57 終身誓願
文字数 3,156文字
カウスに、どうにかしろよ!という顔のアーツ。
その上、チコがあそこまで怒った顔をしているので、頑張れカウス!と、なぜか心でカウスの応援もしてしまう。殺されそうだ。
いや、しばいていいだろ、と冷静なイオニアは思う。
カウスも腹を決めたのか。
「……申しわけありません。」
頭を下げようとするがチコに止められた。
「いい。そういうのはここですることじゃない。」
「チコさーん。許してあげてくださいね…。」
シグマが言うと、机をドンと叩く、
「ひっ!」
何人かがビビる。
「いい、あれでは賭けの負け分を遂行したことにならないので、他にどうしようかと。」
「…………」
誰も話さない。お咎めではなく、賭けの話に飛んでいる。
その時フロアの方から駆けてくる声がした。
「おかーさん!こっちーー!!」
ドタドタ音もする。
「はやくー!」
チコの付添人に声を掛けた後、息切れをして入ってきたのは一人の女性と小さな子供だった。
今度はチコが驚く。
「エルライ?!」
「おとーさーん!」
子供がわき目もふらずカウスに駆け寄って抱き着いた。
「わー!かわいい!!」
女性陣のハートマークが飛び交う。
子供か!
これはズルい!
今までで一番ズルい方法だと思うが、カウスは今日チコがここに来ることは知らなかったはずだ。狙ったわけではないだろう。
そして、少し息切れをした女性がチコの前に出てくる。
「総長。お久しぶりです…。こちらに向かっていると聞いて改めて御挨拶に…。」
「エルライ………」
エルライと呼ばれた女性は息を整え直してチコに言う。アジアの雰囲気にユラス族の女性の特徴を合わせた、強そうな瞳の女性だ。
「うちの夫、全く休みがなくて、一人で本当に本当に本当に………大変だったんですけれど…」
「…あ、悪い。」
チコがちょっと申し訳なさそうな顔をする。
奥さんか!みんな注目である。
「本当に大変だったんですけれど!」
「ごめん!!」
さらにツッコまれてそれ以上何も言えないチコ。
エルライの目に涙が滲んでいる。
「ずっと一人で子育てしてたのかな?」
リーブラが心配そうだ。
「義家族と一緒だったとか?」
「どっちにしてもかわいそう。」
ファイたちが同情し、タウも何とも言えない顔をする。ここには既婚人口が少なすぎて、よく理解できないがきっと大変だったのだろう。
子供を抱き上げたカウスは何も言わない。
「なので、私たちがこちらに来ました。」
「!」
「………。家は大丈夫なのか?」
何か問題がある家族か姻戚なのだろうか。
「どうにか…。」
力なく笑ってエルライが答える。
そして、気を取り直して聴衆席の方に向く。
「夫の職場の皆様ですよね。」
最前席にいたサルガスが答えた。
「あ、はい。そうです。」
仕事なのか、息抜きなのかは知らないが。
先ほどの付添人にも言う。
「フェクダさん、オミクロンだったよね?」
「はい…。」
付添人も戸惑って答える。
「皆さんが証人になって下さい!!」
そう言うとエルライは夫を壇上
「エルライ!ちょっと待て!!」
チコがやめさせようとするが、シグマが言う。
「何か分からないけど、ここまで来たならやってもらいましょうよ。」
拍手が沸き起こった。
「証人というと、賭けを思い出すな。あの時も俺ら証人だったんだけど。」
思い出さなくてもいい事を言うのでカウス、居心地が悪い。
エルライが辺りを見て目が合った人にお願いをする。
「ちょっと撮影しておいてください」
近くにいたイオニアにデバイスが渡された。
「え?はい…」
再度、立膝を就くとエルライがチコに頭を下げる。そんな風景を、カウスの子が不思議そうに見ていた。
そしてカウスの腰からアーミーナイフを抜く。
ほんと、学校に物騒なものを持ち込むな!と思う一同。なぜこの人たちはいつもそういう物を持っているのだ。
それを厳粛に、両手でチコの前に差し出す。
「わたくし夫婦、オミクロン族…」
夫をつつく。
「カウス・シュルタン…」
「エルライ・ライ・シュルタンは天地創造の主の名において、この生涯を親なるあなたと…」
「サダルメリク・ナオス・ジェネス、チコ・ミルク・ディーパ・ナオスとその任務に全てをお捧げすることを誓います。」
そう言って、ナイフをチコの腕の高さまで持っていく。
カタカナが多くてよく分からんな、呪文か?と下町ズは思う。チコは一体、幾つ名前や役職があるのだ。
のけぞるチコ。
「ちょ、ちょっと待って!」
待たせるのか!受け取れよ!
