56.ウワサ
文字数 4,284文字
翌朝、荷物を纏めてから宿併設の酒場で軽食を出してもらった。
もそもそするパンをスープに浸しながら食べる。ああ、サーヤさんのパンがもう恋しい。
カエルに昨夜代書屋さんと何処に行ったのか聞いてみたが、口を濁された。
オトナな遊び場に連れて行かれたのかとにやにやしてたら、そういうとこじゃないと睨まれるし。
ワタシナニモイッテナイヨ。
教会前まで行くと、すでに馬車が2台止まっていた。
屋根に荷物が載せられるようになっているタイプで、私達の荷物もすぐに積み込まれる。
少し離れた所に護衛をしてくれる冒険者と、彼らの乗る馬のような生き物の姿が見えた。
馬車を引くのは私の知っている馬と見た目もほぼ同じ動物だが、彼らの乗るだろうそれは馬より一回り位小さく、ずんぐりとしていてそれでいて顔は爬虫類っぽい。2本の角を持ち、鬣は背中に短いものが少しある程度だった。
「カエル、あれ、なんていう生き物?」
私の指差す先を見て、カエルは教えてくれる。
「竜馬 だな。馬より神経が図太くて丈夫なんで冒険者が良く使う。気性が荒いんでそこそこ以上の冒険者じゃないと手なづけるのに苦労するらしいぞ」
つまり、ここにいるのはそこそこ以上の冒険者だと。
「ぼやっとしてっと、がぶりとひと噛みされっぞ! 近寄んなよ!」
ばしりと肩を叩かれてよろける。大柄なおっさんが、がははと笑いながら通り過ぎて行った。
頼りに、なりそう?
そうこうしているうちに神官サマ達も出てきて、先程の冒険者に挨拶などしている。カエルが顔合わせに呼ばれて行った。
入れ違いに代書屋さんが軽く手を上げてやってくる。
「おはよう。僕もこっちに乗せてね」
「はい。よろしくお願いします」
いつもより覇気がないなと思って、ぴんときた。
「二日酔いですか?」
彼はへらりと笑う。
「カエル君、いくら飲んでも変わらないんだもん。つられて飲んでたら危なく潰れるとこだったよ」
「お水、多めに飲むといいですよ。なんなら中で寝てればいいです」
「膝枕してくれる?」
「カエルの許可が取れたら、してあげてもいいですよ」
彼はちらりとカエルを見る。
「無理そう。大分仲良くなれたけど、それとこれは別だって言うよね」
「綺麗なお姉さんの居る店とか、行ったんですか?」
笑って誤魔化された。ばかもの。否定でなければすべて肯定じゃ。
「い、一応言っておくけど、普通のお店だからね? 彼、全然興味示さなかったし。というか、思ったけど極度の人見知りだよね」
「仕事だと大丈夫らしいんですけどね。人と接する機会が極端に少なかったみたいで……少しずつ慣れてくれればとは思うんですけど。ジョットさんと飲みに行っただけでも結構進歩なんですよ」
そうなんだ、と代書屋さんはちょっと嬉しそうだった。
カエルが戻ってきて乗り込むと、程無くして馬車は動き出した。
同時にクルルルル、と高い鳴き声が複数響いてくる。竜馬だろうか。姿に似合わず可愛らしい声だ。
聞いてみると冒険者は8名。前後に3名ずつ付き、後の2名は御者をやってくれているらしい。ずいぶん徹底している。
「そんなに危ないの?」
不安になって聞いてみる。
向かい側の席を占領して横になっている代書屋さんがこちらに視線を寄越した。
「今日向かうカンプスまではそんなに心配ないよ。比較的整備された道を通って行くし。カエル君が出る程のモノには会わないさ」
代書屋さんの言うように拍子抜けするくらい順調に馬車は進んだ。
途中、領境くらいで休憩を挟み、馬も人も昼食をとる。小さな街だったが主要な宿場町なのだろう。行き交う人々の数は多かった。
代書屋さんはまだ本調子じゃないのか、いつもより食が細い。
「まだ調子悪いですか?」
「んー……もうだいぶいいよ? ユエちゃんの膝枕があれば、もっと良くなったのに」
「枕が欲しいのか? 俺のを貸してやるぞ?」
