24.ジゼン準備
文字数 4,763文字
次の日は普通にカエルと家を出た。
昨日コサージュに埋もれている私に呆れてか、元々言うつもりもないのか、酒場での様子は一言も教えてもらえなかった。
けち。
後でクロウに聞いてやる。
「今日も一緒に手伝うの?」
カエルは軽く首を振った。
「いや、礼拝のある時だけ手伝うことにした」
あー。礼拝のある日はまた無駄に混む理由が増えるね。
「じゃあ、別に送ってくれなくてもいいんだよ? 昨日だってちゃんと帰ったし、大丈夫だって分かったでしょ」
「俺が朝の散歩を日課にしちゃいかんのか? 別にユエの為だけじゃないから気にするな」
そう言われると、断りようが無いけどさ。
「それに、今日は山の方まで足を伸ばすつもりだから、すぐは帰らんぞ」
カエルは南側に見える山を指差した。
「……何かあるの?」
「大分暖かくなったからな。山菜とか茸とか出てると思うんだよな。随分久しぶりだし1人だから、軽く見てくるだけのつもりだが」
川を越えて向こう側は行ったことが無い。
ってか、街と屋敷以外全部行ったことないんだけど。
「へぇ、楽しそう! あ、そうだ。じゃあ途中で花畑みたいなの見つけたら教えて? レンゲとかタンポポとかシロツメクサみたいなのがいいけど……」
カエルは首を傾げている。
まぁ、通じないよね。
「群生してる、茎のあまり堅くないのがいい」
「花は詳しくないぞ。花束でも欲しいのか?」
「花冠を作りたいんだよ。見つけたら少し採ってきてもらえると嬉しいかも。どんな種類の花があるか知りたいから」
「……まぁ、いいけどな」
宿の前で引き返していくカエルの背中を見送る。
山菜も茸もお花もあるといいな。
天麩羅が食べたい。
そこではっとした。こっちに天麩羅って無いんじゃない?!
フリットじゃ違うんだよね-。
天麩羅粉って何だっけ?
思い出せなくて肩を落として宿のドアを開けたら、ルベルゴさんに心配されてしまった。
すみません。大丈夫です。
昼も近づいたので、客足が増える前に酒場に下りていってクロウを捕まえる。
「クロウ、昨日何か無かった?」
「何かって? 特にフツーだったぞ」
クロウはカップやジョッキ類を棚に片付けながら片手間に答える。
「女性客、多かったんじゃないかなーと思って」
「まぁな」
それ以上言及がない。
なにそれ。つまんない。
ふと、顔を上げたクロウと目が合った。
「なんだ。ユエ、嫉妬か?」
「ぉあ?!」
クロウの目が心底呆れている。
「ち、違うよ! こう、お誘いを受けたり手紙貰ったり、なんか面白そうなことは起きなかったのかなー……と」
「忙しかったからな。俺も全部見ちゃいねーけど、誘いは遠回しに断ってたぞ。あれ、1つ受けたら収集つかねーだろ」
「そうなんだ……執事スキル恐るべしだねぇ。ヴィヴィは来たかなぁ」
「服屋のねーちゃんか? 来てたぞ。店長も一緒に」
ロレットさんも来てくれたのか。
そんなに混んでたなら逆に悪かったかなぁ?
