46 我が上官の位置
文字数 3,225文字
ここに来て疑問が解決しなくて、アーツメンバーはもどかしくてしょうがない。
昼食はそれぞれ過ごそうと思ったが、答えがなくて午前スケジュールの終わった講堂に一旦全員が集められた。
質問しやすいカウスもいない、マリアスもいない。
「なぜ『チコ
チコに聴いても、気にするなと話してくれない。エリスは早々に帰ってしまった。周りに知っている他の教官もいない。
アジアにも敬った敬称を日常的に使ったり、ご丁寧に敬称を二重に使う地域も確かにある。でも、アンタレスではそこまででもないはずだ。
「おれ、チコさんの親衛隊になるつもりはないんすけど。」
「分かる。部下になっても親衛隊はない。」
「俺ら弟子じゃないのか?」
「やっぱ教祖?教祖代理?副教祖?」
あくまで二番手。
「でもチコさん目立ち過ぎて、多分俺ら、そのお付きになってるよ。愉快な仲間たち?」
「金魚の糞じゃん。」
「金魚の糞とかこれ以上言わないでくれ。」
「多分チコさんも嫌だと思う。高校生ですらあんな面子が控えていて、もっと上部の人間がいるわけでしょ?それで私たちが糞じゃあ、話にならないし。」
自分たちを金魚の糞にも弟子にする理由もない。むしろ恥ずかしい。
答えが分からなくて、ムズ過ぎる。
「ファクト、知らないのか?」
「え?俺もサルガスより、一週間分早くチコと知り合っただけだし。二人で込み入った話とかしたことないし。母さんは深入りさせてくれないし。」
「とーちゃんに会ったんだろ!聞いとけよ!」
「あの時点で、この状況は想像していなかったから…。」
VEGAとかの偉いさん?くらいにしか思っていなかった。こんなに関わる前から、本当の軍関係者なんて思わないだろう。普通。そもそもマリアスと一部教官以外は自分たちを軍人とも元軍人と名乗っていないのだ。
「こういう時はここの人間に聴くにかぎるっしょ!」
シグマは離れたところで講堂内を整理していたユラス人っぽい生徒を見付け引き留めた。
「あの、君。」
「あ、はい!」
高校生から見たら、かなり
「あのさ、チコさんってここの何なの?名誉講師とかってことは載っているけれど。なんで『様』呼びなの?」
シグマの柄が悪いせいか、話をしにくそうなのでサルガスが入る。まあ、サルガスも無精髭で大して変わりないが。
「すまん。あまりここでの詳しいことを知らなくて聴きたいんだ。」
「はい、サルガス様。」
先程、代表の挨拶をしたからだろう。名前を知っているのか…というか、
「サルガス『様』?!?!!」
一同、もう驚くしかない。親衛隊隊長だとでも思われているのか。それとも、ただのお客様的扱いなのか。そう言えば、商売ではお客様には様を付けることもある。
「あ、サルガスでいいよ。『様』は要らない。」
「でも…」
めちゃくちゃ困らせている。
「…。チコはここでどういう立場なんだ?」
サルガス的に優しく聞いてみた。
「あの扱いはアイドルっしょ!そうでなけれは軍位が最高司令官、大将とか??」
相手が答えようとしているのに、ローがうるさい。
「族長御一家です。」
「『族長』?」
アーツは、少数民族で伝統衣装を身をまとうチコとその家族を思い浮かべる。なんで族長一家だからって、みんながみんな様付けなんだ。昔ながらの文化なのか。アンタレスにはそんな身分はないので分からない。
「ユラス民族、ナオス族ナオス家、族長御一族です。」
「ナオス?」
頭の速いメンバーたちが早速検索する。
『ユラス民族ナオス族ナオス家』――
記録歴史の草創期から登場するユラス民族25族の内、残った4族の中の正当な兄弟筋。現在ナオス族中心国家ダーオの人口はユラス民族第2位の2億人と言われえているが、経済、資本的力はトップで多くの研究者や経営者、指導者を輩出している。国籍を変え世界に広がった者たちも合わせると血族としては2億5000万越えるとされる。――
「2億で…5億5000万?!!」
1人が飲んでいた水を吹いてしまう。
族長とか言うから、少数民族の長かと思っていた。
正確にはナオス族国家はダーオだけでないので他の国を合わせれば5億を超える。
そういえば朝読んでいた聖典の人物にも出てきた。というか、ナオス族いたやん。聖典に。
聖典に出てくるメシア正統家系14民族とは別の民族だ。彼ら正統血統の生き残りはヴェネレ族一系だけである。
は?やばくないか?
