38.夜光チュウ
文字数 4,304文字
ホテルに着くと部屋でテリエル嬢が待っていた。
一応声を確認して、飲み薬をくれた。ある程度の薬品を持ち歩いているのは流石というか、なんというか。
苦いその薬を一気に飲み干すと、改めて自分の格好を見下ろしてみる。
高級そうな服に所々赤黒い染みがついていた。もちろん私の血でもなければ、カエルの血でもない。彼は黒い服なので気付かなかったが、結構な量の血を吸っていたらしい。そりゃ血生臭い訳だよ。
外で何人相手したんだろう……
先に戻っていたビヒトさんは、犯罪者が抵抗したら致し方なしと許可を取ってますよと説明してくれたけど……当事者には火の粉を払う権利があるらしい。
現代ほど警察の制度が良くないのは仕方ないことなのか。犯罪者を養う余裕はありません、が近いのかなぁ。
私は割と『目には目を』でいいと思うので、同情はしないけど。
忌々しい服を脱ぎ捨てて、お風呂に入る。
たっぷりのお湯に沈み込むと、自然に肺から空気が出て行った。
あの男は高値が付くと言ってたな……。やっぱり珍獣系なのか。
よく考えてみたら、皆明るい髪の色と瞳が多いかも。カエルがわりかし落ち着いた色だから、あんまり違和感持ってなかったんだけど、もしかして彼も珍しい部類なのかも?
そう思い付いたら、カエルを護衛に出掛けようなんて、もの凄く目立つことなんじゃないかと不安になってきた。
いや、今更遅いね。それにこの町には本当に色々な人達がいた。獣人だって少しだけどいた。私達だけがそこまで目立っていたとも思えない。
――それに、カエルといると分かっていたら攫おうなんて思わなかったに違いない。
頬に触れるあの男の指の感覚が甦ってきた。嫌な奴だった。
カエルやビヒトさんが逆恨みされなければいいけど……
私は石鹸をつけてごしごしと全身の嫌な感覚を洗い流したのだった。
◇ ◆ ◇
夕食もそれぞれでとる予定だったんだけど、誘拐騒ぎのおかげで結局皆ホテルで食べることになった。
申し訳ないことこの上ない。『夕日の丘』も行き損ねたし。
廊下でカエルに会ったとたん血の匂いがしないか確認しに近寄ったら、嫌な顔をされてしまった。
だって、服が変わったように見えなかったんだもん。
ちゃんとお風呂上りのいい匂いがしたよ。ふへへ。
怪しい笑いを浮かべていると、男子部屋に行っていたクロウがドン引きしていた。
心配するんじゃなかったって顔に書いてある。
クロウがだんだん弟の反応に似てきているのは気のせいだろうか。あれ。おかしいな。
代書屋さんは声が出せないという私に複雑そうな顔をして、よしよしと頭を撫でてくれた。
でも、やってしまってからカエルの反応を窺うのは減点だと思うよ。
声が出ないというのはコミュニケーションに難がある。
私には口パクも筆談も出来ないからだ。筆談はお屋敷に帰ればなんとかなるかもだけど、ここではどうしようもない。
結果的に喋らざるを得なくなって、口を開く度に誰かに怒られていた。
げせぬー。
だんだんストレスになってきて、食後、部屋に戻る途中のカエルをこっそり捕まえた。
「カエル、一緒に寝よ」
内緒話レベルの音量で耳元に囁いたが、反応は薄かった。あれ?
