤバい』と『マジか』ですか?それはやばいですね。」
「最後の講習って、腕相撲トーナメントとかさせたという、無意味なやつですか!」
「無意味な講習に、無意味な締めの言葉…。総長、
エリートの皆様が揃っているのに、もうみんな訳が分からない。
「口の悪さはユラスもたいがいです。」
サラサが一言言っておく。ユラス人もけっこう口が悪い。
以前のチコだったら、疲れてフラフラになって眠ってしまったとしても、引きずりだして外に投げ捨てるか、水を浴びせかけていただろう。あんな平和な奴ら見たことがない。今思い出しても呆れる。今回、その状態を半分は無視した。
でも、それはこの地が安全が守られているという証拠でもあった。
チコは誰かの感想文の
『初めて誕生日を祝ってもらえました。うれしかったです。』というところを見る。
それはチコのいなかった日の講義の終わりだったらしい。
報告だけは聞いていた。チコはいつも参加できなかったが、カウスも祝ってもらったらしい。あいつめ。
彼らの半分以上はユラスと違う理由で複雑だ。
ユラス人は家族、氏族関係がとても強い。でも大房の彼らの中には孤独だったり、親から逃げて来た者も少なくなかった。親戚関係も薄く、親、祖父母世代から1人っ子も多い。なので、親以外で面倒を見てくれる人もいなかったり少なかったりし放置だった子もいる。それでも大房はまだ子供が多い方らしく、四人兄弟のメンバーもいた。
今回面談に来た中には、ひどい虐待を隠していた子もいた。不安定過ぎて今回のメンバーには入っていない。彼らはサルガスたちリーダー役、大房アーツのシャウラたちにも相談の上ベガスミラにある施設で保護している。
***
ファクトと言えば、この休暇アンド準備期間の1週間、家に戻ることなくベガス南海にいた。
花札じいさんたちは、たばこや酒、賭け事や色事など余計なことを教えるし、一度捕まったら2時間は離さないので接近禁止となった。公式スケジュールがない今、一度関わったら抜け出す理由がないため、とにかく逃げ回っている。
そして、空手道場も続けている。
サルガスとヴァーゴは、一般の講習にも混ざりながら、大房アーツの方でシャウラと今後のことなど話しているらしい。
カウスは水曜日から超楽しそうに、奥さんと子供の待つ家に帰っていった。
「子供もいたのか。絶対に奥さん怒ってそうだな」と家庭や夫婦関係の複雑さを知るメンバーは思う。そういえば3か月、ほとんど泊りのアーツと一緒にいたのだ。あとは、チコの仕事の補佐だ。新婚ではないが、新婚の頃からこんな生活らしい。大房民のために帰れそうにないこの状況はどうなのだ。ブラックが過ぎる。
試用期間の最終日に「こんな風だから2人目ができない!また3か月いないの?!」と子供を一生懸命育ててるのに夫がいないと、ブチ切れていた奥さんとのブラウザでの会話を聞いてしまった下町ズがいたのだ。切なすぎる。子育てで鬱なんじゃないのか?
そんな家庭事情を聞いた上に、みんなに知らせた強メンタル。おそらく大元はシグマであろう。
みんなでご家族にたくさんお土産を用意して見送った。
たくさん奉公して、せめて次の試用期間は戻って来れますように、と祈りを込めながら。
奥様ごめんなさい。