65 ムギVSファクト
文字数 4,379文字
思わず漏らすムギ。
そんなこと俺らが聞きたい。
そもそも騒ぎたかったのは俺らじゃない。
「ちょ、ムギ!試合をしているらしいしか言ってなかったじゃない!アーツいるじゃん!!」
「アーツの試合だよー!」
「知ってたら来なかったのに~!!」
ムギはこの前のことを詳しく知らないので、響がお叱りを受けていることも知らないのだ。
チコが厳粛に言う。
「ムギ。前に出ろ。」
「え?このギャラリーで?アーツ以外もいるのに?」
俺らの前ではいいのか。
「ムギ、グローブを付けてさっさと出ろ。」
基本人前が苦手なムギ。
「大丈夫…?」
響が顔をのぞき込むが、ムギは決意して前に出た。
拳を鳴らすように合わせるとムギが言う。
「本当はルールなく、外でめちゃくちゃにぶちのめしたい…」
これはファクトに怒っていると思う響。別の意味で大丈夫っぽくない。
「学校内だから賭けはないからな。」
チコが言うと警察がそちらに振り向く。
「あ、前も物品は賭けていませんよ!罰ゲームだけです!」
慌てて弁解するカウスに、そのまま彼を逮捕してくれと思う下町ズ。
「ムギー!1億7千万をぶちのめせ!!!」
どうやら仲がいいらしい。警察が応援をしている。
唯一ムギのことを知らない藤湾の学生アンド大学講師たち。マリアスVSムギの試合は残った映像も一部のスタッフと警備員しか見ていない。
「あの子が?」
「ちょっとヤバいだろ。」
「中学生くらいじゃないのか?」
「小6のうちの妹より小さく見えるけど。」
リーブラも同じくらいの背丈なのに、作りのせいかムギは頼りなく見える。実はけっこう筋肉質なのだが、細い手脚に凝縮されているので分かりにくい。
「大丈夫だよ!ファクトも初心者だし。ムギに負けてるし!」
アーツから声が出た。
負けてる?強いのか?藤湾は不安しかない。
「お姉さまー!こっちこっち!」
リーブラが響に手を振るが、タラゼドたちの近くなので響は行きたくないのだ。チコの近くにはエリスたちがいるし、ホホホと笑って響はジェイたち妄想CDチームのいる方に座った。
「ジェイ君よろしく~。皆様、解説聴かせてね~。」
突然大人女子が来て、免疫のない妄想CDチームは大人しくなってしまった。
「ああいうタイプの子初めて見る。
恐怖を忘れたイオニアであった。
一方、フロア中央は戦う二人がグローブを付けながら言い合いになっていた。
「ほんとムカつく!お前負けたらチコの前から失せろ!」
「賭けはしないってさー。」
「ただ失せろ!」
この剣幕にカーフたちも驚いてしまう。藤湾の親の十四光ヒーロー、心星ファクトにそこまで言うとは。
「うわー。ムギなんでそんな悪役みたいなセリフ言ってんの?ファクト君って呼んでよ。『お前』に戻ってる。」
「うるさい!去れ!試用期間終わっただろ!」
「無理でーす。今度チコと倉鍵に行く約束をしているから。」
「なんでチコとそんなところに?」
最近になって流行の一端を担う街と知った倉鍵が話題に出てきて、ムギが明らかに失望している。
リーブラたちに今度デートしよと、倉鍵付近に誘われていたからだ。めっちゃおいしい生クリームの高級パフェとかいうのを食べさせてくれるという。
「お前もパフェを食べに行くのか?」
「パフェ?チコが食いたいならパフェでも何でも食うけど。」
「デートとかいうのか?」
「あー。そうそう、デートデート!」
「はぁー?!行けないほどにぶっ潰す!!」
ムギが激オコだ。
「あいつもいい性格してるな。」