にこりと笑うカエルに、代書屋さんは引き攣った笑いを返す。
「あ、もう良くなった気がする。うん。大丈夫大丈夫」
「永遠に眠らせてやるのに」
「やめて! 君が言うと洒落になんないから!」
うっかり大声を上げて、いたた、と頭を抑えて俯いた代書屋さんの後ろから、朝私を叩いた冒険者のおっさんがずいと身を乗り出した。
「楽しそうだなぁ。兄ちゃん達。ちと変な話しを小耳に挟んだんだが、兄ちゃん達は知ってるか?」
何の話? という顔の私達を見回して、彼は代書屋さんの隣に腰を下ろした。
「噂話の域を出ねぇんだがよ、鬼が出たとか、聞かねぇか?」
「……そういえば、酒の席で、鬼のようなオークが出たとか、山猿の変種だとか議論してるのは耳にしたような……」
代書屋さんは少し首を傾げて記憶を手繰り寄せているようだった。
「おぅ。それよ。先刻も1つ聞いてな、こっちは白髪の鬼が嬌声をあげながら魔狼の群れを刻んでいたと。あんまり似たような話しを聞くもんで気になってな」
「似てますか?」
私には全然違う話に聞こえたが。
「俺ぁコルリスの方からこっちに来たんだがよ、向こうでも巨人が暴れていたとか、髪の長いオークが血塗れで立っていたとかちらちら聞いてたんよ」
彼はそこでひょいと代書屋さんの飲み物を煽り、水かよ、と舌打ちした。
「んで、おもしれーのが、どの話しもデカい鳥が一緒にいたって言うのよ。ほんわりと光ってるような鳥がな。兄ちゃん、どこで聞いた?」
うーん。と真剣に考え込んで、代書屋さんはしばらく沈黙する。
「パエニンスラの酒場だ。コルリスから来た客がそんなことを言ってた」
「カエル君よく覚えてるね……」
「デカい鳥で思い出した」
基本的なことで、こんなことを聞くのは大変恐縮なのですが……
「……コルリスって何処?」
恥ずかしいのでカエルの袖を引いて小声で言ったのだが、答えをくれたのは冒険者のおっさんだった。
「コルリスはパエニンスラの北東にある小国だ。嬢ちゃんはずっと東の出なんだろ? 知らなくても恥ずかしくはねぇよ」
にっと笑って彼はおもむろにエールを注文した。
「でも、パエニンスラでは他には聞かなかったなぁ」
「そうだな。こっちでも聞かなかった」
ジョッキを持ってきたお姉さんに銅貨を器用に指で弾いて支払い、おっさんは嬉しそうにジョッキを傾けた。
「そうなんだよ。不思議とパエニンスラ領では聞かねぇんだ。そして、段々と西へ移動してる」
カエルがじっとおっさんを見詰めた。
「それは鉢合うかもしれんということか?」
「判らん。人に危害を加えたという話は聞かんかった。勝手にコケて怪我したのをそいつのせいにしたような話はあったが」
おっさんはにやにやとジョッキ越しにカエルを見ていた。
「ま、噂だ。ちょっと気を付けて周りの話しを聞いといてくれや。兄ちゃんの手を煩わせる予定は無ぇよ」
エールを飲み干して、彼は他の冒険者の所へ戻って行った。
鬼。鬼かぁ。
こっちにも鬼って居るのかな。私の想像する鬼とは違うかもしれないけど。オークってオーガと似てたっけ? イマイチ核心にかける……
「話す方は結構面白おかしく尾鰭つけるしなぁ。酒の席だとどこまで信用できるんだか」
「少なくとも、鳥を連れた何かは居るんだろう。或いは、鳥に連れられた、か」
2人はそれ程深刻に捉えている風では無かった。ならば、大丈夫なのだろう。
よくある都市伝説みたいなものかもしれない。
「町や街道で目撃がないなら、そう気にすることも無い。それが西へ行くのなら、北に向かう俺達とは鉢合わん。心配するな」
指の背で私の頬をするりと撫でて、カエルは笑った。
その後馬車がスピードを落としたり、少しの間止まったりする度に私はどきどきしていたのだが、代書屋さんにもカエルにも微笑ましいモノを見る目で見られてちょっと恥ずかしかった。
私だって現代だったらへーって流してたよ!
主 に会ったり、攫われかけたりしたら心配にもなるよね!?
