72 朝練

文字数 2,747文字

今日、少し大変なことが起きている。

昨日タウとイータ、そしてベイドとその彼女のソアが南海広場で結婚式を挙げた。
そしてタウ父はお酒が進み過ぎて、タウ母と共にタウの家に一泊。タウ妹は賑やかな女子寮で深夜まで盛り上がってしまい、朝はベガスで迎える。


そんな北風が吹く早朝。
ファクト、リゲル、レサト、シャム、キロン、ムギ、他数人のメンバーがランニング後、朝練の剣術をしている中、新たな女子が1人混ざっている。

「やー!!」
と、竹刀を振りかざした後、軽く飛んだムギに籠手(こて)で頭を小突かれる。
「遅い!」

自分より小さく腕も細いムギに軽くあしらわれて、納得のいかない女子。何度か打ち込むが、ムギには入らない。
(りき)み過ぎてるな。無駄な動きが多い。」
レサトがぼやく。
女子は悔しそうに空に竹刀を振った。

これでも、昨年の東アジアインターハイ女子で準優勝をしている。
「まあ、落ち込むことないよ。ムギは総合格闘技の使い手みたいなもんだからそういうこともある。男も勝てないから。」
ファクトが励ます。

あまり知られていないが、ムギは銃器もハーネスも使いこなすのだ。各種投擲(トウテキ)武器の使い手なので、武器を持ったら今のファクトでは勝てない、ある意味一番ファンタジーな人物なのである。覚悟という意味では実戦経験のほぼないレサトでも勝てないだろう。

しかし納得のいかない女子。ムギの歳を聞いたら中学生。しかも、9歳から格闘技を始めたという。自分は3歳の時から竹刀を振るっていた。
「……なんで…」
その剣道女子はリゲル、レサト、シャムにも負けた。キロンとしては、対戦相手が悪すぎると思うのだが、そんな事情は知らないので悔しくてしょうがない。彼らは今、カウスやマリアスたちから指導を受けているのだ。カウスは軍人の中でもヤバい部類に入るらしいのに、勝てるわけがない。

「よし、体をほぐして一旦飯食いに行こう。もう7時だよ。」
ファクトは既に飯のことしか考えていなかった。



***



「で、なんでソラまでそうなるんだ!!」
「なんでお(にい)ばっかりしたいことできるの?!!!」

食堂で朝っぱらから大騒ぎしているのは、タウの妹、先ほどの剣道女子。
ソラである。

大声でケンカしている相手はタウ父。イータやタウ母は家でゆっくりモーニングをしているらしい。
タウ父は、息子が生活していた場を見たいと言って朝も出て来たのだが、アーツのメンバーはそんな父親心にびっくりする。自分の親は息子のすることなど関心もないだろう。とりあえず成人しているし。いや、学生の時だって関心がなかった。


「…俺、一応大学も出てそれなりにやることやってんだけど。」
タウが横で呆れて聞いている。昨日は言う事を聞かない扱いされたが、大学も出て大手で就職もしている。言う事を聞きまくっているじゃないか。

そう、タウ妹のソラが自分もここで朝練したいと言い出したのだ。
そして何も考えていないファクトが余計なことを言ってしまった。「俺ここに転校してみた。」と。

なので、
「私も格闘術習いたい!ここに住んで朝練して学校に行くか、私も転校したい!」となる。
タウの妹は高2である。間に弟もいるらしい。

「ここの全員に負けたんだよ?高校では準決勝以外全勝だったのに!!こんなの放置できない!!」

「剣道だけだったら多分勝てるから気にすることないって。」
「俺らは絶対負けるからほんと、気にすることないよ。あいつらが悪い。」
「ABチームと、藤湾のあの辺の奴らはちょっと格別だから。」
みんなが朝の対戦相手たちを指して宥める。

「じゃあ、ファクトは?Cチームなんでしょ?」
「あいつはあれこれ甘やかされているから。」
「なんでそんなのに負けるの?!私が弱いからじゃん!」
「勉強さぼって、訓練ばかりしているからな。」
「きちんと学校行ってるよ。」
「寝てるだけだろ。」

「じゃあ、ムギは何?!」
端っこの席で黙々と雑穀パンをかじっているムギ。
「ムギちゃんも別格だから。」
一番説明しにくい人物である。

「お兄だけずるい!」
一見大人に見えたタウの妹が、完全に駄々っ子だ。



それにしても、なぜムギは強いのか。
たまたまそういう子だったとしか言えない。

小さいころから鷹狩りをしたり、馬も乗りこなし革や布張りのテントも1人で張れた。革も自分で(なめ)す。弓で狩りもできた。それも理由にあるかもしれない。とくにムギは、家で裁縫や細やかな料理をするのが苦手で、餃子やパンを生成するより動物を捌く方が好きだった。ただ、焼き加減はイマイチで半生だったり焦がしたりするので、そこは任せてはいけない。