大人組がファクトに呆れる。
チコは女性という存在を飛びぬけて、妄想チームの帝王クラスなので全然かまわないのだが、それでも女運が出てきたファクトに下町ズがちょっと許せない思いになった。なぜあいつには女子運が付きまとうのだ。あいつだけ背も伸びた。
「なんでチコさんと!」
「プライベートでか?!」
「まあ、あいつ姉弟だから。」
いつまでもしょうもない、とチコが指示を出す。
「マリアス、始めさせろ。」
そして、チコは思い出したようにマリアスのそばに行き近くで囁いた。
「組む前に止めろよ。」
「あ、はい。」
マリアス、苦笑いだ。
二人がラインまで下がってカストルとギャラリーに礼をすると、全体から拍手が沸き起こる。
喋っていてヘッドギアをしていなかったムギに指導すると、不器用にギアを被った。ムギはヘッドギアが嫌いだ。高校生以上のサイズは合わないのが多いし一発入るとズレたりする。
そんな危なっかしくギアを装着するムギに対して、ファクトは既に180近く背があり腕もムギよりだいぶ太い。周囲が騒めいている。
「ファクト、遠慮するなよー!」
空手道場のおっさんが叫ぶ。
コクっとうなずくが、こんな子に遠慮なしとかひどくないか?と藤湾は戸惑うばかりだ。
双方と言いたいところだが…ムギが一方的に睨みつけた。
さあ、
スタートだ。
「レディー
GO!!」
マリアスが右手を切った。
この前のごとくいきなり飛び掛かるかと思ったら、ムギはフットワークで距離を取る。3分しかないが、3分もあるともいえるだろう。
ムギは持久力はあっても、相手が男性であるという事と10代成長期真っ盛りの3歳差は大きい。パワーが違う。
試用期間後半から、ファクトは毎日走る2キロのほとんどを、それなりの定速で走っていた。ファクトにパワーとスタミナも負けるかもしれない。少し間をおいて一気に片付けようと決める。かかってきたら打ち込みながら避け続ければいい。速さ、小回りと技はムギの方が上のだ。
しびれを切らしたファクトがムギにかかる。
何発か猛スピードでパンチを打ち込み、仕上げに蹴りを入れ込む。
先の試合と違い、蹴りやパンチがどんどん入る。
ムギは全部流し、ファクトの脚を掴んで組み入った。あっという間に一回り大きいファクトをひっくり返し、四の字固め風に持っていった。
「オオオオーーーーーーー!!!!!」
歓声が上がる。
「技ありーーー!」
は?もう?
判定が早くないか?
「やめ!」
組み切ったか分からないうちに判定を出したマリアスにみんなが唖然と注目した。しかも止めるとは。
「中高生の脚が折れたら困るからな!」
チコが言い、そして思う。そんなことなら組み技自体をなしにすればよかったと。
脚を取られているのはファクトであるのにと、アーツは言葉の意図を悟ってチコを冷ややかな目で見るが、ファクトばかり女性といい思いをしているのでサッサと止めればいいとそこは同意した。下手したら組んだムギの方が折れるであろう。
「始め!」
直ぐに開始され、二人はどんどん打ち合っていく。ヘッドギアがなければもっと技を出せるのにと思うムギ。小さいパンチがファクトにどんどん入る。ファクトの方は入れても入れても流されたり止められた。
「ムギー!ファイトー!!」
響が大声を出す。
頭は気が引けるので胴体に控えめに打ち込むファクト。その時一瞬でムギがファクトの胸元を服ごと引き寄せ、左頬に一発ストレートを入れた。揺れるファクト。
「一本ーー!!」
おおおおおおおーーー!!!!!!
