26.オクリモノ
文字数 6,399文字
あっという間に週は変わり、サプライズ誕生会当日となった。
朝早くからクッキーを焼き、仕込みの手伝いなどをして過ごす。
アレッタからは無事に今期最後だというベリーのジャムを分けてもらえていた。食べる時に乗せてあげようと思う。
今日は礼拝の日では無いのだが、カエルは来てくれた。孤児院には行かないが、店の方を手伝う、と。
常連さんとも軽口を叩けるくらいは打ち解けたようだ。
昼近く、混み始める前に私は少し店を抜けさせてもらう。花を摘みに行くのだ。
「俺も行く」
カエルがトレーをクロウに返しながら言った。
「大丈夫だよ? 多分?」
「いいから」
背中を押されて促される。
目の端でクロウがにやにやしているのが見えた。
クロウには主の話を少ししたので、カエルが心配しているのが分かったのだろう。
子供達は普通に主の話を知っていた。蛇には悪さはするな。水を無駄に汚すな。主が見てるぞ、と言われて育つらしい。
最近は嘘を付くと宣誓を受けさせるぞ、という脅しも加わったとか。
さすがに主に遭遇した人はいないので、ちょっと羨ましそうに話をねだられた。
一応口止めはしたが、ここだけの秘密って守られた例しがないよね~。
いやいや。クロウのことは信じてるよ? わりとね。
「ユエ」
土手の上まで来るとカエルは私を呼び止めた。
そのままベルトに吊るしてある携帯鞄から何かを取り出し、私の左手を取る。
「小さめにしたから、少し痛いかもしれんが我慢しろ」
何の事? と聞く前に銀色の輪が左手に通された。
確かに、手の幅より少しキツく痛みを感じたが、すぐに左手首に収まった。
「風呂の時も外すな」
そう言って、彼は同じ物を自分の左手に嵌め、短剣を取り出す。
その柄でブレスレットを強めに打ち付けると、白い光が真っ直ぐに私のブレスレットに伸びてきた。
「判り難いが、対になっているそっちの石からもこれが出てる」
確かに、よく見ると嵌まっている石の1つが光っている。
「お守りだ。俺の居ない時に何かあったら、それを何かにぶつけろ。少しくらいじゃ作動しないから、思いっきりだぞ」
「……あり、がとう」
カエルがもう一度ブレスレットに短剣をぶつけると光は消えた。
何だか感動してしげしげと眺めてみる。
いぶし銀のような少し曇った色で、表面はシンプルに丸みを帯びている。
等間隔に埋め込まれた透明な石は3つ。そしてぐるりと何か文字が彫ってある。
意味は見えてこないが、魔方陣の様な作用があるのかもしれない。
「あんまり見るな。センスも時間も無かったから、必要最低限だ」
珍しく恥ずかしそうに視線を逸らしてカエルは言う。
ってか、何ですと?
「も、もしかして自作なの?!」
「丸々注文して払えるほど金持ちじゃ無い」
「え? た、高い、の?」
「聞くな。通信具よりは安い」
それ、益々気になるんですけど!
大体、通信具使ってるのカエルとビヒトさん以外で見たこと無いんだよ。
基準がどこだか判らないよ!
「使い処の無かった金だ。安心を買うと思えば安いだろ。恐らく港町くらいまでの距離なら訳なく反応するはずだ。本当は反撃作用も付けたかったんだが……」
カエルはちらりと横目で私を見た。
「扱うのがお前だからな」
「どういう意味!?」
ふっとカエルは笑う。
「大人しく俺を待ってればいいって事だ」
なんか、殺し文句みたいな事を言われた。その顔で言うのは反則な気がする。
いや、解ってる。言葉通りの意味だって。ただちょっと、そうちょっとだけ口説かれてる気分になって、俯いた。
勘違いすんなって言われる前に冷静にならねば。顔、赤くなるなよ!?