全く動じない目のエルライと、なぜか受け取らないチコ。
普通こういうのは、かっこよく受け取って、かっこよく締めるべきだろ。
「チコ!俺も約束するからー!受け取ってー!!」
後方席からファクトが叫ぶと、ひるんだチコが思わずナイフを受け取った。
「何を約束するんだよ。」
ジェイが呆れた。
「なんか雰囲気的に取りそうになかったから、すすめてみた。」
ファクトはいつもみんなの応援団なのである。
「お義兄様のナイフです。」
エルライがそっと言った。
チコはハッとして、思わずナイフを握った。
ナイフを眺める。
「このナイフに血はありません。」
そして恐る恐るカウス夫婦のそれぞれの右の手の甲を、ナイフのブレードでそっと触った。
手が震えていた。
「サダルメリクとして受け取ります。」
とチコは言う。
「よく分からないが証人としてここは拍手をしておこうぜ。」
ローが言うと、みんなわーーー!!!と拍手をした。ノリだけはいい大房民。
エルライは立ち上がってチコを抱きしめる。カウスも立ち上がった。
「これが私たちのお土産です!」
カウスが言う。
しかしチコ。
騎士の誓願みたいなものをして感動でおののいているのかと思ったが、明らかに行き処のない様子で蒼白である。カウスにナイフを返して呟く。
「お土産はお菓子が良かった……」
だ、大丈夫なのか。
この会場の見物人、全員がそれ以外感想がない。
そこにカツカツ、エリスが入って来た。
「私も証人です。」
講堂にいた全員が立ち上がり一礼をする。
「皆さん、座って下さい。タイミングいいですねー!」
チコとカウスがキョトンとする。
「これで何方向、外堀が埋められたでしょうか。」
まさかという顔のチコ。
「…エリス、貴様か。」
これは怒っている。
「私はそれぞれに、それぞれの予定を連絡しただけです。カウスなんて放っておいて、直接仕事に行けばよかったのに。」
エリスがしてやったりな顔をしていた。
「わざわざ来たのか。」
思わず言うイオニアを睨むチコ。
「あ、すみません。」
「チコ様、時間です。」
付き添いの男性が割り込んできた。
「ちょっと待て。」
「これ以上は無理です。だいぶ押しています。」
付き添いが手で招くと、同じく正装のナオス族の女性がもう一人来て、エリスたちに食って掛かろうとするチコの腕を強引に引いていく。知り合いなのかカウスが付き添いの男たちと軽く敬礼し合っていた。
「待て…」
「チコさーん!お仕事頑張ってくださーい!!」
リーブラが手を振る。
「あんな格好いい制服があるんだ。」
ファイも萌えながら手を振った。チコ以外は黒や紺などを着ていた。
「待てと言っているのに!後で覚えておけ!!」
と、漫画の悪役みたいなセリフを吐きながらチコは連れていかれた。
一旦会場が鎮まり返ったところで、エリスがもう一度言う。
「藤湾の皆さん、うちの大変なのをいつも預かってくれてありがとうございます。
リーダーは会議を。後は授業に入りなさい。」
と言って、礼をして去っていった。
何だったんだ。
エルライはイオニアからデバイスの映像を確認する。
「これでいいっすか?」
「はい!上出来!フフフ、これで自由だね!」
夫を見て微笑む。カウスは一息して笑った。
「では、みんな自分の持ち場に移動してください。」
サラサが仕切りなおして、いったん解散した。