55 行きどころのない思い
文字数 2,418文字
この日は筋トレなしで講堂に集まり、先ほど教官から様々な話をされ、午後にはチコが来た。
欠席する者はいなかったが、みんな機嫌が悪くABチーム中心に離れて座っている。何人かの顔や腕などが赤や青くなっていた。
チコも簡単に礼をして、教壇の椅子に座り込んで頬をついている。
「派手にやったそうだな。」
誰も返事をしない。
「まあいい。出て行きたい奴は出て行ってもいい。」
下町ズは元々全員が顔見知りでも仲が良かったわけでもなく、全員を知っていたのはサルガスとヴァーゴだけだ。
「公共物を壊したのでそれなりの処理はしないといけないが、やり方はサルガス、イータに任せる。タウやヴァーゴは補佐しろ。分からないことはサラサに聞け。」
頬に手を就いたまま面倒な顔をして、資料をパラパラ見たチコは立ち上がった。
「じゃ。後は報告だけ聞くから。」
それだけ言って、去っていった。
「…。」
言葉がない。
100周ぐらい走らされると思ていたのに、下手するとアーツ解散になるかと思ったのに、チコからはお叱りもない。
これは思った以上に気持ちが悪い。さっき教官に叱られたからだろうか。
みんな顔を見合わせ、シグマとタラゼドも戸惑ってしまう。
「これ以上追及はしない。各自必要なことを自分でするように。」
と、サルガスもそれだけ言って教官に席を譲る。
チコとしては今までこの面子が大人しく指示に従ってきてたことの方が予想外だったので、最終的に女性問題があった訳でもなく、骨折した者もなく、気が抜けたというか怒るべきなのか気持ちの持っていきようがなかった。
その日は外部会議のある者以外、全員が連帯責任として、南海に残って教官の指示で延々と筋トレをすることになった。
***
タラセドとシグマ、一部のメンバーは顔を合わせないし会話もしない。
ABチームの仲が悪いとこんなにも雰囲気が悪いのかと思う、BCチームの普通人控えめメンバー。
一方、いつもの妄想CDチームは、その空気を受けながらも気にしない。なぜなら、自分たちは奴らとは違うからだ。彼らの役に立つことなど何もない。ベガスでなければ関わることもなかっただろう。彼らなりに解決してくれというスタンスである。
しかもこれこそどういうことかと言いたいが、彼らはブチ切れたり落ち込んだり欠席したり逃げたりするかと思ったのに、ケンカしたメンバーたちは何事もなかったように、黙々と自分たちに与えられた筋トレの課題をこなしている。
脚だけ固定し、体を浮かしたまま左右に腹筋とか、なんでそんな事ができるのか。この空気で淡々とこなしているだけでも様になるから、腹の立つ妄想CDチーム。
自分ならケンカ相手と同じ空間に絶対にいたくない。しかも個人の問題で済むことでなく、あれこれ人が関わってくる場だ。そんなへまをしたら、誰にも顔向けできない…こともないのか?こいつらは。
彼らはお互いを避けてはいるものの、相手がいないかのようにしているだけだ。
すっげー強メンタルだな。と思った。鋼か。
こいつらとは、人間性の根本が違う。自分たちの自信はそこにはない。
「逃げを選ぶ」という自信がある!絶対こんな場にはいたくない。理由を付けて引きこもるだろう。
まあ、ファクトだけはちょっと違うが。
この何とも言えない空気の中でも
「ねー。雰囲気悪いから仲良くしよーよ」とか
「タラゼド、黙ってると怖いんだけど。」とか
「シグマってけっこうしつこく怒るね。」
とか本人たちに平気で言っている。
お前の心臓もどこに付いているのだと思わざる負えない。
***
チコに、ものすごく叱られた響はしばらく彼らの前に顔を出さないでいた。
藤湾で時々知った顔とすれ違う事はあるが、ジェイとヴァーゴ以外はアーツ男子と気が付いたら軽く礼をする程度にとどめている。
なのに、それなのに。
広い敷地なので会うこともないと思ったのに、大学の校舎に来ていたタラゼドに会ってしまう。
そのまま礼で去ろうと思ったが、顔に青たんが残っていた。教官に藤湾の学生を不安にさせないようにと言われいるため、目立つところのあざには全員ガーゼやバンドを張っているのだが、テキトウに処置しあざが大きすぎてはみ出ていた。
「あっ…」
思わず声を出す響。
無言でタラゼドが去ろうとすると、さらに加えてしまう。
「…なんか…。ごめんね。」
少し驚いて響に向いたが、
「別に…」
とだけ言ってその場を離れた。
響は何とも言えない思いでタラセドの後ろ姿を見送った。
***
さて、試用期間はどんどん進む。
まず、またファクトがとんでもないことを実行した。
「ここで高校通えばいーじゃん!」
と、突然言い出し、なんと藤湾に転校しに来てしまった。転校して行くではなく、転校しに来たとはどういうことだ。
週一の会食の時にミザルを説得。今回は、ミザルを通しきちんと手続きをして本当に転校したのだ。
「よくかーちゃんのOKが出たな。」
「すっげー頑張って卒業するし、どこかの公務員か団体職員になるよと言っておいた。うちの母さん、安定街道を示唆すると安心するから。」
「………。」
それでいいのかと思う一同。
しかし大変だったのは幼馴染のラスだ。
それなりに説明はしたが、休校していた友人が突然転校。しかも大した遠方でもないのになぜ。
話をしようも、調べたらベガスは、戦争をしてきた移民が多いし、ニューロス研究を全面的に推進することに頷かない組織であると反対した。親の業績をわざわざ反対する人たちのところに行くのかと。
短期間で2回も対戦してニューロス尽くしなので気付かなかったけれど、確かにSR社と仲が良いとは言えない感じではあった。少なくとも、ベガスの雰囲気は人間としてのニューロスの存在は認めていない。でもそれはSR社も同じだ。
中間にいたリゲルも土日はベガスで武術などを習っているうえに、放課後もずっと個人で勉強をして、ラスと付き合いが悪くなる。
ここでファクトたちの三人の幼馴染としての均衡が崩れてしまった。