くそう。カエル目当てに来るお嬢さん方を笑えなくなるじゃないか。
私はカエルから気を逸らす為と、ざわついた気持ちを鎮めるためにブレスレットの表面を何度も指でなぞった。
「……だから、デザインは諦めろって」
「違うよ。凄いなって」
少し落ち着いたので顔を上げる。
「ありがとう。使うことにならないように気を付ける」
「そうしてくれ」
にやりと笑ういつものカエルの表情に何だかほっとした。
「前に頼まれたヤツも出来てるんだが、帰ったら渡すな」
「前に? 何か頼んだっけ?」
すっかり忘れている私に彼は呆れた顔をする。
「棒を2本削れって言っただろ」
「箸! 出来てるの?!」
「ハシっていうのか? 割とすぐ出来たんだが……渡しそびれてて」
「カエルは何でも出来るねぇ」
偽らざる本音で、かなり感心して言ったのだが、本人は眉根を寄せて訝しげに首を傾けた。
「何も出来ないと、思ってきたが?」
「それだけ色々出来れば充分じゃん。執事もナイフ投げも物作りも、努力の賜だよね。カエルはビヒトさんがいるから、自己評価が低いんだと思う。もっと自信持っていいよ」
ビシッと指を突きつけて、カエルの鳩が豆鉄砲を食らったような顔を堪能してから私は花を摘みに土手を下りた。
ファルにはピンク系を多めに。ミゲルには白とブルーで。
春色の蛇も主も現れる気配も無く、あっさりと花は集まった。
土手の上から動かなかった彼は私が戻ると少し困ったような顔で、でも言うことが見つからないという風に黙って付いてきた。
宿に戻るともうランチタイムの忙しなさは始まっていて、クロウが私の顔を見てほっとしているのがわかった。
女性客からの左腕に集まる視線は痛かったけど、煩わしさが減るとカエルは涼しい顔だ。
それでもめげずに誘いをかける女性もいて、私はその強かさを見習うべきか本気で悩むのだった。
◇ ◆ ◇
籠にクッキーをいっぱい。飾り用のコサージュと軽く水を切った花は布袋に。ジャムもそっと忍ばせて。
結構な大荷物で私はクロウと水時計のアトリウムに居た。子供達が散歩に出るのをこっそりと待っているのだ。
もしここで会ったらと、代書屋さん用にクッキーを分けて持っていたが、彼の姿は何処にも無かった。
他のもっと大きな街に行ってしまったのだろうか。
「それ、兄ちゃんにもらったのか?」
クロウの視線が左腕に注がれていた。
「うん。お守りだって。何かあったときカエルに伝わるみたい」
「へぇ。見ても良いか?」
「外すなって言われてるから、このままで良ければどうぞ」
クロウに左腕を差し出すと、矯めつ眇めつしながら時々表面をなぞっている。
「女に送るにしてはちょっと飾りっ気がねぇなって思ったけど、護身具ならこんなもんか? 材質はたっかそうだよな。見たことねぇ」
「それを言わないで。借金が増えてる気になるんだよ……護身具って他に見たことあるの?」
クロウはブレスレットから目を離してちょっと上を向いた。
「もっと安っぽいのなら、金持ちそうな冒険者が自慢気に見せてくれたことがある。指輪だったり、籠手だったりペンダントだったり」
性能や付与効果で値段はまちまちなのだろう。それにしても、クロウにも高そうに見えるのか……
「金属はよくわかんねーけど、こんなに透き通った石3つも付いてんのが珍しいからな」
そ、そうなのか。
そういえば、透き通ってるほど高品質って言ってたっけ。
「女避けも兼ねちゃうとこが兄ちゃんらしいな」
言ってクロウは笑った。
「そこまで狙ってたとは思えないけどね」
あれは完全に副産物だ。「ラッキー」くらいの反応だった。
観光客の声と水音の和音の中、子供の声が外を駆け抜けていくのが聞こえてきた。
ミゲルとリベレだな。
「元気だなぁ」
「あいつらの体力は底無しだぞ。可愛いのは寝てるときくらいだ」
クロウは心底うんざり顔で言う。
子供は体内に原子炉持ってるって言うよね。え? 言わない?