「ユエのことでなんか話ししてたから、周りの視線集めてて可哀想だったな」
ちょっと笑いながら言うので、全然可哀想に聞こえない。
「……そんくらいだ。心配すんな。男性客対応はだいぶ軽くなったし、女性客対応は俺も見習うべきかもな-。あれだ。ユエは兄ちゃんが心配する気持ちがちょっとは解ったんじゃねーか?」
「……だから、心配してないって……クロウはもうちょっとしたらいい男になりそうだけど、あのカエルとは路線が違うからなぁ」
カウンター越しにクロウのほっぺをさすさすしたら、耳まで赤くして飛び退いた。
「さ、さわんな! ろせんってなんだ?!」
「え? うーんと、方向性? クロウは明るいスポーツマンタイプだよね」
そうか。電車も汽車も線路もないのか。
ツンツン跳ね気味の薄茶の髪にルベルゴさん譲りのグレーの瞳。口は悪いけど、面倒見は良いからモテそうではあるよね。
「ユエちゃん、今度はクロウを口説いてるの? 俺も口説かれたいなー」
今下りてきたらしい常連さんに声を掛けられる。
「口説いてないですよ? 見たまんま? 私、正直なんで!」
「天然とか、コワイねぇ。急に休むから心配してた俺にもサービスしてよ」
「頭でも撫でましょうか?」
ケラケラと笑って、常連さんは頭を差し出した。
ごわついた濃いグレーの髪をわしわしと掻き回す。
「心配してくれてありがとう♪たくさん食べてね。今日のお勧めはウォックのステーキです♪」
「ユエちゃん、鬼だろ?」
連れの客も笑っている。
ちなみにウォックは牛型の動物で、肉質が柔らかく高級食材に入る。
「そう言えば、今日は兄ちゃんは居ないのかい?」
「色々あって、礼拝のある日だけ来ることになりました」
「そうなんだ? じゃあ益々礼拝の日は時間をずらさなきゃな」
「ご迷惑をお掛けします」
軽く頭を下げると、いやいやと手を振って笑ってくれた。
注文はもちろんウォックのステーキだ。
「ユエって強 かだよな」
何故かクロウは溜息を吐きながらそう言った。
「そう? 生きて行く為には何でもするつもりではあるけど……」
「生きてく為って……ユエはそんなに切羽詰まってないだろ?」
「どうかなー……結構、大変なんだよ? ここに下宿させてって言ったら、出来るかな?」
クロウは少し目を泳がせた。
「部屋は、無いことはねぇけど……お屋敷、出るつもりなのか?」
「ううん。そうじゃないけどね。そうなった時に頼れるものが無いから」
なるべく軽く言ったつもりだったが、クロウは黙ってしまった。
いかんいかん。子供に気を遣わせちゃ駄目だね。
「だから、追い出されないように気を付けるよ。クロウにも怒られないようにしなくちゃねー」
わしわしと髪型が変わるほど乱暴にクロウの頭を撫でて、私は混み始めたホールに注文を取りに向かうのだった。
◇ ◆ ◇
厨房で洗い物をしながら、サーヤさんに花冠に向いた花がないか聞いてみた。
やはり街から少し離れた川原や山裾の辺りが有力のようだ。
「昔はよく作ったけど……この仕事してるとお休みもなかなか取れないでしょ? まだその辺に咲いてるのか判らないのよね」
「アルデアちゃんなら知ってるかな? クロウ、聞いてきてくれないかなぁ」
サーヤさんは手を口元に当てて含み笑いを洩らした。
「頼めば行ってくれると思うわよ? 来週頭には誕生会開かないと皆忙しくなるから、聞くなら早い方がいいわ」
私は慌てて渋い顔をするクロウに頼み込み、日程も決まっているなら教えてもらうようお願いした。
当日に今日ですと言われても、出来ないことがある。
クロウは当日のクッキーとは別に何か作ってあげることを約束して、ようやく動いてくれた。
相変わらずちゃっかりしてる!
結果的にサーヤさんの記憶は正しく、今も同じ場所に子供達の遊ぶ花畑は在るようだった。
明日の朝、カエルに寄り道してもらおう。花の咲き具合が知りたい。
春生まれはファルとミゲルだ。
ファルには花冠、ミゲルには胸元に着けるブートニアを用意しようと思っていた。
ちょっと、特別感が出るよね?