だめだ、とか。馬鹿言うな、を想定してたのに。
「坊主に頼め」
「クロウはいいの?」
「ギリギリ許容範囲だろ。本人がいいと言えば、だが」
どうかな。さっきの反応だと断られてもおかしくない。
ってか、これはそういうこと言うって予想されてた? ちぇー。
「断られそう。寝てくれないなら、ちょっと付き合って」
私はカエルの手を引いて本命のお願いを口にする。
こちらは予想外だったのか、彼がちょっと動揺したのが分かった。ふふん。
「――何処へ……」
ホテルの玄関が見えてくると、カエルが本気で私を引き留める。
「ユエ! 何処に行くつもりだ!?」
「浜。あるって言ってたでしょ?」
「――は」
「ちょっとだけ。ホントはひとりで行くつもりだったんだよ。あんなことが無ければ」
少し長く喋ったら、けほけほと咳がでた。
カエルは眉間を抑え込んで長い溜息を吐いた。
「今日はもうカエルを見てケンカ売ろうって奴はいないでしょ」
乗り気じゃない彼を引きずる様に連れ出す。
「そのタフさは何処から来るんだ?」
「ふふ。青い月からだよ」
冗談だったのだが、捕まえたカエルの手がぴくりと反応したのが分かった。それっきり静かになる。
やっぱりカエルもタマハミのお話を聞いて育ったのだろうか。禁句なのかなぁ。
色々聞いてみたかったが、話すと叱られるので私も黙って昼とは反対の方へ歩いていった。
道端に灯石が等間隔に埋められていて、道を見失わないようになっている。今日は月明かりがあるので足元もそこそこ見えていた。
少し歩いた程度で、小さな砂浜が見えてくる。
月明かりを反射する海も綺麗だったが、寄せては返す波打ち際が青白く光っていた。
「……ユエ」
砂浜に突進しそうな勢いの私をカエルは掴んで離さなかった。
「夜光虫だよ! 怪しい物じゃないから!」
「ヤコウチュウ?」
ちょっと違うの? カエルが知らないだけ?
「刺激を受けると光るプランクトンの一種だよ」
波打ち際まで駆け降りて、湿った砂をひと掬い青白い光の中へ放り込むと、その周辺だけ一瞬光量が増した。
「ね?」
カエルは少し離れたところでその様子を不思議そうに見ている。
「綺麗だよね。こんな所で見れるなんて!」
「それを見に来たんじゃないんだろう? そろそろ喋るのも止めろ」
そうだった。星を見に来たんだった。
カエルの傍まで戻り、砂に腰を下ろして天を仰いでみたが、目の端に映り込む青白い光の方が気になってしまう。
駄目だ。
諦めて、波の唄を聞きながら光がたゆたうのを眺める。
ふと、同じ光を放つ魔方陣を思い出した。じっくり見たいと思っていて、叶っていない。
私はカエルの袖を引く。
彼はそのまま腰を下ろすと呆れたように言った。
「話すな、と言うのに。なんだ?」
「見たい」
腕をとんとんと指して、確かめるように視線を合わせる。
見せたくないのは知っている。嫌がられたら諦める。そう決めていた。
長い沈黙の中に、カエルの迷いが複雑に絡み込んでいる。
やがて根負けしたのだろう。短く息を吐くと袖を捲ってくれた。
「光る?」
「多分……少しなら。手を」
彼の手を掬い上げるように掴まえて、目の高さまで持ち上げる。
やがて二重螺旋がほの青く光り、螺旋の内側にある文字列が浮かび上がって回転を始めた。
青いブレスレットに見えたのはこの為だ。
「綺麗ね」
少し角度を変えながら矯めつ眇めつ眺めた。魔方陣はどれも完成された美しさがある。文字の順番にまで意味があり、またそれが美しさを引き立てる。
程無くカエルの指先が細かく震えだした。無理をさせている。
「ごめん。もういいよ。ありがとう。凄く、綺麗だった」
カエルの手に蓋をするようにもう一方の手を重ね、宥める様に擦った。
文字列が砕けるように消え、青白い光も治まると少し緊張したカエルの声が耳に届く。
「――ユエ、俺は……」
「うん」
「――俺……は……」
続きが出てこない。
視線を上げると、辛そうなカエルの顔がそこにあった。
「ごめんね。そんな顔をさせたかった訳じゃないんだよ」
「解ってる。そうじゃない。そうじゃなくて――その紋は……」
胸の中に詰まっている塊を吐き出したくて、出来ない。唇は開くけれど、声が出てこない。痛々しさが伝わって、切なくなった。
夕方、ビヒトさんが私にしたように、私は手でカエルの唇を軽く抑えた。
「カエルも、話さなくていいんじゃない?
