48.フナデ

文字数 4,801文字

 結構減らしたつもりでも、流石に今回は荷物量が多い。
 自分で用意してない分が何故か1箱分あって(すでにトランクではないところが)荷馬車に積まれていた。

 私の全身のサイズはロレットさんが知ってるし、テリエル嬢が見繕ったのだろう。もしかしたら私は手ぶらでもなんとかなるのかもしれない。
 半分呆れながら、荷物が積みこまれていくのをバルコニーからぼんやりと眺めていた。

 今回はビヒトさんが御者を務める馬車1台と荷馬車が2台で、テリエル嬢の実家(?)のパエニンスラのお城まで行くことになる。
 午前中には船に乗るが、向こうの港に着くまでに10刻(約10時間)以上かかるというので、着く頃は日が落ちているかもしれない。

 その港で1泊して、明日パエニンスラへと入ることになる。パエニンスラで3泊した後帝国へ向かうのだが、テリエル嬢達はそのまま城に留まって、私達の帰りを待っていてくれるらしい。
 神官サマが置いて行った砂漠の国の湖の地図はとても魅力的だったようだが、今回は見送るということだった。色々落ち着いてからにするのだと。

 もちろん約束なので私達は審問会が終わった後、そちらに寄ることになる。下手をすると今日出発してから帰ってくるまでに、ひと月くらいかかってしまうんじゃないだろうか。

「ユエ、そろそろ下りるぞ」

 宣誓を受けに行く時に着ていたような格好でカエルが呼びに来た。
 あの時よりは生地が幾分薄くて、袖丈が肘の辺りまでしかなく、腕の内側に大きくスリットが入っていて風通しはよさそうだった。

「カッコイイね。ちょっと、暑そう」
「暑いのは慣れてる。護衛らしくしないと付いて行けないだろ」

 まじまじと頭の先から爪先まで眺めて見て、それから辺りを見渡した。
 誰も居ないな。

「カエル、その衣装に頬擦りさせて」
「は?」
「前、見たときもしたかったんだよ。ビヒトさんにも避けられちゃったからできなかったけど!」

 もの凄く呆れた顔をされたが、カエルも辺りを見渡して誰も居ないことを確認するとどうぞ、と両手を広げてくれた。
 ついでにカエルもぎゅっと抱きしめて、久々の体温を満喫する。

「……衣装じゃないのか」
「こっちも補充しとかないと、向こうには子供達もいないし」

 深い溜息が聞こえたが、気にしない。最近手も繋いでくれないカエルが悪い。
 上目遣いにカエルの顔を窺う。

「代書屋さんや神官サマに迷惑かけない方がいいデショ」

 苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、彼はぷいと顔を背けた。
 あんまりそうしてると機嫌が悪くなりそうだったので、そこそこで衣装に頬擦りをしてから離れてあげた。

 代書屋さん達とは船着き場で落ち合うことになっている。
 多分、同じくらいに出発するんだろうから、休憩する時に会おうと思えば会えるのかもしれない。
 馬車に乗り込むと、今から心配そうな顔のテリエル嬢と目が合った。
 ごめんなさいと謝るのも違うような気がして、私は何も言えずに腰掛ける。

「お嬢、今からそんな顔されても皆困る」

 長年の付き合いからか、カエルはしれっと注意する。

「だって……私だって、まだ半信半疑なのに」
「パエニンスラまでは一緒なんだから、俺が倒れてから心配してくれ」

 しゅんとした彼女をランクさんがよしよしと慰めた。相変わらず甘い2人だ。
 港町までの道程が心配になる。私、耐えられるだろうか。
 扉が閉められ、ゆっくりと馬車が走り出す。
 帰ってきたのがついこの間なのに、変な気分だ。
 何事も無く帰って来れますように。
 私はこの世界にはいないかもしれない神様に祈ってみたのだった。

 ◇ ◆ ◇

 2度目の港町はいきなり桟橋の上だった。
 馬車はそのまま船に乗せられるらしい。普通にフェリーみたいだ。
 私は斜め掛けにした鞄を何の気なく触りながら、大きな帆船を見上げていた。

「これ、沈まない?」
「嵐が来なきゃ大丈夫だ」

 そんなのは分かってるけど。いかにも木造な船はなんとなく不安にさせる。
 テリエル嬢達に続いてタラップを登ると、船上の人がリボンを見送りの人に投げている光景が目に入った。
 あれ、こっちでもやるんだ。それとも、誰かが伝えたのかな。

 一度部屋を確認してから甲板に行ってみる。
 ぐるりと見渡すと、代書屋さんと神官サマが見送りの様子を眺めているのを見つけた。
 横でカエルが表情を引き締めたのを肌で感じる。