生花はもちが心配だけど、当日の午前中に少し抜けて摘みに行き、水に漬けておけば何とかなるんじゃないかと。
喜んでくれるといいな。
脳内で予定を組み立てていると、ルベルゴさんが心持ち声を落として話しかけてきた。
「ユエ、最近ジョットを見掛けたか?」
名前を言われても一瞬誰か分からなかった。
「……代書屋さん? そういえば見てませんね」
私は礼拝に行かないし、酒場に来てくれなければほとんど会うことは無い。
最初の仕事以来ちょくちょくお昼に顔を出していたのだが……
「夜も来てないんですか?」
「ああ。一言も無く来なくなったんで、ちと気になったのよ。何か急な仕事が入ったんだと思うが……ユエと2人で会ったりはしてないんだよな?」
「え? 仕事はここでしかしてないですよ?」
「あぁ……まぁ……そうだよな」
何だか歯切れが悪い。
「いや、いいんだ。ユエがアイツに何も言ったりやったりしてねぇなら」
ガリガリと頭を掻き毟りつつ目線をそらされた。
「変なこと言うわけ無いじゃないですか! 仕事持ってきてくれる、お客様ですよ?」
「いや、なんだ。俺の勘違いだ。気にすんな」
ルベルゴさんはガハハとわざとらしく笑って、私の背中をばしりと叩いた。
何なの?! 痛いよ!
「それより兄ちゃんは何だか棘が取れたな。ユエが怒られた甲斐があったか?」
随分いきなりな話題転換だが、昨日のことも気になっているのは確かだ。
ルベルゴさんは昼は上に居るから、あまり知ってるとは思えないけど……
「昨日も問題なくやれてたんですよね? テリエルさんも皆に馴染んでくれて嬉しいって言ってました」
「給仕の時あんまり人が変わるから、最初はびびったがな。堅すぎるから常連なんかにはもっといつも通りでいいぞって言ったんだ。お嬢さん方はあれがいいみてぇだから、どっちが良いとも言えねぇけどな」
「私はカエルの給仕は緊張しちゃうんですけどね~。酒場でエールかワイン片手につまんでる方が性に合ってます」
そこでルベルゴさんはおや、という顔をした。
「なんだ? 嬢ちゃんはあの兄ちゃんに屋敷で給仕されてんのか?」
「本格的なのは夜だけですけど。なんか、執事教育受けてるみたいで、練習なんだそうです」
「成る程な。慣れてる訳だ」
顎に手を当て、得心したように頷く。
「まぁ、うちでずっと働きたい訳ではねぇと思うから、存分に人慣れして欲しいもんだな」
今度は私がおや、と思う。
「カエルが人慣れしてないって、分かりますか?」
「触らせねぇからな」
何故か、どきりとした。
「男でも女でも、上手く躱してやがる。まぁ、ちょっとそれを楽しんでる風でもあるが……」
やっぱりルベルゴさんは見るところが違う。
「それは、本人も言ってました」
「そうか。ずっと屋敷に閉じ籠もってたんだから、慣れねぇのは当然だ。触られるのにも抵抗があるんだろう? 必ず身構えるからな。無理にとは思ってなかったが、楽しめるくらいになってるなら良かったんじゃねぇか?」
「そう、ですよね」
そこでルベルゴさんはにやりと笑う。
「お嬢さん方に慣れていくなんて、嬢ちゃんは見たくねぇかもしれねぇがな」
「え? いやいや、そんなことは。カエルにも良い出会いがあればいいなーって思ってますよ?」
彼は少しの間私を観察すると、首を傾げて不思議そうな顔をした。
「嬢ちゃんは、良い出会いねぇのか?」
「今、私、生きるのに精一杯なんです」
真剣に答えたのに、何故かルベルゴさんに爆笑された。