子供達が完全に通り過ぎるまで余裕を持って待っていると、アルデアがステンドグラスの嵌まった扉から顔を覗かせた。
「ルディ?」
アルデアはこちらを一瞥してから奥の扉に消えていった。礼拝所ではなく、恐らく鐘楼に続く階段のある方だ。
程なくして戻ってきた彼女の後ろには神官サマの姿があった。
女性のざわつく声が聞こえてくる。
「マーテルに頼まれたの。一応伝えておいてって。クロウ、後はよろしくね。4刻の鐘が鳴ったら帰ってくるから」
アルデアは言い捨てると慌ただしく出て行った。
ぽかんとしている私達に落ち着いた声が降ってくる。
「これでも一応責任者ですよ? 監督兼お手伝いして差し上げようかと。時間が無いのでしょう?」
まぁ、最もだ。うだうだ言ってる時間は無い。
孤児院に場所を移し、外に干されていたシーツを1枚拝借すると、ドレープを付けながら壁際に留めていく。
悔しいが、上背のある神官サマはとても役に立った。
私がスケッチ用の紙にクレヨンでカラフルに書いた『お誕生日おめでとう』のプレートを真ん中に、周りをコサージュで飾り付けてもらう。
私はその間に花冠の作成だ。子供用だから少し小さめでいいだろう。
「器用なもんですね」
コサージュの1つを手に、神官サマは呟いた。
「そうでもないですよ。縫い目は見ないで下さい」
見えないところはいたって手抜きだ。
高いところが終わったのか、彼はこちらに来て花冠作りを眺め始めた。
すぐにクロウもやってくる。
人手が増えたので思ったよりも早く終わったようだ。
黙って見つめられてはやりづらい。
私は代書屋さん用に用意していたクッキーの袋を神官サマに渡した。
「それでも食べてて下さい」
クロウがずりぃ! という顔をした。
欲しけりゃもらいなさいよ。それにクロウは後で食べるんじゃない。
正に天使の笑顔で微笑んで、神官サマは開けた袋をクロウにも差し出す。
「ああ。こういうのも美味しいですね」
褒められた、ととっておこう。
「都会にはどんなお菓子がありましたか?」
黙っているのが辛いので、適当な話を振ってみる。
目線は上げず、手も止めずに。
「甘いだけのものが多かった気がします。お裾分けくらいでしか口にしませんでしたから、もっと美味しい物があったのかもしれませんね」
甘いものがそれ程好きではないのか、クロウに気を使ったのか、神官サマは2枚ほど食べた後、袋ごとクロウの手に乗せた。
「護身具、ですね」
最後の仕上げを終える頃、彼は唐突に言った。
思わず手が止まる。
「警告系……いえ、伝達系ですかね。成る程。迷子札代わりですか。反作用は付いてない……攻撃系も無し。特化して距離を稼いでる、のでしょうか」
ブレスレットの文字の上に指を這わせて、興味深そうに見入っている。
「……断り無く触るのは、失礼ですよ」
ずっと、花冠を作るのを見ているのだと思っていたが、違ったようだ。作業が終わるのを待っていたに違いない。
クロウはちょっとぎょっとして私達を見ている。
「あぁ、これは失礼。職業柄、護符などを見る機会も多いので術式が気になるのですよ」
にっこり笑ってるけど、半分わざとだよね? 油断も隙もない。
「攻撃を受けると撥ね返すような物も出来ますよ? 作りましょうか?」
「要りません」
そういう危ないことに巻き込まれる予定はございません!
