53 また新しいお姉さんが現る
文字数 3,701文字
危ない!と思った瞬間、
見知らぬ一台のバイクが突っ切ってハーネスが伸び、アンドロイドの脚をそのまま絡めた。アンドロイドがコマの側面にぶつかりながらガタンと地に落ちる。
「なんだ?!」
動きの素早い一機が止まったので余裕ができる。
そのバイクが少し離れたところに止まると、着込んだ女性がよちよち降りてくる。
よく見るとスクーターだ。あまりに場違いな動きにみんな見入ってしまう。
「は?誰だ…。」
「少年!大丈夫?!」
長い黒髪に、コートを着て大き目のカバンを掛けた、デニムのロングスカートの女性。
「大丈夫です。」
ファクトが答える。
そして女性はアンドロイド、ファクトたちに向かって言う。
「香具師の『
ばっちりポーズを決める。
「きょう?」
「工具師?何それ?ドリルとか持ってんの?」
なに?敵なの?助けに来たの?
しかし、アンドロイドが綱をブチブチちぎろうとすると叫びあがる。ちぎれはしないが綱が伸びてゆるんだ。
「きゃーー!ヤダヤダ!」
お姉さん、必死で逃げる。
ファクトが思わず言ってしまう。
「え?この展開だと、お姉さんが助けてくれるんじゃないの?」
「何言ってるの!香具師ってお香を作ったり焚いたりする人だよ!戦えるわけないじゃん!」
「はあ?」
「それにか弱そうな女に助けてもらおうって、どうしたら思うの?」
今までの経緯だと、ファクトたちはか弱そうな女性に助けられてばかりである。それに、ここで香具師と言われても、頭が回らない。何それ?役に立つの?お香って線香の事?
「ハーネスもう1本ある!あげる!」
お姉さんはファクトにハーネスを投げてパニックだ。少しズレた位置に飛んだハーネスをどうにかキャッチした。
アンドロイドがこっちに来るので、コマから降りたファクトが泣きそうな顔のお姉さんを後ろにやる。
取り敢えずお姉さんを中心から移動させないと、ファクトが動けない。
「3人いけるか……」
タラゼドがジェイを乗せたまま、ファクトの後ろに回まわって女性を片手で抱き上げた。バランスは自動運転がとってくれる。
「ひいい!」
タラゼドの横腹に抱えられて突然浮いて驚くお姉さん。
「う、重い…」
「やだー!重くないー!」
うるさいので少し離れたところに降ろす。
「お姉さん、自分のスクーター呼んで逃げて。」
お姉さんは自動運転でスクーターを呼ぶが乗らない。
「さっさと乗って逃げてくれ。」
タラゼドが言うがお姉さんは言い返す。
「何言ってるの?!なんかあったらこれをぶつけるんだってば!」
と、スクーターを指す。
ほー、そうか、そういう手もあるのかと感心するタラゼドとジェイ。
アンドロイドが動き出す。
ファクトがハーネスを投げるが失敗して、ゴマゴマ動いている後ろのコマに絡んだ。
「下手くそ!」
レサトが舌打ちをする。そして、動いたレサトにタウが武器を投げた。
「レサト、カーフからだ!」
レサトはキャッチするとアンドロイドに一気に接近して首の根元に付けて撃った。
ダンッ!!バチバチ!と音がしてアンドロイドが倒れているところに馬乗りになり、胸元と両足付け根にも撃ち込んだ。高校生たちよ。本当になんて物騒なものを持っているんだ。スタンガンより強力っぽい。
「はあ……」
少し息切れをしているレサト。アンドロイドは動かない。
「コマちゃんも……動かないな。」
人間に対する制御システムの方が勝ったのかもしれない。コマはワチャワチャ脚を動かしているだけだ。
みんな動かず、サルガスやタウたちも見守る。
そして、警察が来た。
「おー!1億7千万じゃないか!また会ったな!」
あの偉いさんっぽい警察のおっさんが笑うがこっちは笑えない。
「いくら返したんだ?」
「まだマイナスです!」
「これって、ひどくないっすか?2回目ですよ。公安役に立ってないじゃないですか!」
ヴァーゴが怒っている。
「2回も遭遇してるって、お前らが呼び寄せているんだないか?」
「シャレにならないっす!」
「冗談だ冗談!少し頻度が増えているからな。」
「余計に笑えない…。」
「サルガス、前もこんなんあったのか?」
タウが引きつる。
「そうだな。あん時はコマにミサイルランチャーとか武器が搭載されていたからもっとすごかったけれど。動きも機敏だったし。でも、こっちにもチコさんに加えて同じくらい強そうなのと、ムギがいたから……」
「…。」
みんな言葉がない。南海広場が破壊された時のことかと気が付く。あの壊され具合はこの比ではなかった。
「戦闘用ニューロスって初めて見た。」
ジェイに警察が答える。