ひどい。
ひとしきり笑った後、ユエはそのままでいろよとフォローとも嫌味ともとれるお言葉をもらう。
釈然としない気持ちのまま、迎えに来たカエルと屋敷に帰ったけど、夕食後に自室の机の上の小瓶に生けられた野の花を見たら、ほっこりしてどうでも良くなってしまった。
形はタンポポで、色がレンゲのような紅紫色の花と、まんまシロツメクサ。デイジーのようなものは花弁が薄いピンク色をしていて、とても春らしい。
明日一番でカエルにお礼を言わなくては。
私は出来上がりの花冠を想像しながら眠りについたのだった。
昨日コサージュに埋もれている私に呆れてか、元々言うつもりもないのか、酒場での様子は一言も教えてもらえなかった。
けち。
後でクロウに聞いてやる。
「今日も一緒に手伝うの?」
カエルは軽く首を振った。
「いや、礼拝のある時だけ手伝うことにした」
あー。礼拝のある日はまた無駄に混む理由が増えるね。
「じゃあ、別に送ってくれなくてもいいんだよ? 昨日だってちゃんと帰ったし、大丈夫だって分かったでしょ」
「俺が朝の散歩を日課にしちゃいかんのか? 別にユエの為だけじゃないから気にするな」
そう言われると、断りようが無いけどさ。
「それに、今日は山の方まで足を伸ばすつもりだから、すぐは帰らんぞ」
カエルは南側に見える山を指差した。
「……何かあるの?」
「大分暖かくなったからな。山菜とか茸とか出てると思うんだよな。随分久しぶりだし1人だから、軽く見てくるだけのつもりだが」
川を越えて向こう側は行ったことが無い。
ってか、街と屋敷以外全部行ったことないんだけど。
「へぇ、楽しそう! あ、そうだ。じゃあ途中で花畑みたいなの見つけたら教えて? レンゲとかタンポポとかシロツメクサみたいなのがいいけど……」
カエルは首を傾げている。
まぁ、通じないよね。
「群生してる、茎のあまり堅くないのがいい」
「花は詳しくないぞ。花束でも欲しいのか?」
「花冠を作りたいんだよ。見つけたら少し採ってきてもらえると嬉しいかも。どんな種類の花があるか知りたいから」
「……まぁ、いいけどな」
宿の前で引き返していくカエルの背中を見送る。
山菜も茸もお花もあるといいな。
天麩羅が食べたい。
そこではっとした。こっちに天麩羅って無いんじゃない?!
フリットじゃ違うんだよね-。
天麩羅粉って何だっけ?
思い出せなくて肩を落として宿のドアを開けたら、ルベルゴさんに心配されてしまった。
すみません。大丈夫です。
昼も近づいたので、客足が増える前に酒場に下りていってクロウを捕まえる。
「クロウ、昨日何か無かった?」
「何かって? 特にフツーだったぞ」
クロウはカップやジョッキ類を棚に片付けながら片手間に答える。
「女性客、多かったんじゃないかなーと思って」
「まぁな」
それ以上言及がない。
なにそれ。つまんない。
ふと、顔を上げたクロウと目が合った。
「なんだ。ユエ、嫉妬か?」
「ぉあ?!」
クロウの目が心底呆れている。
「ち、違うよ! こう、お誘いを受けたり手紙貰ったり、なんか面白そうなことは起きなかったのかなー……と」
「忙しかったからな。俺も全部見ちゃいねーけど、誘いは遠回しに断ってたぞ。あれ、1つ受けたら収集つかねーだろ」
「そうなんだ……執事スキル恐るべしだねぇ。ヴィヴィは来たかなぁ」
「服屋のねーちゃんか? 来てたぞ。店長も一緒に」
ロレットさんも来てくれたのか。
そんなに混んでたなら逆に悪かったかなぁ?
