64 タウVS「KY学生」
文字数 3,769文字
は?藤湾の学生に敵うわけないだろ。あのKY、絶対後で〆ると決意する下町ズ。
「シグマの上を行くやつが、藤湾側にいるとは!」
わざわざ煽って試合を始めさせるとは…と下町ズの羨望を集める。
「あいつはノーマークだったな。フラグは立ってたのに終わってから気が付くとは。」
妄想CDチームが悔しがる。
「なぜあんな逸材が今まで埋もれていたのだ。」
クルバトが悔しくも目を輝かせていた。
チコがカストルを見ると、彼も傍観だ。ため息をつくチコ。
警察やカウス同僚らしき面々が、カストルやエリスに気が付いて挨拶をしている。
「学校構内ではヤバいだろ。場所を移そう…」
チコが仕方なく言うと、ギャラリーの中からひょっこり小さなおじさんが挙手をしながら発言する。
「大丈夫!合わせ稽古です!一番近い道場でしましょう!!」
合わせ稽古!なんという便利な言葉!カーフが小さなおじさんに聞く。
「学校長。いいのですか?」
「いいのいいの。今理事長に許可を取ったし、講師たちも見に来てくれるって。」
あの人校長なのか。
「これでチコさんの接近戦が見られるんですね!」
KY学生が感動している。
簡単に言うな、この野郎と思うアーツ。チコが出るとは言っていないだろうと睨むと、チコが呆れた様子のまま指示を出す。
「タウ、タラゼド、イオニア、アクバル。お前らの内で1人出ろ。」
え?っとみんな顔を見合わせる。
中央武道館に全員場所を移すことになり、「15分後に始めます!」とサラサが言うとそれぞれ移動を始めた。
そしてやっぱりいた。
講堂後方で手を振る人物。アストロアーツのシャウラ店長一行とリゲルだ。
「お!リゲルもいるじゃん!」
ファクトは嬉しそうに幼馴染に向かう。
しかしシャウラは笑わず、そしてサルガスにきつく言う。
「お前、一旦アーツに戻れよ。」
大房レストランアストロアーツのことである。店長を押し付けてこんな楽しいことをまだしているとは。
「わ、分かった…」
仕方なくサルガスは頷いた。
***
さて、校内の武道館に先ほどの面々が集まる。
基本、アーツの指導に参加した学生だけだが、少しギャラリーが増えていた。しかも、たった3分のために、藤湾の空手道場などのおじさんたちも来ている。いつ知ったのだ。
フロアには薄いマットが引かれた。
「動画も写真も禁止です!」
サラサが注意事項を述べ、エリスやチコが変な人間が侵入していないか確認して、念のため入り口に警備を置いた。
KY学生とタウは性能のいい薄めのヘッドギアとグローブをする。
そこで周りを見渡し、マリアスが声をだした。
「危険技なし。流しで3分!」
ワーーーー!!!!!と歓声があがる。
マリアスに審判をさせるなー!と思う下町ズ。やつらの有効技は一般人の瀕死だ!
タイムはイオニア。
「賭けは…」
マリアスがチコを見る。
「ナシで。学生もいるしな。」
カウスを睨むチコ。賭け分放置のカウスは苦笑いだ。
「どっちにしても賭けは無理だな。」
正確には警察もいるからである。今日のみんないい子なのだ。
タウとKY学生はそれぞれフォーミングアップをする。
「他の奴も体を慣らしてけ。」
チコの発言におののくアーツ、俺らも出るのか?
さて、KY学生の名はシャム。
アンタレスに並ぶ西アジア南側の巨大都市、テレスコピィから来た学生だ。高校の時にベガスの噂を聞きつけ、空手の半指導役も兼ねてミラに来た大学1年生。飛び級しているので年齢はファクトと1つ差の18歳になる。空手を選択しなかったファクトは彼をよく知らなかった。肩は張っているが、背のひょろっと高い黒人青年だ。
タウも背が高いがシャムの方が高い。二人の大きな差は、タウは武道そのものは習ってまだ半年という事。片や相手は教える側だ。…と、まだ未知数だが……
「お前強いのか?」
タウが聞く。
「いえ!そこまでではないです!うちの流派では黒帯の一番下です!」
「…よく分からんが、黒帯とか既に反則だろ。」
「では、双方前に!」
二人はフロアに出て線まで下がり全体に、それからカストルに礼をして握手を交わすと拍手と歓声が起こる。
さあ、始まりだ。
「ファイト…
GO!!!!」
間合いを取りながら手を出す二人。シャムは道着ではないので少し戸惑っていも、タウの頭側面に大蹴りを入れる。
だが、タウの方が動きは素早い。前回のムギのように、ジャンプしシャムの両肩に手を掛け後ろに回った。そしてそのまま回し蹴りだ。
ダン!!とシャムの体が大きく揺れるが耐える。
「技あり!」
二人はそのまま、また間合いを取る。
「…やっぱり止めないんだ…。」
ハウメアが呆れる。