私はブートニアの方も手早く纏めてリボン代わりの端布で縛り付けると、残った花をコサージュの回りに適当に挿していく。
横から手が伸びてきて1輪摘まみ上げたかと思ったら、神官サマは私の頭にその花を挿した。
「ユエは薄い青のイメージですね。優しそうなのに、凛と冷たい」
「お花は主役に付けてあげるんです。挿すならこちらにして下さい。それに」
神官サマを軽く睨む。
「冷たくされるようなことをする方に冷たいとか言われたくないです」
彼はくすくすと笑いながら私の頭に挿した花を抜き取って、コサージュの方に挿し直した。
「難しいですね。今までお会いした方々は喜んでくれていたと思うのですが」
解ってて言ってるよね?
そもそも私がそんな上っ面の言葉や態度で今更丸めこめると思わないで欲しい。
いや。思ってないか。それも踏まえてからかってるんだ。
「さて、少し時間がありますね。お茶でも入れましょうか」
長机にクッキーと飲物用のコップを揃え終え、手持ち無沙汰になったところで彼は2階へと上がって行った。
「ユエ、アイツってやっぱり見ただけで色々わかんのか?」
クロウが小声で聞いてくる。
ブレスレットの事だろうか。
「あれは……どうかな。術式だかのことは私はわかんないし……知識があれば読み取れるのかも」
併用してるとは思うけど、そこまでは言わない。瞳は光ってなかったから、本気では視てないだろう。
「そ、そっか。ユエと普通に仲が良さそうでちょっとビックリだ」
「仲良くはないよ。特別にしないだけで」
「それがビックリだよ」
クロウは肩を竦める。どうやら緊張するらしい。
それは正しい反応なのかもしれない。
私はどちらかというと、もう繕うことも無いので気楽なのだ。諦めているとも言う。
神官サマがポットを持って下りてきて、お茶を一杯堪能した頃鐘が鳴った。
「初めに私からお祝い代わりに祝福を授けたいので、少しだけ参加させて下さいね。ずっと居ると皆楽しめないでしょうから」
その辺は普通に弁えているのだなぁと、当たり前のことなのだが不思議に思う。
あぁ。そうだ。私が不用意な事を言ったから、目を付けられたんだった。
そうでなければ、不思議に思わなかったのかも。
少しして子供達が帰ってきた。
相変わらず最初に飛び込んでくるのはミゲルとリベレだ。
私達を見て動きを止めるのも同じ反応。
「お帰りなさい。春生まれはだあれ?」
私はブートニアをミゲルの胸元にピンで留め、遅れて入ってきたファルに花冠を被せる。
2人をテーブルの真ん中に誘導して、全員が席に着いたらアルデアに後を任せた。
アルデアが誕生会を宣言し、まず食事の前のお祈りを捧げていく。その後で私が良く知る誕生日の歌では無い誕生日の歌をみんなで歌って、その間にジュースを注いでいった。
歌いながらも子供達の気持ちはクッキーとジュースにあるようで、そわそわと落ち着かない。
「ミゲル、ファル、お誕生日おめでとう! 乾杯!」
歌が終わるとアルデアがコップを掲げる。
「かんぱーい!!」
我先にとクッキーを頬張る子供達に苦笑しつつ、笑顔が見られて良かったなと思う。
少し落ち着いた頃を見計らって神官サマが声を掛けた。
「ミゲル、ファル、こちらへ……これからも御身の子たる2人に主の祝福があらんことを」
そう言って順番に2人の額にキスをした。
ミゲルは何だかそわそわしているし、ファルは照れくさそうに頬を赤らめて下を向いた。
そんな2人を優しく見つめてから、彼は後はご自由にとその場を後にした。
そんな場面を見たから、あの時のあれもちゃんとした祝福だったのだと、そういうものなのだとうっかり錯覚しそうになった。
何を言ってるんだ。
それならあの時の、あのわざとらしいタイミングは何だったのか。