「ジョットさん」

 声を掛けると、代書屋さんはにこやかに振り返った。

「やあ、来たね。ここから長いよ」
「ジョットさんは何度か乗ってるんですか?」
「何度かね。寝てればすぐだよ。寝られないなら、付き合うけど」

 お互いに部屋番号を確認して頷き合った。

「え。カエル君と同室なの?」

 いいな、と聞こえたのは空耳か。

「ずっと部屋にいるわけじゃないですし。護衛と同室は……別におかしくないですよね?」
「護衛……あ、それでそんな格好なんだ! 護衛みたいだと思ったんだよね」

 ぽん、と手を打って、代書屋さんは何だかちょっと的外れなことを言った。

「お似合いですよ。以前より着せられてる感がなくなりましたね」

 いつもの黒い神官服の上に、グレーのフード付きローブを羽織ってにっこりと笑う神官サマに、カエルは眉間の皺を深くするだけだった。
 以前より、ということは宣誓の時に護衛のふりで付いてきたことを憶えてるのか。

「念の為聞きますが、腰の剣は使えるのですよね? いつもは短剣でしょう?」
「あれ程ではないが使える。問題ない」
「ミスター・ビヒト仕込みですか?」

 ふふっと神官サマは目を細めた。

「ビヒトにはかすりもしないがな」
「彼を基準にしないで下さいね。彼に直接師事しているというだけで一財産築けますよ」
「金に興味はない」
「無いよりはあった方がいいものです。何かを守りたいのであれば、特に」

 カエルはそれ以上答えず、神官サマをじっと厳しい顔で見つめていた。
 私は内心はらはらしていた。出発前に険悪になるのは勘弁してほしい。
 その時、汽笛が鳴った。

「出発するね」

 代書屋さんの言うとおり、帆船はゆっくりと滑り出すように動き始めた。
 人々の持つリボンが少しずつ長くなり、風に煽られて揺れている。
 それ程風は強くないが、船の速度が上がるのが速いような気がする。

「これ、動力って……風、ですよね?」
「もちろん。出発の時とか要所で旋石(つむじいし)も使うけどね」

 ああ、そうか。そういう使い方もあるのか。現代とは違うエンジンとかもそのうち出来るんだろうな。
 リボンが伸びきって海面に模様を描き、やがて陸地が遠く霞むまで、私はそこで佇んでいた。
 時々何か黒い影が遠く海の中をゆったりと移動していく。

「まだいるのか? 風にあたってると冷えるぞ」
「あ、ごめん。私が戻らないとカエルも戻れないのか……」
「俺はいいが……ショールでも持ってくれば良かった」

 気温は暑くもなく寒くもなく丁度いい具合だったのだが、流石に海上の風にあたっていると指先が冷たくなってきていた。
 代書屋さん達は朝早かったのか、ここのところの忙しさからか、少し仮眠を取ると言ってもう部屋に戻っている。
 黙って部屋にいると酔いそうなんだよね……
 船なんて数えるほどしか乗ったことがない。旅行は車か電車か飛行機だった。

「また寝不足なんじゃないだろうな?」
「それなら寝てればいいから、さっさと部屋に戻ってるよ」

 海は凪いでいて、この程度で酔うなら私には船旅は向かない。
 大きい船とは言え、豪華客船のように娯楽施設があるとも思えないしな。

「とりあえず、ユエも一旦部屋に戻るぞ」
「あ、じゃあ少し探検しながら戻ろう?」

 暇潰しも兼ねて広いデッキをぐるりと回っていく。
 数えてみると帆柱は5本だった。なんとなく想像していたのが3本柱の帆船だったので、かなり大きいと言える。
 並んだ船室の円い窓がまさに船旅という感じだ。

 中に入ってみると、レストランというか、ラウンジというか、とにかく食事の出来そうな場所があった。スペースの半分が吹き抜けで、螺旋階段が続いている。
 すでにちらほらとエールを手にした人達が見えた。
 飲んで寝ちゃうというのは、ひとつの手かもしれない。

「船室に持ち帰るようにもしてくれるらしいぞ」

 メニューボードのようなものを眺めていたカエルが教えてくれた。
 でも、意外と緊張してるのかお腹が空く感じがしない。飲物くらいはお世話になるだろうか。
 客室の間を抜けて行くと、中央付近に簡易の売店のようなものがあった。タオルとか剃刀とか、忘れ物があっても多少は大丈夫みたいだ。
 カードとかボードゲームのような娯楽品も扱っている。