「これは戦闘用ではないよ。元々は戦地での補助用。少し自衛できるようにはなっているが。」
そしてファクトやサルガスたちは思った。やっぱりSR社製の部品を持っているニューロスは俄然動きが違う。苦戦はしたが今日のメカは鈍い。南海広場で暴れた機種は、ロースピードながらも人間並みの滑らかなスピードと動きであった。
先のお姉さんは簡易毛布にくるまって、お茶をもらって飲んでいる。
「ねえ、重いとかひどいんだけど!」
そして、タラゼドに食って掛かっていた。
「え、悪い。でもあの状態で持ち上げたら、たぶん誰を抱えても重いから。」
「ダイエットしようかな…。」
「そんなことしなくていいよ。めんどくさいこと考えるんだな。」
タラゼドが顔をしかめる。
「なに?あなたが言ったからなのに!」
「
ここで懐かしい声に出会った。
ムギだ。
「響!」
「ムギ!」
バイクから飛び降りたムギが近付くと、響が抱き着いた。
「ムギ~!!」」
「響、どこ行ってたの?!!」
「明日のお仕事に向けて、少し準備しておこうと…」
アーツメンバーが注目する。2人は知り合いのようである。
VEGAの教官に報告をしたあと、警官を見てサルガスはげっそりしていた。
「この後また事情聴取を受けるのか…」
そこにカーフが友達とバイクで来た。
「タウさん、みんな帰らせました。」
「ありがと。あ、サルガス、全員帰ったから。」
「分かった…。」
サルガスは疲れ顔だ。
「お前ハーネス外すなよ…。」
レサトはファクトに突っ掛かっている。
「すまん…。初めて触ったから。」
あのハーネスも習得事項にインプット、ファクトは残りの期間にすべきことを頭に入れた。
そしてムギと目が合う。
「こんばんは。ムギさん。」
怒らせないようにファクトが挨拶をする。
「お元気だったようですね。」
「…………。」
なぜかじっとファクトを見るムギ。
「あれ?」
あれ?とはなんだ。
少し近寄って来て手を掲げ頭の高さを測る。
「……?」
またケンカかと思った大人たちは気が付く。背を測っているのだ。
「…は?なんで?」
何かに絶望している。
「…なんでなの?まだ2週間ちょいだよね?」
おそらく2週間前は、最初に会った頃のイメージを引きずっていたが、あれから数か月経っている。成長というのは一緒にいると分かりにくい。離れたことで一気に印象が現在に飛んだのだ。
「テイ!」
「うぐッ!」
「ムカつく!」
ムギは背を測ったままの手をファクトに一発お見舞いし、怒って響の元に戻る。
「はー。私も後30はほしい!180あったらカッコいいのに!」
それは高過ぎではと思う、下町ズ。
ファクトはわけが分からない。
「………?」
「いいなあ、まだ成長期か…。」
160センチちょいのラムダがうらやましそうだ。
そしてもう一台、いつもの人のバイクが来た。
スタッと降りて、警官のおっさんの前に一直線に向かうプラチナブロンドのボス。
「おい!」
「よう、チコ!最近よく会うな!」
「ふざけんな!何度目なんだ。軍もいてなんで制御できないんだ!」
「待て待て。」
「もしかして本当に…」
自分が目的か?と思ったが、察した警官が言った。
「それはたぶん違うな。ここまでくると、移民の中で騒ぎたいだけだと思う。整備されている移民の環境が邪魔なんだろ。」
「なんでそんな無駄なこと…」
チコが頭を抱える。
「カーフたちやファクトとかは?」
「その線もないな。今のところ。他でも何件か起きている。一応線には入れてはいるが。」
チコはレサトに向かって安否を確かめた。
「大丈夫だったか?」
「初めてニューロスに対して………動揺しました…。」
レサトは姿勢を正して礼をし、動かない機体を見つめ悔しそうだ。勢いのある物体に、電気伝導など使う余裕が全くなかった。
「SR社ではないな。」
チコがニューロスに近寄って確認するが、一見似せていてもSR社のものではない。けれど、基本先進地域のニューロスにはだいたいシステムの基にSR社が使われているため、人間に制御装置が働いたのだろうか。
「他は大丈夫か?」
みんな頷いたりOKサインを送る。
サルガスがチコに声を掛けようと思うと、その前を塞ぐ誰か。
「あの、チコ…。」
あのお姉さんだ。
「!…響?」
「ひどい、無視するなんて。すっごい久しぶりなのに…。」
「ごめん。」
響は元気そうだし、自分が責任を持っている人員の安否確認の方が先なのでどうしようもない。
「チコ!!」
響が走り出して飛びつくようにぎゅっとチコを抱きしめた。
「よかった!元気そうで!」
チコはため息をつくが、少し泣き声の響をそっと抱き返し、そしてやさしく頭を撫でた。
近くにムギもいて、チコは安心して笑った。