48 知らない期待
文字数 3,458文字
アンタレスに公爵なんているのか?まず公爵が分からない。貴族とか偉い人ではあるのだろう。
しかし、ネット小説
「公爵ですね。なるほど。」
と、とりあえず威張っておく。
そしてオミクロンという一族は、多分、先みたいなユラスの一派みたいなのと予想する。しかし、ファクトは別の分野から知っている。軍隊好きなのでオミクロン軍の名前くらいは分かる。世界の軍隊トップスリーに入るからだ。
「えっと、公爵は王政で例えると、カウス様は王の兄弟の子、甥っ子になるのかな。それくらい身分の大きい分家の息子です。もう身分制度はないし、オミクロンは分散勢力なので豪族みたいな感じですけど。」
結局説明は学生がしている。分かってはいても、この大人数の中で発言する勇気のない妄想チーム。
ふ~ん。
もう驚かないが、それがカウスというのにアーツ一同納得できない。
「で、『様』付けするほどすごいの?」
「はは……。」
直球な言い分に高校生、笑うしかない。
身分的なことを言っても分かりにくいと思ったのか、高校生は別の角度から攻めて来た。
少し周りを確認しているので聞かれたくない話なのか。席を離れてみんな高校生ズに近付き耳を澄ます。
「いやいや、アジアに公爵なんていねーだろ。旧華族とか豪族とかだろ。」
「いるかもしれないけど、よう分からん。武家とか?」
「もともとカウスさんって、一般にはとくに知られていない人だったのですけれど…」
「うんうん、それで?」
「…世界で30人ほど、その時代ごとの最新のニューロスヒューマノイドを相手に素手で勝った人間がいるのですが………その1人です。しかも結構な数ぶち壊して、この世界では有名です。」
「…………。」
これは分かり易い。
下町ズがグッドサインを送る。ただ、どの世界だ。
でも、それは確かに敬称を贈りたい。
「この世界」とは、女の子たちが声援を送るような世界ではないことは確かだろう。カウスはアンタレスに来るまで、完全にバックグランドの人間だったそうだ。
そして修了式の対戦を思い出して考える。
チコさんにハンディもらわなくてもよかったんじゃないか。負けたけれど、もうズタズタにされたらよかったのに。チコがどんなにニューロス化しても、人間部分がある限り男性の筋力相手に負担がないわけがない。
「補助機器は使いますが、高価なヒューマノイドを再起不能まで壊したりして、敵味方限らずちょっと嫌がられてもいまして…。」
なるほど。心当たりがある。「ニューロスにも人権を」の改革派を怒らせるタイプだ。しかも戦闘機並みの予算のニューロスを壊すとは。
ファクトが、カウスさんは借金を負わなかったのかな?と疑問に思う。高機能最新機とか10億どころでないらしい。
隣りの別のメンズも慌てて付け足す。
「でも尊敬されているんすよ!その界隈の方々に!」
だから、どの界隈だ。
「このことはあまり言わないでくださいね。みんながみんな知っていることではないので…。」
そりゃあ知らなくていいだろう。そんな話。そもそも家柄とは関係ない。
実はファクトもカウスをひそかに尊敬している。
ぜひファーコックの戦友にしたい系キャラという事が判明したからだ。試用期間が終わったら、カウス系のキャラを作ろう。身元が分かったらヤバそうなのであくまでデザインの土台だ。
隣りにいたちょっとガタイのいい安心系男子が言う。
「それで先輩たち、すごく期待されていて会いたくて待っていたんです。」
だからそこに話を戻さないでほしい。
「この学校のみんなも…ユラスの人たちの間でも話題で。」
………。
ほー。それは困る。
めっちゃ勘違いされてない?
もしかして、学生たちが正装で迎えていたのは、そんな公爵に仕えるような一軍が来るとでも思われたのだろうか。Tシャツや普通のボトムで来てすみません…。
下町ズはまたしてもグレーな気分で押し黙る。
俺たちタダ飯食ってる試用期間なのに、なぜ勝手に噂が広がり期待されてんだ?3か月と少し前まで、朝昼逆転するほど自堕落な生活をしていたのだ。20代前半で腹筋10回ができないメンバーもいたのに。
傾国の美女に備えて、ドキドキしつつも負けない!と気合を入れていた午前の自分が懐かしい。それ以上にやばい話になって来た。
「俺の兄が軍の上官なんですけれど、先輩たちけっこう有名ですよ。」
なぜ!本当に軍まで出て来た!