「今まで調べてもこんな情報は…。」
調べても現ナオス族族長の家系は大して出てこなかったが、歴史のナオス族はこれでもかと多言語で出てくる。なので、てっきり歴史上の民族かと。
これって国規模じゃないか?
それに、思えばナオスという言葉くらいは知っている。『隠れた賢人の民』とも言われていて、旧約などに時々出てくるのだ。概して異民族扱いだが、遠い遠いヴェネレの兄弟である。
ただ、民族としては権力争いや紛争など問題もよく起こしている。
ユラス民族が王を立てないだけで、族長なら実質的立場は王家のようなものだ。
現在ユラス民族の中心国家、ダーオを治めるのは表向きはダーオの首相。そして各族長一族も強い力を持っている。現政権は、お互い温厚勢力のため政府とは助け合う関係であった。そもそも政府要人自体が族長家系の血から多く輩出されている。
「はああ、なるほど…。」
「ふ~ん。」
ここに来てアーツベガスは初めて最高にブルーな気持ちになった。
俺たちは何をしているのだ…。最高に場違いである。聴いてスッキリするどころか、落ち込み具合がハンパない。
どこかの偉いさんだとは思っていたが、そこまでとは考えていなかった。
「商工会長と仲良くしてるし、町長や区長とかだと思っていたよ…。それか地方議員?」
チコさんが遠くなる。そもそも彼らは商工会を商店街の集まりだと思っているが、場所が場所なら大企業も含まれるのだ。
「やばくない?世界で最も読まれた書物、聖典に出てくる民族だぜ。」
「まあ、初期段階で正統家系からは消えた民族だがな。」
「しぶとく生き残った民族でもあるよな。すげーな。だいたい滅んでるのに、何でアジアと西洋のど真ん中陣取ってんだ?」
「大丈夫ですか?」
先の生徒が心配しているが、その心配相手が50人近くいるので見た目、物騒過ぎる。
何でチコさん俺たちの面倒なんて見ていたんだろ?
なぜ本国でも仕事がありそうなのにここに?アジアにいるなら、せめてアーツは他人に任せて
アンタレスでも他にエリート層がいっぱいいるのに。配属があの南海付近とは、休息気分なのだろうか。と、考えることが多い。
シグマがさらに踏み込む。
「で、チコさんは族長の娘さん?姪っ子とか?」
族長って知らないけど雄々しいおじ様を想像し、嫁ではあるまいと思う。妾とか…にはなりそうもない人だし。
「…。チコ様とご家庭のことはタブーな感じで…。正式な立場を表明されていません。なので言える事は何も。」
チコの経歴がネットにもほとんどないのは、ユラス保守がナオス家の一員と名乗らせるのをひどく嫌がったことも原因である。同じ理由で、族長自体があまり定かではない。内戦であまりにも複雑化し権威の席がはっきり示されていないのだ。
「…。」
だいたいのメンバーは、その言葉で一つの想像をした。
………。
妾……妾の子。
もしかして戦地やアジアに派遣されたのも、本国に居場所がなかったからかもしれない。優秀なので引く手はあったが、おそらくユラスのような男系一族なら兄弟や従兄弟たちにしか座がなかったとかだろう。
…そいう推測をする。