「ユエのことでなんか話ししてたから、周りの視線集めてて可哀想だったな」
ちょっと笑いながら言うので、全然可哀想に聞こえない。
「……そんくらいだ。心配すんな。男性客対応はだいぶ軽くなったし、女性客対応は俺も見習うべきかもな-。あれだ。ユエは兄ちゃんが心配する気持ちがちょっとは解ったんじゃねーか?」
「……だから、心配してないって……クロウはもうちょっとしたらいい男になりそうだけど、あのカエルとは路線が違うからなぁ」
カウンター越しにクロウのほっぺをさすさすしたら、耳まで赤くして飛び退いた。
「さ、さわんな! ろせんってなんだ?!」
「え? うーんと、方向性? クロウは明るいスポーツマンタイプだよね」
そうか。電車も汽車も線路もないのか。
ツンツン跳ね気味の薄茶の髪にルベルゴさん譲りのグレーの瞳。口は悪いけど、面倒見は良いからモテそうではあるよね。
「ユエちゃん、今度はクロウを口説いてるの? 俺も口説かれたいなー」
今下りてきたらしい常連さんに声を掛けられる。
「口説いてないですよ? 見たまんま? 私、正直なんで!」
「天然とか、コワイねぇ。急に休むから心配してた俺にもサービスしてよ」
「頭でも撫でましょうか?」
ケラケラと笑って、常連さんは頭を差し出した。
ごわついた濃いグレーの髪をわしわしと掻き回す。
「心配してくれてありがとう♪たくさん食べてね。今日のお勧めはウォックのステーキです♪」
「ユエちゃん、鬼だろ?」
連れの客も笑っている。
ちなみにウォックは牛型の動物で、肉質が柔らかく高級食材に入る。
「そう言えば、今日は兄ちゃんは居ないのかい?」
「色々あって、礼拝のある日だけ来ることになりました」
「そうなんだ? じゃあ益々礼拝の日は時間をずらさなきゃな」
「ご迷惑をお掛けします」
軽く頭を下げると、いやいやと手を振って笑ってくれた。
注文はもちろんウォックのステーキだ。
「ユエって
何故かクロウは溜息を吐きながらそう言った。
「そう? 生きて行く為には何でもするつもりではあるけど……」
「生きてく為って……ユエはそんなに切羽詰まってないだろ?」
「どうかなー……結構、大変なんだよ? ここに下宿させてって言ったら、出来るかな?」
クロウは少し目を泳がせた。
「部屋は、無いことはねぇけど……お屋敷、出るつもりなのか?」
「ううん。そうじゃないけどね。そうなった時に頼れるものが無いから」
なるべく軽く言ったつもりだったが、クロウは黙ってしまった。
いかんいかん。子供に気を遣わせちゃ駄目だね。
「だから、追い出されないように気を付けるよ。クロウにも怒られないようにしなくちゃねー」
わしわしと髪型が変わるほど乱暴にクロウの頭を撫でて、私は混み始めたホールに注文を取りに向かうのだった。
◇ ◆ ◇
厨房で洗い物をしながら、サーヤさんに花冠に向いた花がないか聞いてみた。
やはり街から少し離れた川原や山裾の辺りが有力のようだ。
「昔はよく作ったけど……この仕事してるとお休みもなかなか取れないでしょ? まだその辺に咲いてるのか判らないのよね」
「アルデアちゃんなら知ってるかな? クロウ、聞いてきてくれないかなぁ」
サーヤさんは手を口元に当てて含み笑いを洩らした。
「頼めば行ってくれると思うわよ? 来週頭には誕生会開かないと皆忙しくなるから、聞くなら早い方がいいわ」
私は慌てて渋い顔をするクロウに頼み込み、日程も決まっているなら教えてもらうようお願いした。
当日に今日ですと言われても、出来ないことがある。
クロウは当日のクッキーとは別に何か作ってあげることを約束して、ようやく動いてくれた。
相変わらずちゃっかりしてる!
結果的にサーヤさんの記憶は正しく、今も同じ場所に子供達の遊ぶ花畑は在るようだった。
明日の朝、カエルに寄り道してもらおう。花の咲き具合が知りたい。
春生まれはファルとミゲルだ。
ファルには花冠、ミゲルには胸元に着けるブートニアを用意しようと思っていた。
ちょっと、特別感が出るよね?