もともとチコはムギに格闘術など教える気はなかった。

南海に来た頃に忙しかったからしばらく会わずにいたら、勝手にあちこち道場に通って勝手に強くなっていたのだ。それで、特警やカウスの同僚たちがおもしろがって技を教えていたら、どんどん吸収して、ついには武器にまで手を出してしまった。特警もまさか習得してしまうとは思っておらず、遊び程度のつもりだったのであろう。
チコが相手にしてくれないので、その間にたくさんのことを学び、二輪も操縦できるようになり、警察に進められいくつか国家試験を受けたら今の状態になってしまった。

チコは絶対にムギに人を手に掛けてほしくなかったので、正直何とも言えない思いがあるのも確かだ。少なくとも法治国家内であるアンタレスにいる限り、悪い状況には陥る可能性は低いので、今のところベガスから出す気はない。


「とにかくだめだ!!!これ以上武道なんてしなくていい!!」
タウ父が叫ぶ。
「お父さん大っ嫌い!!!!」
と、怒って出て行くソラ。
面食らった顔のタウ父。

「………」
タウはじめ、全員が呆気に取られて眺めているしかできなかった。

というか、みんな思う。なぜアーツは格闘術者のたまり場になっているのだ。



***



その1週間後。

「やー!」
朝の南海で朝練にいそしんでいるタウ妹、ソラ。

案の定、早速親を説得して転校して来てしまった。アーツ第2弾の女子寮にいる。
そしてなぜか、タウ父もいる。

有給が余りまくっているので、1か月間休暇を取って、タウの近くにアパートを借りて住みこんでしまったのだ。
「ベガス、家賃安すぎるし。」
と、単身引っ越しが楽しいらしい。

「お前たちだけずるいだろ。」
と言って、タウ父は朝は周辺の掃除をし、太極拳のおじさんたちに混ざり、その後彼らと一緒に薬膳粥など食べている。

タウとソラもかなり困ってしまい、帰るよう何度も言ったが、「お前たちが困らせるから私もお前たちを困らせる」と言って聞かない父親を説得することはできなかった。そして、システムテック工機の正社員であるタウ父は、キロンたちの専攻に一緒に参加している。

ベイドの奥さんであるソアも、大房でのアルバイトをやめアーツ第2弾に入り勉強を始めている。

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登場人物紹介

心星ファクト(しんぼしファクト)主人公1


中間層地域、中央区蟹目の高2。両親がニューロス界の世界的博士。性格はのんびり。可もなく不可もなく何でもこなせるみんなのハシゴ要員。みんなが思うよりはあれこれ考えている。

アーツではCチーム。

チコ・ミルク・ディーパ 主人公2


ユラス人。ベガス総長。基本真面目。

ムギ 主人公3


チコやカストルのお手伝いをしている。少数民族のベガス移民。非常に身軽でなぜが武器や大型バイクも使いこなす。世の中の出来事には動じないが、時々いろいろ勘違いして恥ずかしくなるタイプ。

カウス・シュルタン・オミクロン


チコの隣にいる爽やかお兄さん。

背が高いが、柔らかい雰囲気なので威圧感は下町ズほどではない。

サルガス


中央区大房民。Bチームの下。アストロアーツ店長で。アーツのリーダーになる。みんなのまとめ役で世話役。

ヴァーゴ


中央区大房。旧型バイクRⅡをこよなく愛する、アストロアーツ整備屋。サルガスの友人。顔は怖いが性格は穏やかでおせっかい。彼女いない歴年齢のアーツ最年長。Cチーム。これといってとくに活躍はしない。

タウ


中央区大房。元大手の営業で、トップパルクールトレーサーでもある。Aクラストップの一人。オールマイティー型。性格は良くも悪くも普通の性格。イータの彼氏。

流星イオニア(リウシンイオニア)


中央区大房。住まい自体は隣町。アーツ唯一の有名大卒。Aチームタウに並ぶトップで、元大手の営業。オールマイティー型で、何でもできるがタウよりは自由奔放。自由に生きてきたのに、なぜかここで一途な男になってしまう。

キファ


自由大房民。Aチーム運動神経トップクラスで、性格がしょうもない。子供かと言われるが本人曰く、「大房ではクールな男でした」と。

六連タラゼド(ムツラタラゼド)


中央区大房。空手の黒帯。チーム。自分からはあまり話はしないが、聞けば答えてくれる。

リーブラ


中央区大房ギャル。Dチーム。元アストロアーツのアルバイト。誰にでも当たりがよく優しい。何でも楽しいタイプ。

ファルソン・ファイ


中央区大房。Dチーム。元バンドのおっかけ。メイクや洋裁もできて器用。萌えたいタイプで好きなことだけして生きたいタイプ。タラゼドの幼馴染。

サラサ・ニャート


東アジア人。VEGAベガスの総務で、アーツの隠れサポーター。

レサト


一見カッコいいが、性格がダルくてテキトウな藤湾高等学部の学生。

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