時間が経つにつれて元気になってくる代書屋さんの恰好の玩具にされて、辟易してきた頃に宿泊地に到着した。
領都であるカンプスだ。
陽はとうに落ち、星が瞬いていた。
「ユエ、前を向いて歩け」
上ばかり向いている私にカエルは呆れた声を出した。馬車から降りるのにエスコートしてもらったので、そのままカエルの手を掴んでいた。
「星を見るなら後からゆっくり見ろ」
丁度酒場も混む時間帯で、人も多い。少しだけ反省して大人しく前を向いた。
窓から漏れる明かりだけでは町の様子はよく知れないが、パエニンスラに比べると落ち着いた雰囲気がある。
レモーラ村ほど長閑では無いが、どこかゆったりと時間が流れているようだ。
1人部屋を充てがわれて、荷物と共に一息つく。すぐに夕食に向かうだろう。
何の気なしに窓の外を眺めたら、ちらちらと揺れる灯りが見えた。
なんの明かりかと窓の傍へ寄ってみると、遥か向こう、空の上に黄色っぽいぼんやりとした明かりが、蛍のようにふわりふわりと揺れている。
もっとちゃんと見たくて両開きの窓を押し開けた。
迎えに来たカエルのノックの音に扉に飛び付いて、無理矢理窓際まで引っ張り込む。
「見て見て! UFOだよ! 初めて見た!」
「ゆぅほー?」
訝しげに眉を顰めながらも私の指の先に視線を移すカエル。
「あっ。消え……」
その光りは不意に下降すると見えなくなった。
興奮して窓から半分乗り出すようにしていた私を後ろから片手で支えて、カエルは溜息を吐いた。
「ねぇ、見た? 何かな!?」
「落ち着け」
見上げたカエルの顔が近くて慌ててまた前を向く。
窓は両開きだが、幅は人1人分ほどしか無い。窓の桟に手をかけているカエルのもう片方の手が私の腰に回っているということは……
「……僕も居るんだけどなー」
恨めしそうな代書屋さんの声に、カエルはそっと手を離した。
「で? 何が見えたの?」
「判らん。動きは鳥のようだったが……遠すぎてなんとも言えん」
鳥、と聞いてどきりとする。
代書屋さんも同じ事を思ったのか、ちょっと眉を顰めた。
「よくあることではないんだよね?」
「この辺のことはよく分からないが、夜空に浮遊する明かりは聞いたことがないな」
「シルワの方角だね……」
カエルも難しい顔をしていた。
取敢えず夕食を食べに酒場に行き、例の冒険者のおっさんを見かけたら報告しておくことにした。
さすがに昨日の今日で飲まないだろうと思っていた代書屋さんは、エールじゃ酔わないよって普通に注文していた。
迎え酒しなかっただけ褒めてよと言われて呆れたのは言うまでもない。
明日も二日酔いだったらカエルの膝で永眠してもらおう。
もそもそするパンをスープに浸しながら食べる。ああ、サーヤさんのパンがもう恋しい。
カエルに昨夜代書屋さんと何処に行ったのか聞いてみたが、口を濁された。
オトナな遊び場に連れて行かれたのかとにやにやしてたら、そういうとこじゃないと睨まれるし。
ワタシナニモイッテナイヨ。
教会前まで行くと、すでに馬車が2台止まっていた。
屋根に荷物が載せられるようになっているタイプで、私達の荷物もすぐに積み込まれる。
少し離れた所に護衛をしてくれる冒険者と、彼らの乗る馬のような生き物の姿が見えた。
馬車を引くのは私の知っている馬と見た目もほぼ同じ動物だが、彼らの乗るだろうそれは馬より一回り位小さく、ずんぐりとしていてそれでいて顔は爬虫類っぽい。2本の角を持ち、鬣は背中に短いものが少しある程度だった。
「カエル、あれ、なんていう生き物?」
私の指差す先を見て、カエルは教えてくれる。
「
つまり、ここにいるのはそこそこ以上の冒険者だと。
「ぼやっとしてっと、がぶりとひと噛みされっぞ! 近寄んなよ!」
ばしりと肩を叩かれてよろける。大柄なおっさんが、がははと笑いながら通り過ぎて行った。
頼りに、なりそう?