月明かりの映る瞳を揺らしてから、彼は彼の口を塞いだ私の手を両手で取り、額へと押し当てた。
「……意気地なし、だな」
自嘲気味に笑う声は、泣いているようにも聞こえた。
「いつか、辛くなくなったら教えて? 私、知りたがりだから何でも聞くよ」
囁くように話していると、なんだか説得力が無いな。
何か、カエルが安心できる言葉が無いものかと少ない語彙をかき集める。
「カエルがたとえ犯罪者でも、幽霊でも、化物でも、もう私には関係ないから。カエルは私を助けてくれたカエルで、小煩くて、過保護な一青年だよ」
少しの間があった。
「……それ、褒めてないよな?」
カエルの秘密が何であっても変わらないということを伝えたかったのだが、どうやら失敗したようだ。
くくっと喉の奥で笑ってから、カエルは立ち上がり、掴まえたままの私の手を引いてしっかりと抱きとめた。
以前のふわふわとした抱擁とは全く別の、頬が熱くなるようなしっかりとした抱擁だったので、少し動揺する。
「ありがとう。それから、自分の言動を少し後悔してくれ」
彼の指先が私の前髪をそっと掻き分ける。
「この辺だったか?」
それは疑問ではなく確認だったらしい。
前髪を押さえつけると、反対の手で腰を抱き寄せ、額 にキスを落とした。
彼の豹変についていけてない私が思わず両手で額を押さえると、カエルは意地悪な顔で片方の手を取り上げ、指を絡ませた。
「一緒に、寝ようか?」
「ク、クロウにお願いします」
「よろしい」
絡めた指を解かずに、彼はホテルへと戻り始める。
私はカエルの何かのスイッチを押してしまった実感はあったけど、それがどれだったのかさっぱり分からないで焦っていた。
あるいは寝られなさそうな自分への芝居だろうか。いや。カエルはそんなに器用ではなかった。
多少の不安の中に、嬉しく思う気持ちが混じっていて、これを育ててもいいものかと迷う。
ホテルに戻りたくないような、早く戻って布団に潜り込みたいような……
複雑になるばかりで混乱中の私を、カエルはちょっと笑って見ていた。
最終的に、私はカエルが立ち直ったならいいかと思考を放棄した。
放棄し過ぎてクロウに一緒に寝てと頼むのも忘れたくらいだった。そのせいではないが、結局少し寝不足で、朝はクロウに起こされた。
すっかり完璧に声が出なくなっているのに気付いたのは、その時だった。
一応声を確認して、飲み薬をくれた。ある程度の薬品を持ち歩いているのは流石というか、なんというか。
苦いその薬を一気に飲み干すと、改めて自分の格好を見下ろしてみる。
高級そうな服に所々赤黒い染みがついていた。もちろん私の血でもなければ、カエルの血でもない。彼は黒い服なので気付かなかったが、結構な量の血を吸っていたらしい。そりゃ血生臭い訳だよ。
外で何人相手したんだろう……
先に戻っていたビヒトさんは、犯罪者が抵抗したら致し方なしと許可を取ってますよと説明してくれたけど……当事者には火の粉を払う権利があるらしい。
現代ほど警察の制度が良くないのは仕方ないことなのか。犯罪者を養う余裕はありません、が近いのかなぁ。
私は割と『目には目を』でいいと思うので、同情はしないけど。
忌々しい服を脱ぎ捨てて、お風呂に入る。
たっぷりのお湯に沈み込むと、自然に肺から空気が出て行った。
あの男は高値が付くと言ってたな……。やっぱり珍獣系なのか。
よく考えてみたら、皆明るい髪の色と瞳が多いかも。カエルがわりかし落ち着いた色だから、あんまり違和感持ってなかったんだけど、もしかして彼も珍しい部類なのかも?