カエルを振り返った時の表情は何だっていうのか。
ぷるぷると頭を振って、しっかりしろと気合を入れる。
向こうから近付いて来たニヒが、不思議そうにこちらを見上げていた。
朝早くからクッキーを焼き、仕込みの手伝いなどをして過ごす。
アレッタからは無事に今期最後だというベリーのジャムを分けてもらえていた。食べる時に乗せてあげようと思う。
今日は礼拝の日では無いのだが、カエルは来てくれた。孤児院には行かないが、店の方を手伝う、と。
常連さんとも軽口を叩けるくらいは打ち解けたようだ。
昼近く、混み始める前に私は少し店を抜けさせてもらう。花を摘みに行くのだ。
「俺も行く」
カエルがトレーをクロウに返しながら言った。
「大丈夫だよ? 多分?」
「いいから」
背中を押されて促される。
目の端でクロウがにやにやしているのが見えた。
クロウには主の話を少ししたので、カエルが心配しているのが分かったのだろう。
子供達は普通に主の話を知っていた。蛇には悪さはするな。水を無駄に汚すな。主が見てるぞ、と言われて育つらしい。
最近は嘘を付くと宣誓を受けさせるぞ、という脅しも加わったとか。
さすがに主に遭遇した人はいないので、ちょっと羨ましそうに話をねだられた。
一応口止めはしたが、ここだけの秘密って守られた例しがないよね~。
いやいや。クロウのことは信じてるよ? わりとね。
「ユエ」
土手の上まで来るとカエルは私を呼び止めた。
そのままベルトに吊るしてある携帯鞄から何かを取り出し、私の左手を取る。
「小さめにしたから、少し痛いかもしれんが我慢しろ」
何の事? と聞く前に銀色の輪が左手に通された。
確かに、手の幅より少しキツく痛みを感じたが、すぐに左手首に収まった。
「風呂の時も外すな」
そう言って、彼は同じ物を自分の左手に嵌め、短剣を取り出す。
その柄でブレスレットを強めに打ち付けると、白い光が真っ直ぐに私のブレスレットに伸びてきた。
「判り難いが、対になっているそっちの石からもこれが出てる」
確かに、よく見ると嵌まっている石の1つが光っている。
「お守りだ。俺の居ない時に何かあったら、それを何かにぶつけろ。少しくらいじゃ作動しないから、思いっきりだぞ」
「……あり、がとう」
カエルがもう一度ブレスレットに短剣をぶつけると光は消えた。
何だか感動してしげしげと眺めてみる。
いぶし銀のような少し曇った色で、表面はシンプルに丸みを帯びている。
等間隔に埋め込まれた透明な石は3つ。そしてぐるりと何か文字が彫ってある。
意味は見えてこないが、魔方陣の様な作用があるのかもしれない。
「あんまり見るな。センスも時間も無かったから、必要最低限だ」
珍しく恥ずかしそうに視線を逸らしてカエルは言う。
ってか、何ですと?
「も、もしかして自作なの?!」
「丸々注文して払えるほど金持ちじゃ無い」
「え? た、高い、の?」
「聞くな。通信具よりは安い」
それ、益々気になるんですけど!
大体、通信具使ってるのカエルとビヒトさん以外で見たこと無いんだよ。
基準がどこだか判らないよ!
「使い処の無かった金だ。安心を買うと思えば安いだろ。恐らく港町くらいまでの距離なら訳なく反応するはずだ。本当は反撃作用も付けたかったんだが……」
カエルはちらりと横目で私を見た。
「扱うのがお前だからな」
「どういう意味!?」
ふっとカエルは笑う。
「大人しく俺を待ってればいいって事だ」
なんか、殺し文句みたいな事を言われた。その顔で言うのは反則な気がする。
いや、解ってる。言葉通りの意味だって。ただちょっと、そうちょっとだけ口説かれてる気分になって、俯いた。
勘違いすんなって言われる前に冷静にならねば。顔、赤くなるなよ!?