そうこうしているうちに神官サマ達も出てきて、先程の冒険者に挨拶などしている。カエルが顔合わせに呼ばれて行った。
入れ違いに代書屋さんが軽く手を上げてやってくる。
「おはよう。僕もこっちに乗せてね」
「はい。よろしくお願いします」
いつもより覇気がないなと思って、ぴんときた。
「二日酔いですか?」
彼はへらりと笑う。
「カエル君、いくら飲んでも変わらないんだもん。つられて飲んでたら危なく潰れるとこだったよ」
「お水、多めに飲むといいですよ。なんなら中で寝てればいいです」
「膝枕してくれる?」
「カエルの許可が取れたら、してあげてもいいですよ」
彼はちらりとカエルを見る。
「無理そう。大分仲良くなれたけど、それとこれは別だって言うよね」
「綺麗なお姉さんの居る店とか、行ったんですか?」
笑って誤魔化された。ばかもの。否定でなければすべて肯定じゃ。
「い、一応言っておくけど、普通のお店だからね? 彼、全然興味示さなかったし。というか、思ったけど極度の人見知りだよね」
「仕事だと大丈夫らしいんですけどね。人と接する機会が極端に少なかったみたいで……少しずつ慣れてくれればとは思うんですけど。ジョットさんと飲みに行っただけでも結構進歩なんですよ」
そうなんだ、と代書屋さんはちょっと嬉しそうだった。
カエルが戻ってきて乗り込むと、程無くして馬車は動き出した。
同時にクルルルル、と高い鳴き声が複数響いてくる。竜馬だろうか。姿に似合わず可愛らしい声だ。
聞いてみると冒険者は8名。前後に3名ずつ付き、後の2名は御者をやってくれているらしい。ずいぶん徹底している。
「そんなに危ないの?」
不安になって聞いてみる。
向かい側の席を占領して横になっている代書屋さんがこちらに視線を寄越した。
「今日向かうカンプスまではそんなに心配ないよ。比較的整備された道を通って行くし。カエル君が出る程のモノには会わないさ」
代書屋さんの言うように拍子抜けするくらい順調に馬車は進んだ。
途中、領境くらいで休憩を挟み、馬も人も昼食をとる。小さな街だったが主要な宿場町なのだろう。行き交う人々の数は多かった。
代書屋さんはまだ本調子じゃないのか、いつもより食が細い。
「まだ調子悪いですか?」
「んー……もうだいぶいいよ? ユエちゃんの膝枕があれば、もっと良くなったのに」
「枕が欲しいのか? 俺のを貸してやるぞ?」
にこりと笑うカエルに、代書屋さんは引き攣った笑いを返す。
「あ、もう良くなった気がする。うん。大丈夫大丈夫」
「永遠に眠らせてやるのに」
「やめて! 君が言うと洒落になんないから!」
うっかり大声を上げて、いたた、と頭を抑えて俯いた代書屋さんの後ろから、朝私を叩いた冒険者のおっさんがずいと身を乗り出した。
「楽しそうだなぁ。兄ちゃん達。ちと変な話しを小耳に挟んだんだが、兄ちゃん達は知ってるか?」
何の話? という顔の私達を見回して、彼は代書屋さんの隣に腰を下ろした。
「噂話の域を出ねぇんだがよ、鬼が出たとか、聞かねぇか?」
「……そういえば、酒の席で、鬼のようなオークが出たとか、山猿の変種だとか議論してるのは耳にしたような……」
代書屋さんは少し首を傾げて記憶を手繰り寄せているようだった。
「おぅ。それよ。先刻も1つ聞いてな、こっちは白髪の鬼が嬌声をあげながら魔狼の群れを刻んでいたと。あんまり似たような話しを聞くもんで気になってな」
「似てますか?」
私には全然違う話に聞こえたが。
「俺ぁコルリスの方からこっちに来たんだがよ、向こうでも巨人が暴れていたとか、髪の長いオークが血塗れで立っていたとかちらちら聞いてたんよ」
彼はそこでひょいと代書屋さんの飲み物を煽り、水かよ、と舌打ちした。
「んで、おもしれーのが、どの話しもデカい鳥が一緒にいたって言うのよ。ほんわりと光ってるような鳥がな。兄ちゃん、どこで聞いた?」
うーん。と真剣に考え込んで、代書屋さんはしばらく沈黙する。
「パエニンスラの酒場だ。コルリスから来た客がそんなことを言ってた」
「カエル君よく覚えてるね……」
「デカい鳥で思い出した」
基本的なことで、こんなことを聞くのは大変恐縮なのですが……
「……コルリスって何処?」
恥ずかしいのでカエルの袖を引いて小声で言ったのだが、答えをくれたのは冒険者のおっさんだった。
「コルリスはパエニンスラの北東にある小国だ。嬢ちゃんはずっと東の出なんだろ? 知らなくても恥ずかしくはねぇよ」