生花はもちが心配だけど、当日の午前中に少し抜けて摘みに行き、水に漬けておけば何とかなるんじゃないかと。
喜んでくれるといいな。
脳内で予定を組み立てていると、ルベルゴさんが心持ち声を落として話しかけてきた。
「ユエ、最近ジョットを見掛けたか?」
名前を言われても一瞬誰か分からなかった。
「……代書屋さん? そういえば見てませんね」
私は礼拝に行かないし、酒場に来てくれなければほとんど会うことは無い。
最初の仕事以来ちょくちょくお昼に顔を出していたのだが……
「夜も来てないんですか?」
「ああ。一言も無く来なくなったんで、ちと気になったのよ。何か急な仕事が入ったんだと思うが……ユエと2人で会ったりはしてないんだよな?」
「え? 仕事はここでしかしてないですよ?」
「あぁ……まぁ……そうだよな」
何だか歯切れが悪い。
「いや、いいんだ。ユエがアイツに何も言ったりやったりしてねぇなら」
ガリガリと頭を掻き毟りつつ目線をそらされた。
「変なこと言うわけ無いじゃないですか! 仕事持ってきてくれる、お客様ですよ?」
「いや、なんだ。俺の勘違いだ。気にすんな」
ルベルゴさんはガハハとわざとらしく笑って、私の背中をばしりと叩いた。
何なの?! 痛いよ!
「それより兄ちゃんは何だか棘が取れたな。ユエが怒られた甲斐があったか?」
随分いきなりな話題転換だが、昨日のことも気になっているのは確かだ。
ルベルゴさんは昼は上に居るから、あまり知ってるとは思えないけど……
「昨日も問題なくやれてたんですよね? テリエルさんも皆に馴染んでくれて嬉しいって言ってました」
「給仕の時あんまり人が変わるから、最初はびびったがな。堅すぎるから常連なんかにはもっといつも通りでいいぞって言ったんだ。お嬢さん方はあれがいいみてぇだから、どっちが良いとも言えねぇけどな」
「私はカエルの給仕は緊張しちゃうんですけどね~。酒場でエールかワイン片手につまんでる方が性に合ってます」
そこでルベルゴさんはおや、という顔をした。
「なんだ? 嬢ちゃんはあの兄ちゃんに屋敷で給仕されてんのか?」
「本格的なのは夜だけですけど。なんか、執事教育受けてるみたいで、練習なんだそうです」
「成る程な。慣れてる訳だ」
顎に手を当て、得心したように頷く。
「まぁ、うちでずっと働きたい訳ではねぇと思うから、存分に人慣れして欲しいもんだな」
今度は私がおや、と思う。
「カエルが人慣れしてないって、分かりますか?」
「触らせねぇからな」
何故か、どきりとした。
「男でも女でも、上手く躱してやがる。まぁ、ちょっとそれを楽しんでる風でもあるが……」
やっぱりルベルゴさんは見るところが違う。
「それは、本人も言ってました」
「そうか。ずっと屋敷に閉じ籠もってたんだから、慣れねぇのは当然だ。触られるのにも抵抗があるんだろう? 必ず身構えるからな。無理にとは思ってなかったが、楽しめるくらいになってるなら良かったんじゃねぇか?」
「そう、ですよね」
そこでルベルゴさんはにやりと笑う。
「お嬢さん方に慣れていくなんて、嬢ちゃんは見たくねぇかもしれねぇがな」
「え? いやいや、そんなことは。カエルにも良い出会いがあればいいなーって思ってますよ?」
彼は少しの間私を観察すると、首を傾げて不思議そうな顔をした。
「嬢ちゃんは、良い出会いねぇのか?」
「今、私、生きるのに精一杯なんです」
真剣に答えたのに、何故かルベルゴさんに爆笑された。
ひどい。
ひとしきり笑った後、ユエはそのままでいろよとフォローとも嫌味ともとれるお言葉をもらう。
釈然としない気持ちのまま、迎えに来たカエルと屋敷に帰ったけど、夕食後に自室の机の上の小瓶に生けられた野の花を見たら、ほっこりしてどうでも良くなってしまった。
形はタンポポで、色がレンゲのような紅紫色の花と、まんまシロツメクサ。デイジーのようなものは花弁が薄いピンク色をしていて、とても春らしい。
明日一番でカエルにお礼を言わなくては。
私は出来上がりの花冠を想像しながら眠りについたのだった。