くそう。カエル目当てに来るお嬢さん方を笑えなくなるじゃないか。
私はカエルから気を逸らす為と、ざわついた気持ちを鎮めるためにブレスレットの表面を何度も指でなぞった。
「……だから、デザインは諦めろって」
「違うよ。凄いなって」
少し落ち着いたので顔を上げる。
「ありがとう。使うことにならないように気を付ける」
「そうしてくれ」
にやりと笑ういつものカエルの表情に何だかほっとした。
「前に頼まれたヤツも出来てるんだが、帰ったら渡すな」
「前に? 何か頼んだっけ?」
すっかり忘れている私に彼は呆れた顔をする。
「棒を2本削れって言っただろ」
「箸! 出来てるの?!」
「ハシっていうのか? 割とすぐ出来たんだが……渡しそびれてて」
「カエルは何でも出来るねぇ」
偽らざる本音で、かなり感心して言ったのだが、本人は眉根を寄せて訝しげに首を傾けた。
「何も出来ないと、思ってきたが?」
「それだけ色々出来れば充分じゃん。執事もナイフ投げも物作りも、努力の賜だよね。カエルはビヒトさんがいるから、自己評価が低いんだと思う。もっと自信持っていいよ」
ビシッと指を突きつけて、カエルの鳩が豆鉄砲を食らったような顔を堪能してから私は花を摘みに土手を下りた。
ファルにはピンク系を多めに。ミゲルには白とブルーで。
春色の蛇も主も現れる気配も無く、あっさりと花は集まった。
土手の上から動かなかった彼は私が戻ると少し困ったような顔で、でも言うことが見つからないという風に黙って付いてきた。
宿に戻るともうランチタイムの忙しなさは始まっていて、クロウが私の顔を見てほっとしているのがわかった。
女性客からの左腕に集まる視線は痛かったけど、煩わしさが減るとカエルは涼しい顔だ。
それでもめげずに誘いをかける女性もいて、私はその強かさを見習うべきか本気で悩むのだった。
◇ ◆ ◇
籠にクッキーをいっぱい。飾り用のコサージュと軽く水を切った花は布袋に。ジャムもそっと忍ばせて。
結構な大荷物で私はクロウと水時計のアトリウムに居た。子供達が散歩に出るのをこっそりと待っているのだ。
もしここで会ったらと、代書屋さん用にクッキーを分けて持っていたが、彼の姿は何処にも無かった。
他のもっと大きな街に行ってしまったのだろうか。
「それ、兄ちゃんにもらったのか?」
クロウの視線が左腕に注がれていた。
「うん。お守りだって。何かあったときカエルに伝わるみたい」
「へぇ。見ても良いか?」
「外すなって言われてるから、このままで良ければどうぞ」
クロウに左腕を差し出すと、矯めつ眇めつしながら時々表面をなぞっている。
「女に送るにしてはちょっと飾りっ気がねぇなって思ったけど、護身具ならこんなもんか? 材質はたっかそうだよな。見たことねぇ」
「それを言わないで。借金が増えてる気になるんだよ……護身具って他に見たことあるの?」
クロウはブレスレットから目を離してちょっと上を向いた。
「もっと安っぽいのなら、金持ちそうな冒険者が自慢気に見せてくれたことがある。指輪だったり、籠手だったりペンダントだったり」
性能や付与効果で値段はまちまちなのだろう。それにしても、クロウにも高そうに見えるのか……
「金属はよくわかんねーけど、こんなに透き通った石3つも付いてんのが珍しいからな」
そ、そうなのか。
そういえば、透き通ってるほど高品質って言ってたっけ。
「女避けも兼ねちゃうとこが兄ちゃんらしいな」
言ってクロウは笑った。
「そこまで狙ってたとは思えないけどね」
あれは完全に副産物だ。「ラッキー」くらいの反応だった。
観光客の声と水音の和音の中、子供の声が外を駆け抜けていくのが聞こえてきた。
ミゲルとリベレだな。
「元気だなぁ」
「あいつらの体力は底無しだぞ。可愛いのは寝てるときくらいだ」
クロウは心底うんざり顔で言う。
子供は体内に原子炉持ってるって言うよね。え? 言わない?