シャムも「止め」がないので動揺している。マリアスの「待った」は叩きつけられても発動しない。
カウスの同僚らしき一群、略してカウス同僚が感心していた。
「はー、いいじゃないか。ほとんどが武道未経験で始めて半年なんだろ?しかも20代後半。」
「なんなんだ?あの動きの良さは。」
「有名パルクールトレーサーの1人だよ。タウも武道自体は初心者だけど。」
「なるほど。いいな。」
警察官たちも感心している。
その隙をついて、タウがさらにもう一本回し蹴りを入れ込む。遂にシャムが吹き飛んだ。
「技あり!」
「…なんだ。思ったよりイケるな…」
イオニアたちが意外な展開に驚く。
空手に捕らわれていたら負けると思ったシャムは、そのまま蹴ったタウの脚を掴み、軽く回すように投げた。しかしタウはきれいに着地し、ダッシュして懐に入る。が、シャムから頭部に蹴りを一発食らう。
「一本!!」
頭が少し揺れてタウが倒れる。
「やめ!」
タイムはそのまま流れる。
「大丈夫か?」
マリアスがタウに確認した。
「大丈夫です…。びっくりしただけです。いけます。」
マリアス少しが頭に手を当てて良しと確認すると、一人で起き上がってと構えた。マリアスは霊性の流れが分かる。
「クソ!」
複雑な地形なら攻撃自体は避けられるし、負けない自信があるのにと、タウは舌打ちした。
「タウー!がんばれー!!」
ファクトが叫ぶ。
「始め!」
打ち合いをしながら、「技あり」がシャムとタウ、それぞれに入った。
間合いを取るかと思ったシャムに反し、タウはそのまま円で小さくダッシュし、長身のシャムの頭の高さに飛ぶ。
そして頭を膝で挟み、倒すと分かるようにしてシャムを構えさせ、そのまま後ろに倒した。
ダーン!と音がして、シャムが倒れるとマリアスが叫ぶ。
「一本ーーーー!!!!」
「ウィナー、タウ!!!」
おおおーーー!!!!!!と歓声が起こる。
8ポイント制のそこは空手なんだと思う、空手組一同。
「はあ、はあ」
タウが息切れをしながらシャムに近付いた。
「大丈夫か?」
一応強く叩きつけるようなことはしていないけれど心配になる。
「…だ、大丈夫です。」
ボーとしながら、ひょこっと半身を起こす。
「あ、ありがとうございます。」
後ろに倒されると思ったシャムは受け身の体勢に入ったし、マットとプロテクターで反動は吸収している。逆に、頭を蹴られたタウは大丈夫なのかと思ったが、そこまで強くは入っていなかったらしい。初めての経験で動揺したそうな。
タウが起こしてあげるとさらに歓声が響いた。礼をして下がる。
「よくやったー!!!」
同僚や警官たちも拍手を送る。南海の武道講師たちも歓声を送った。
「シャム君もがんばったー!」
校長も拍手を送る。
タウたちは実感した。年下ではあるが、訓練を続けていた者たちにも勝てる。ぎゅっと拳を握る。
チコがう~んという顔で、考えている。
「ハウメアを出したいけれど、釣り合う相手がな…」
あっちこっち見回している。
周りが指名にドキドキしている中、レサトは目を合わすどころか前もって妄想CDチームの隙間にズルズル隠れた。
その時である。
「ファクトーー!勝負しろーー!!!」
ものすごい大声で中央出入り口から現れた人物。
ムギである。
「あ、ムギちゃんだ。」
みんなが反応する。ムギは大声で現れたものの、アーツしかいないと思ていたのに、その倍ぐらいの目線を集めてひるんでしまう。
「あれ?なんでこんなにいるの?」
「ちょ、ちょっと!やだ…なんでみんな集まっているの??なんでアーツがここにいるの?」
ムギの後ろには響もいた。もうアーツ藤湾のスケジュールが終わったと思っていた響が戸惑っている。チコ、タラゼドやシグマと目が合って、ひいぃと自分より小さいムギの後ろに隠れる。
「おお!ムギー!!」
警官たちが手を振る。
状況が履くできなくて、ファクトに刺した指をそのままにボーとするムギ。
そんな中、イオニアがムギの後ろに注目してしまった。
「かわいいな。あの子。」
「?!」
つぶやくイオニアに、今度は周りの皆さんが注目してしまう。
「ムギの後ろの人かわいい…。」
はあ?という顔をする周囲。
タラゼドも思わずイオニアを見る。
イオニアは前の騒ぎの時、顔まではよく見ていなかった。厚着の上に髪が多くて分かりにくいが、響は大人っぽくも愛嬌のある顔をしていた。色っぽさもミステリアスさも備えるなんともいえない顔。
それがイオニアのツボにハマったのか。
しかし響は手を出してはいけない人物『チコの友人』。
「お前、度胸あるな…」
と思わず言ってしまったシグマである。
「よし!ファクト、前に出ろ!」
ここでチコがファクトに指示を出した。
「え?俺?」
ファクトが訳が分からないとキョトンとした。