にっと笑って彼はおもむろにエールを注文した。
「でも、パエニンスラでは他には聞かなかったなぁ」
「そうだな。こっちでも聞かなかった」
ジョッキを持ってきたお姉さんに銅貨を器用に指で弾いて支払い、おっさんは嬉しそうにジョッキを傾けた。
「そうなんだよ。不思議とパエニンスラ領では聞かねぇんだ。そして、段々と西へ移動してる」
カエルがじっとおっさんを見詰めた。
「それは鉢合うかもしれんということか?」
「判らん。人に危害を加えたという話は聞かんかった。勝手にコケて怪我したのをそいつのせいにしたような話はあったが」
おっさんはにやにやとジョッキ越しにカエルを見ていた。
「ま、噂だ。ちょっと気を付けて周りの話しを聞いといてくれや。兄ちゃんの手を煩わせる予定は無ぇよ」
エールを飲み干して、彼は他の冒険者の所へ戻って行った。
鬼。鬼かぁ。
こっちにも鬼って居るのかな。私の想像する鬼とは違うかもしれないけど。オークってオーガと似てたっけ? イマイチ核心にかける……
「話す方は結構面白おかしく尾鰭つけるしなぁ。酒の席だとどこまで信用できるんだか」
「少なくとも、鳥を連れた何かは居るんだろう。或いは、鳥に連れられた、か」
2人はそれ程深刻に捉えている風では無かった。ならば、大丈夫なのだろう。
よくある都市伝説みたいなものかもしれない。
「町や街道で目撃がないなら、そう気にすることも無い。それが西へ行くのなら、北に向かう俺達とは鉢合わん。心配するな」
指の背で私の頬をするりと撫でて、カエルは笑った。
その後馬車がスピードを落としたり、少しの間止まったりする度に私はどきどきしていたのだが、代書屋さんにもカエルにも微笑ましいモノを見る目で見られてちょっと恥ずかしかった。
私だって現代だったらへーって流してたよ!
時間が経つにつれて元気になってくる代書屋さんの恰好の玩具にされて、辟易してきた頃に宿泊地に到着した。
領都であるカンプスだ。
陽はとうに落ち、星が瞬いていた。
「ユエ、前を向いて歩け」
上ばかり向いている私にカエルは呆れた声を出した。馬車から降りるのにエスコートしてもらったので、そのままカエルの手を掴んでいた。
「星を見るなら後からゆっくり見ろ」
丁度酒場も混む時間帯で、人も多い。少しだけ反省して大人しく前を向いた。
窓から漏れる明かりだけでは町の様子はよく知れないが、パエニンスラに比べると落ち着いた雰囲気がある。
レモーラ村ほど長閑では無いが、どこかゆったりと時間が流れているようだ。
1人部屋を充てがわれて、荷物と共に一息つく。すぐに夕食に向かうだろう。
何の気なしに窓の外を眺めたら、ちらちらと揺れる灯りが見えた。
なんの明かりかと窓の傍へ寄ってみると、遥か向こう、空の上に黄色っぽいぼんやりとした明かりが、蛍のようにふわりふわりと揺れている。
もっとちゃんと見たくて両開きの窓を押し開けた。
迎えに来たカエルのノックの音に扉に飛び付いて、無理矢理窓際まで引っ張り込む。
「見て見て! UFOだよ! 初めて見た!」
「ゆぅほー?」
訝しげに眉を顰めながらも私の指の先に視線を移すカエル。
「あっ。消え……」
その光りは不意に下降すると見えなくなった。
興奮して窓から半分乗り出すようにしていた私を後ろから片手で支えて、カエルは溜息を吐いた。
「ねぇ、見た? 何かな!?」
「落ち着け」
見上げたカエルの顔が近くて慌ててまた前を向く。
窓は両開きだが、幅は人1人分ほどしか無い。窓の桟に手をかけているカエルのもう片方の手が私の腰に回っているということは……
「……僕も居るんだけどなー」
恨めしそうな代書屋さんの声に、カエルはそっと手を離した。
「で? 何が見えたの?」
「判らん。動きは鳥のようだったが……遠すぎてなんとも言えん」
鳥、と聞いてどきりとする。
代書屋さんも同じ事を思ったのか、ちょっと眉を顰めた。
「よくあることではないんだよね?」
「この辺のことはよく分からないが、夜空に浮遊する明かりは聞いたことがないな」
「シルワの方角だね……」
カエルも難しい顔をしていた。
取敢えず夕食を食べに酒場に行き、例の冒険者のおっさんを見かけたら報告しておくことにした。
さすがに昨日の今日で飲まないだろうと思っていた代書屋さんは、エールじゃ酔わないよって普通に注文していた。
迎え酒しなかっただけ褒めてよと言われて呆れたのは言うまでもない。
明日も二日酔いだったらカエルの膝で永眠してもらおう。