子供達が完全に通り過ぎるまで余裕を持って待っていると、アルデアがステンドグラスの嵌まった扉から顔を覗かせた。
「ルディ?」
アルデアはこちらを一瞥してから奥の扉に消えていった。礼拝所ではなく、恐らく鐘楼に続く階段のある方だ。
程なくして戻ってきた彼女の後ろには神官サマの姿があった。
女性のざわつく声が聞こえてくる。
「マーテルに頼まれたの。一応伝えておいてって。クロウ、後はよろしくね。4刻の鐘が鳴ったら帰ってくるから」
アルデアは言い捨てると慌ただしく出て行った。
ぽかんとしている私達に落ち着いた声が降ってくる。
「これでも一応責任者ですよ? 監督兼お手伝いして差し上げようかと。時間が無いのでしょう?」
まぁ、最もだ。うだうだ言ってる時間は無い。
孤児院に場所を移し、外に干されていたシーツを1枚拝借すると、ドレープを付けながら壁際に留めていく。
悔しいが、上背のある神官サマはとても役に立った。
私がスケッチ用の紙にクレヨンでカラフルに書いた『お誕生日おめでとう』のプレートを真ん中に、周りをコサージュで飾り付けてもらう。
私はその間に花冠の作成だ。子供用だから少し小さめでいいだろう。
「器用なもんですね」
コサージュの1つを手に、神官サマは呟いた。
「そうでもないですよ。縫い目は見ないで下さい」
見えないところはいたって手抜きだ。
高いところが終わったのか、彼はこちらに来て花冠作りを眺め始めた。
すぐにクロウもやってくる。
人手が増えたので思ったよりも早く終わったようだ。
黙って見つめられてはやりづらい。
私は代書屋さん用に用意していたクッキーの袋を神官サマに渡した。
「それでも食べてて下さい」
クロウがずりぃ! という顔をした。
欲しけりゃもらいなさいよ。それにクロウは後で食べるんじゃない。
正に天使の笑顔で微笑んで、神官サマは開けた袋をクロウにも差し出す。
「ああ。こういうのも美味しいですね」
褒められた、ととっておこう。
「都会にはどんなお菓子がありましたか?」
黙っているのが辛いので、適当な話を振ってみる。
目線は上げず、手も止めずに。
「甘いだけのものが多かった気がします。お裾分けくらいでしか口にしませんでしたから、もっと美味しい物があったのかもしれませんね」
甘いものがそれ程好きではないのか、クロウに気を使ったのか、神官サマは2枚ほど食べた後、袋ごとクロウの手に乗せた。
「護身具、ですね」
最後の仕上げを終える頃、彼は唐突に言った。
思わず手が止まる。
「警告系……いえ、伝達系ですかね。成る程。迷子札代わりですか。反作用は付いてない……攻撃系も無し。特化して距離を稼いでる、のでしょうか」
ブレスレットの文字の上に指を這わせて、興味深そうに見入っている。
「……断り無く触るのは、失礼ですよ」
ずっと、花冠を作るのを見ているのだと思っていたが、違ったようだ。作業が終わるのを待っていたに違いない。
クロウはちょっとぎょっとして私達を見ている。
「あぁ、これは失礼。職業柄、護符などを見る機会も多いので術式が気になるのですよ」
にっこり笑ってるけど、半分わざとだよね? 油断も隙もない。
「攻撃を受けると撥ね返すような物も出来ますよ? 作りましょうか?」
「要りません」
そういう危ないことに巻き込まれる予定はございません!