 探検と言っても、後はほとんど客室だった。グレードによって廊下の雰囲気まで違うのはちょっと面白かった。
 自分たちの部屋に戻るとカエルがベッドにどっかりと腰を下ろした。

 私達の船室はベッドの2つ入ったそこそこのグレードの部屋だが、ベッドとベッドの間は1mも無い。
 窓際に小さな棚があるくらいで、それらだけで部屋がいっぱいという感じだ。
 必然的に過ごすのはベッドの上ということになるだろう。
 これがもっとグレードが下がるとベッドが二段ベッドになり、部屋ももっと狭くなる、らしい。寝台車のような感じだと思っている。

「疲れた? 付き合わせてごめんね」

 私もブーツを脱いでベッドに上がり込んだ。ごろりと横になると波に揺られているのが良く分かった。

「……裾、気を付けろ」
「んー」

 俯せで、膝を曲げていたのでその辺りまで捲れている。面倒臭いのでぱたりと足を下ろすだけに留めた。
 目を閉じれば、意外と寝れそう、かな?

 小さな溜息と、立ち上がる気配がして、スカートの裾を直される。そのくらい良いのにと思っていたら、ふくら脛にカエルの指が触れた。
 たまたま触れた、カエルの手だと解っていたのに、心臓が跳ねて倉庫の中の人攫いの手の感触がフラッシュバックして重なった。

 飛び起きて壁際にへばり付く。浅い呼吸音が自分のものだと気付くまでに暫く時間がかかった。
 驚いて固まっているカエルを凝視している自分が一番驚いていた。

「すま……ん」

 カエルを傷つけてしまったような気がして、慌てて私は言い訳する。

「ち、違うの! ちょっと、攫われたときのこと、思い出しちゃって。そんな、気にしてないと、思ってたんだけど、う、うとうと、してた、かも」

 カエルの眉間に皺が寄った。

「そう……そう、だったな。あれからまだ日も浅い……そうだよな。悪かった」

 あああ。

「待って待って。悪かったと思ってるなら、ちょっとこうしてて」

 逃げられないうちに、私はカエルの手を捕まえた。
 自分の手が震えてるので、一瞬捕まえ損なったが、手袋越しでも震えが伝わったのか、諦めて捕まえられてくれたようだ。
 両手で包み込むようにカエルの手を握り、目を瞑って額に当てた。

「……あぁ、びっくりした」
「悪かった」
「そうじゃなくて、自分があんな反応したのが、だよ。あの時、乱暴された訳でも無いのに……」

 掴んでいたカエルの手に力が入った。

「当たり前だ。むしろ、何で今まで平気でいたんだ」

 なんで……

「カエルが居たからでしょ?」

 視線をあげて笑いかけると、動揺したようにカエルが一歩引いた。

「ほら、もう平気。カエルの顔が見えてれば全然平気。だから、そこに居て?」

 そっとカエルの手を開放すると、彼はその手を不思議な物を見るような目で見ていた。

「ちょっと、寝るよ。寝るまででいいから、そこに居てね」

 今度はカエルが気にしなくていいように毛布を腰まで掛けて横になる。
 目が合ったカエルがもう一度ベッドに腰掛けるのを見届けてから、私は目を瞑った。
 船の揺れに慣れるまで何度か寝返りをうったけど、やがてとろりと睡魔がやってくる。
 目が覚める頃にはカエルも気にしてなければ良いな、と思いも揺らしながら眠りにつくのだった。
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登場人物紹介

ユエ(葵):主人公。お気楽な性格。

      自分では平均的日本人だと思っているけどちょっとズレている。触り魔。

      一方的に可愛がっていた弟(わたる)がいる。


カエルレウム:ユエが落ちた先で出会った青年。両手首と胸に魔法陣のようなものが刻んである。

       真面目で人に触れるのを極端に怖がっている、トラウマ持ち。

       病弱だというのだが、ユエが来てからは一度も寝込んでない。


 ※アイコンのイラストは傘下さんからのいただきもの

(表紙イラストは151Aさんより)

ルーメン(神官サマ):村の教会の主教。天使のようと噂される銀髪の麗しの神官。

           全てを見通すという『神眼』と呼ばれる加護を持つ。

           お屋敷の面々にはひどく警戒されている。

ジョット(代書屋さん):教会のアトリウムで代書の仕事をしている青年。

            見かけは地味だが明るく人当たりが良い。

            酒好きで気持ちの切り替えはピカイチ。

ビヒト:お屋敷のロマンスグレイな執事。

    一見温和そうだが、実は強いらしい。ワーカホリックの気がある。

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