「チコ様とカウス様で新しい精鋭部隊を作ってるって…」
「…お前ら知ってる?」
イオニアがみんなに尋ねる。
みんな首を振る。知るわけがない。
「サルガス聴いてた?」
「いや?」
もちろん知らない。
ヴァーゴも首を振る。
「他の部隊じゃないっすか?」
「ベガス南海の『アーツベガス』って聞きました。」
マジか!!
みんな頭を抱える。めっちゃ勘違いをしている。この人たち。
「チコ様とカウス様が対戦した映像が一部で話題になっています。内々しか知りませんが、俺も見ました。そんなの見たことがなかったです!」
「僕も、警備室の方でみました!」
見るな!
情報を提供しているのは知っていたが、内々がどれだけ広いんだ。
「なんだこれは。チコはそういうつもりだったのか?俺らなんて、捨て駒としてしか役に立たんだろ。」
「いや、人質としてもあまり役に立たなさそうだ。」
「本当に捨て駒にする気か?!」
「警察とかも知っていますよ。」
「警察?!!」
本当になぜ!?俺らを生殺しにする気か?!!
どうやら裏の世界では、噂が噂を呼び、VEGAの事務局に訪れる人が増え、内々に、内々にと、どこまでーも内々に広まったらしい。
元々は商工会や自治体の活動。警備や警察たちも警備範囲。機密事項も何も、初めから成果を発表する計画なので、みんなこのことを知っていると。さすがに一般生徒までは観ていないが、コネで観た者もいるとのこと。
こっちとしては修了式の余興程度でしたことでも、謎の噂と相まって、興味津々な人がいっぱいいたという。
「あの二人が対戦するなんて誰も思ってもなかったですから。」
だから、あの二人であって、自分たちは見ていただけだ。
「ユラス現地でも、カウスさんクラス同士が対戦するなんて、したとしても多分外には漏れない話です。同じ部隊だった人たち見たかったでしょうね!ていうか、一緒に対戦したかったんじゃないかな?」
同じ部隊?カウス以外にもいるのか?そんな奴らが。
シグマ、思った以上にすごいことをしでかしたな。シグマが音頭をとらなければ、対戦なんてしなかったのだ。
「それから…ポラリス博士のご子息が来ているっているのも、すごく話題になっていて!」
「俺?」
思わず自分を指す。
「『鷹がフェニックスを生んだ』って!」
『鷹がトンビを生んだ』の間違いである。生まれる前の期待としてはあっているが。
しかも、生まれてみたら鷹でもなかった。
さらにトンビでもなく、ジュウシマツの『ジュウシー君』だ。
研究所界隈の話までは知らないが、小学生の時からファクトを見ている大房メンバーは、彼が『ジュウシー君』だという事はリゲルから聞いている。下町でもしばらくそう言われていたくらいだ。
「ファクト、頑張れよ!」
「………。」
さすがのファクトも何を言ったらいいのか分からない。期待されても何も出てこないのである。
多分ここにいる高校生より勉強できない自信がある。正直、母や父の仕事の話は呪文のようで、何を言っているのかさっぱり分からない。他の国立に受かっても、東アジア大には受からない自信だけは満々にある。奇跡的に受かっても全うできないであろう。
天才両親を持ちながら、ファクトは『図解!ニューロスの世界』という、絵や写真が満載の本ですらあまりよく分からなかったのだ。
あの人たちは、メカニック、数学、各工学分野、医学、コンピューターなどに加え、哲学、サイコス、霊性にも精通している。二人は神学校を卒業しているので牧師でもあり、父は生物学の中でも動物に詳しく、なぜか仏教学も学んでいた。
知識だけは無限にある人もいるが、ニューロス分野は外科の執刀医と同じだ。知識を形にするいくつかの手の才能もいる。もしくはバラバラの能力を持つ人たちとその技術を統制できる力。研究員の頭の中は、一体どうなっているのだ。
自分は研究所でおかしい扱いされたけれど、息子の自分でも両親の方がちょっとおかしい人たちだと思う。