私はブートニアの方も手早く纏めてリボン代わりの端布で縛り付けると、残った花をコサージュの回りに適当に挿していく。
横から手が伸びてきて1輪摘まみ上げたかと思ったら、神官サマは私の頭にその花を挿した。
「ユエは薄い青のイメージですね。優しそうなのに、凛と冷たい」
「お花は主役に付けてあげるんです。挿すならこちらにして下さい。それに」
神官サマを軽く睨む。
「冷たくされるようなことをする方に冷たいとか言われたくないです」
彼はくすくすと笑いながら私の頭に挿した花を抜き取って、コサージュの方に挿し直した。
「難しいですね。今までお会いした方々は喜んでくれていたと思うのですが」
解ってて言ってるよね?
そもそも私がそんな上っ面の言葉や態度で今更丸めこめると思わないで欲しい。
いや。思ってないか。それも踏まえてからかってるんだ。
「さて、少し時間がありますね。お茶でも入れましょうか」
長机にクッキーと飲物用のコップを揃え終え、手持ち無沙汰になったところで彼は2階へと上がって行った。
「ユエ、アイツってやっぱり見ただけで色々わかんのか?」
クロウが小声で聞いてくる。
ブレスレットの事だろうか。
「あれは……どうかな。術式だかのことは私はわかんないし……知識があれば読み取れるのかも」
併用してるとは思うけど、そこまでは言わない。瞳は光ってなかったから、本気では視てないだろう。
「そ、そっか。ユエと普通に仲が良さそうでちょっとビックリだ」
「仲良くはないよ。特別にしないだけで」
「それがビックリだよ」
クロウは肩を竦める。どうやら緊張するらしい。
それは正しい反応なのかもしれない。
私はどちらかというと、もう繕うことも無いので気楽なのだ。諦めているとも言う。
神官サマがポットを持って下りてきて、お茶を一杯堪能した頃鐘が鳴った。
「初めに私からお祝い代わりに祝福を授けたいので、少しだけ参加させて下さいね。ずっと居ると皆楽しめないでしょうから」
その辺は普通に弁えているのだなぁと、当たり前のことなのだが不思議に思う。
あぁ。そうだ。私が不用意な事を言ったから、目を付けられたんだった。
そうでなければ、不思議に思わなかったのかも。
少しして子供達が帰ってきた。
相変わらず最初に飛び込んでくるのはミゲルとリベレだ。
私達を見て動きを止めるのも同じ反応。
「お帰りなさい。春生まれはだあれ?」
私はブートニアをミゲルの胸元にピンで留め、遅れて入ってきたファルに花冠を被せる。
2人をテーブルの真ん中に誘導して、全員が席に着いたらアルデアに後を任せた。
アルデアが誕生会を宣言し、まず食事の前のお祈りを捧げていく。その後で私が良く知る誕生日の歌では無い誕生日の歌をみんなで歌って、その間にジュースを注いでいった。
歌いながらも子供達の気持ちはクッキーとジュースにあるようで、そわそわと落ち着かない。
「ミゲル、ファル、お誕生日おめでとう! 乾杯!」
歌が終わるとアルデアがコップを掲げる。
「かんぱーい!!」
我先にとクッキーを頬張る子供達に苦笑しつつ、笑顔が見られて良かったなと思う。
少し落ち着いた頃を見計らって神官サマが声を掛けた。
「ミゲル、ファル、こちらへ……これからも御身の子たる2人に主の祝福があらんことを」
そう言って順番に2人の額にキスをした。
ミゲルは何だかそわそわしているし、ファルは照れくさそうに頬を赤らめて下を向いた。
そんな2人を優しく見つめてから、彼は後はご自由にとその場を後にした。
そんな場面を見たから、あの時のあれもちゃんとした祝福だったのだと、そういうものなのだとうっかり錯覚しそうになった。
何を言ってるんだ。
それならあの時の、あのわざとらしいタイミングは何だったのか。
カエルを振り返った時の表情は何だっていうのか。
ぷるぷると頭を振って、しっかりしろと気合を入れる。
向こうから近付いて来たニヒが、不思議そうにこちらを見上げていた。