そう思い付いたら、カエルを護衛に出掛けようなんて、もの凄く目立つことなんじゃないかと不安になってきた。
いや、今更遅いね。それにこの町には本当に色々な人達がいた。獣人だって少しだけどいた。私達だけがそこまで目立っていたとも思えない。
――それに、カエルといると分かっていたら攫おうなんて思わなかったに違いない。
頬に触れるあの男の指の感覚が甦ってきた。嫌な奴だった。
カエルやビヒトさんが逆恨みされなければいいけど……
私は石鹸をつけてごしごしと全身の嫌な感覚を洗い流したのだった。
◇ ◆ ◇
夕食もそれぞれでとる予定だったんだけど、誘拐騒ぎのおかげで結局皆ホテルで食べることになった。
申し訳ないことこの上ない。『夕日の丘』も行き損ねたし。
廊下でカエルに会ったとたん血の匂いがしないか確認しに近寄ったら、嫌な顔をされてしまった。
だって、服が変わったように見えなかったんだもん。
ちゃんとお風呂上りのいい匂いがしたよ。ふへへ。
怪しい笑いを浮かべていると、男子部屋に行っていたクロウがドン引きしていた。
心配するんじゃなかったって顔に書いてある。
クロウがだんだん弟の反応に似てきているのは気のせいだろうか。あれ。おかしいな。
代書屋さんは声が出せないという私に複雑そうな顔をして、よしよしと頭を撫でてくれた。
でも、やってしまってからカエルの反応を窺うのは減点だと思うよ。
声が出ないというのはコミュニケーションに難がある。
私には口パクも筆談も出来ないからだ。筆談はお屋敷に帰ればなんとかなるかもだけど、ここではどうしようもない。
結果的に喋らざるを得なくなって、口を開く度に誰かに怒られていた。
げせぬー。
だんだんストレスになってきて、食後、部屋に戻る途中のカエルをこっそり捕まえた。
「カエル、一緒に寝よ」
内緒話レベルの音量で耳元に囁いたが、反応は薄かった。あれ?
だめだ、とか。馬鹿言うな、を想定してたのに。
「坊主に頼め」
「クロウはいいの?」
「ギリギリ許容範囲だろ。本人がいいと言えば、だが」
どうかな。さっきの反応だと断られてもおかしくない。
ってか、これはそういうこと言うって予想されてた? ちぇー。
「断られそう。寝てくれないなら、ちょっと付き合って」
私はカエルの手を引いて本命のお願いを口にする。
こちらは予想外だったのか、彼がちょっと動揺したのが分かった。ふふん。
「――何処へ……」
ホテルの玄関が見えてくると、カエルが本気で私を引き留める。
「ユエ! 何処に行くつもりだ!?」
「浜。あるって言ってたでしょ?」
「――は」
「ちょっとだけ。ホントはひとりで行くつもりだったんだよ。あんなことが無ければ」
少し長く喋ったら、けほけほと咳がでた。
カエルは眉間を抑え込んで長い溜息を吐いた。
「今日はもうカエルを見てケンカ売ろうって奴はいないでしょ」
乗り気じゃない彼を引きずる様に連れ出す。
「そのタフさは何処から来るんだ?」
「ふふ。青い月からだよ」
冗談だったのだが、捕まえたカエルの手がぴくりと反応したのが分かった。それっきり静かになる。
やっぱりカエルもタマハミのお話を聞いて育ったのだろうか。禁句なのかなぁ。
色々聞いてみたかったが、話すと叱られるので私も黙って昼とは反対の方へ歩いていった。
道端に灯石が等間隔に埋められていて、道を見失わないようになっている。今日は月明かりがあるので足元もそこそこ見えていた。
少し歩いた程度で、小さな砂浜が見えてくる。
月明かりを反射する海も綺麗だったが、寄せては返す波打ち際が青白く光っていた。
「……ユエ」
砂浜に突進しそうな勢いの私をカエルは掴んで離さなかった。
「夜光虫だよ! 怪しい物じゃないから!」
「ヤコウチュウ?」
ちょっと違うの? カエルが知らないだけ?