しかしファクトは足を踏みしめ、止まらずそのまま続け、ムギの右わき腹に左足で一発蹴りを入れ込っこんだ。しかしムギはその脚をまた掴んでファクトの脚をもう一度固めに行く。ファクトが床に沈み押さえられるかと思ったが、ムギが組み終わる前にファクトが側面部にフック。ムギが弾かれた隙にもう一発フックを入れようとするも、素早くムギがファクトから離れた。そして、まだ立ち上がっていないファクトにもう一発蹴りを入れる。ファクトは腕で受け、さっと立ち上がる。そこに連続でムギが打ち込む。
ここで結構時間が流れていた。押されるファクト。
が、流れに身を任せすぎたムギに隙ができたその瞬間、
ムギの頸部に大きく蹴りが入った。
「一本ーーー!!」
オオーーーー!!!!!という歓声と、女子の悲鳴が入る。
思わずファクトも駆け寄ろうとした瞬間…
ダズ!!
と、ムギの回し蹴りが側部に入った。女子ということで甘くされるなら、それも利用する。
吹き飛ぶファクト。
「技ありーー!」
ワーーーー!!!!!!!
大歓声の中、もう一度ムギが懐に入ろうとした。
が、ファクトの目がその動きを捉える。
ムギの片腕を取り、ムギを一旦後ろに回して姿勢を整える。
「ハッ?!!」
ムギは自分の世界が流される瞬間を感じる。
そして、ファクトが大きく投げた。
円を描き、ムギが空に飛ぶ。客席に飛んだため、また悲鳴が上がる。何人かが受け止めようと動き出した時…
ムギはきれいに空席の折り畳み椅子にずり下がりながら着地。
そして倒れそうな椅子を蹴って、怒りに満ちた目でフロアに向かっていこうとするが…
マリアスの声が先だった。
「場外ーーー!!!!!」
ワーーーーーーーー!!!!!!
歓声とともにムギが唖然とする。
一瞬目を覚ましたように反応し、力なく立ち尽くした。
思わず声が漏れる。
「ファクトなんかに負けた…。」
呆然自失である。
いつもだったらすぐに外すヘッドギアを、もう一度頭の上から抑えた。
体は大丈夫そうだが、落ち込んでいることに気が付いた女子たちが駆け寄った。
「待って、挨拶をしてから。」
マリアスが止めて、まず二人に礼をさせる。
「よかったぞー!」
拍手が起こる。
やはり女性に蹴りを入れてしまって気持ちが良くないファクト。しかも先投げた時、腕を捻らせた気もする。
「ムギ、どっか痛かった?大丈夫?」
一瞬ファクトを見たムギは無言で下がっていく。目が潤んでいた。
負けた上に掛けられた技で心配されるのも悔しかった。
この後、イオニア対藤湾学生。蛍の夫アクバル対藤湾師範などの試合が繰り広げられる。
ハウメアも大学生の空手選手と戦うが勝ち、驚くことに学生に対しては全部勝利だったのだ。
特警や同僚も興味津々だ。
「すごいなー。藤湾の学生は早いと幼稚園とかから道場通っているんだろ?」
「あのアクバル、ハウメアって二人はずっと空手してたらしいけど…。他は誰が教えたんだ?」
「男子の接近格闘術は俺も教えた。」
得意そうなカウス。
「…お前、一般人にそんなん教えるなよ…。」
「オミクロン式とかやばいだろ。」
「MⅡ式とか絶対教えんなよ。」
即死系である。オミクロンの方がエグイが、軍事国家北メンカル式のことだ。どこもこれも一般人に教えるのは軍規で懲罰対象である。
「東アジア式だし、そのまま教えたわけじゃない。護身用に変えたし俺もアレンジした!あくまで、なんとか風だ。風味だけだ!」
「うわッ。最悪だな。」
「警察案件だな。」
誰にも褒めてもらえなくて弁明ばかりしているカウスである。
チコが立ち上がり、みんな一斉に注目する。
「よし!最後だ。」
「ファクト!」
「え?また俺?」
「そしてカーフ!」
カーフ?
「お前行け。」
まだ、藤湾の中心学生たちは出ていない。
会場が静まり返った。