「刺激を受けると光るプランクトンの一種だよ」
波打ち際まで駆け降りて、湿った砂をひと掬い青白い光の中へ放り込むと、その周辺だけ一瞬光量が増した。
「ね?」
カエルは少し離れたところでその様子を不思議そうに見ている。
「綺麗だよね。こんな所で見れるなんて!」
「それを見に来たんじゃないんだろう? そろそろ喋るのも止めろ」
そうだった。星を見に来たんだった。
カエルの傍まで戻り、砂に腰を下ろして天を仰いでみたが、目の端に映り込む青白い光の方が気になってしまう。
駄目だ。
諦めて、波の唄を聞きながら光がたゆたうのを眺める。
ふと、同じ光を放つ魔方陣を思い出した。じっくり見たいと思っていて、叶っていない。
私はカエルの袖を引く。
彼はそのまま腰を下ろすと呆れたように言った。
「話すな、と言うのに。なんだ?」
「見たい」
腕をとんとんと指して、確かめるように視線を合わせる。
見せたくないのは知っている。嫌がられたら諦める。そう決めていた。
長い沈黙の中に、カエルの迷いが複雑に絡み込んでいる。
やがて根負けしたのだろう。短く息を吐くと袖を捲ってくれた。
「光る?」
「多分……少しなら。手を」
彼の手を掬い上げるように掴まえて、目の高さまで持ち上げる。
やがて二重螺旋がほの青く光り、螺旋の内側にある文字列が浮かび上がって回転を始めた。
青いブレスレットに見えたのはこの為だ。
「綺麗ね」
少し角度を変えながら矯めつ眇めつ眺めた。魔方陣はどれも完成された美しさがある。文字の順番にまで意味があり、またそれが美しさを引き立てる。
程無くカエルの指先が細かく震えだした。無理をさせている。
「ごめん。もういいよ。ありがとう。凄く、綺麗だった」
カエルの手に蓋をするようにもう一方の手を重ね、宥める様に擦った。
文字列が砕けるように消え、青白い光も治まると少し緊張したカエルの声が耳に届く。
「――ユエ、俺は……」
「うん」
「――俺……は……」
続きが出てこない。
視線を上げると、辛そうなカエルの顔がそこにあった。
「ごめんね。そんな顔をさせたかった訳じゃないんだよ」
「解ってる。そうじゃない。そうじゃなくて――その紋は……」
胸の中に詰まっている塊を吐き出したくて、出来ない。唇は開くけれど、声が出てこない。痛々しさが伝わって、切なくなった。
夕方、ビヒトさんが私にしたように、私は手でカエルの唇を軽く抑えた。
「カエルも、話さなくていいんじゃない?
それ
は多分私にはそれ程重要じゃないよ」月明かりの映る瞳を揺らしてから、彼は彼の口を塞いだ私の手を両手で取り、額へと押し当てた。
「……意気地なし、だな」
自嘲気味に笑う声は、泣いているようにも聞こえた。
「いつか、辛くなくなったら教えて? 私、知りたがりだから何でも聞くよ」
囁くように話していると、なんだか説得力が無いな。
何か、カエルが安心できる言葉が無いものかと少ない語彙をかき集める。
「カエルがたとえ犯罪者でも、幽霊でも、化物でも、もう私には関係ないから。カエルは私を助けてくれたカエルで、小煩くて、過保護な一青年だよ」
少しの間があった。
「……それ、褒めてないよな?」
カエルの秘密が何であっても変わらないということを伝えたかったのだが、どうやら失敗したようだ。
くくっと喉の奥で笑ってから、カエルは立ち上がり、掴まえたままの私の手を引いてしっかりと抱きとめた。
以前のふわふわとした抱擁とは全く別の、頬が熱くなるようなしっかりとした抱擁だったので、少し動揺する。
「ありがとう。それから、自分の言動を少し後悔してくれ」
彼の指先が私の前髪をそっと掻き分ける。
「この辺だったか?」
それは疑問ではなく確認だったらしい。
前髪を押さえつけると、反対の手で腰を抱き寄せ、
彼の豹変についていけてない私が思わず両手で額を押さえると、カエルは意地悪な顔で片方の手を取り上げ、指を絡ませた。
「一緒に、寝ようか?」
「ク、クロウにお願いします」
「よろしい」
絡めた指を解かずに、彼はホテルへと戻り始める。
私はカエルの何かのスイッチを押してしまった実感はあったけど、それがどれだったのかさっぱり分からないで焦っていた。
あるいは寝られなさそうな自分への芝居だろうか。いや。カエルはそんなに器用ではなかった。
多少の不安の中に、嬉しく思う気持ちが混じっていて、これを育ててもいいものかと迷う。
ホテルに戻りたくないような、早く戻って布団に潜り込みたいような……
複雑になるばかりで混乱中の私を、カエルはちょっと笑って見ていた。
最終的に、私はカエルが立ち直ったならいいかと思考を放棄した。
放棄し過ぎてクロウに一緒に寝てと頼むのも忘れたくらいだった。そのせいではないが、結局少し寝不足で、朝はクロウに起こされた。
すっかり完璧に声が出なくなっているのに気付いたのは、その時だった。