34

文字数 1,280文字

「……何で? 裕海、別に単位が危ういわけじゃねぇよな? そしたら家庭の事情?」
「ううん、そういうわけじゃない。最初から最後まで、全て自分自身の意志」
「じゃあどうして――」
「前向きな理由だから安心してほしいんだ。ここ辞めて、違う大学に行くことにした。やっと自分のなりたいもの、見つけたから」
 自然な笑みと共に裕海は自分の決意を口にした。以前に一度、自分の両親に言ったことだ。彼らは裕海の意志と理由を聞き、その決断に快諾した。その時からそれは揺るぐことが決してなかったから、奏にはこうして笑って言えたのだろう。辞めると言った瞬間はただただ驚いていた奏だったが「なりたいものを見つけた」という裕海の言葉を聞いて受け入れられたのか、ふっと瞳に走った緊張感が緩む。
「そうか。目標見つけられなかった裕海が、やっと自分の希望を見つけられたのか」
「うん。暁人のお陰でやっとね。俺、特別支援学校の先生になりたいって思って」
「特別支援学校?」
 訊き返す奏に対して、裕海は強く頷く。
「あれから暁人を見ていて一つ思ったことがあるんだ。あぁ、俺はこの子の笑顔を失いたくないなって。やっぱり俺は暁人の笑ってる顔が好きだから。で、その時に、こういう病気や障害を持っている子たちに対して何か出来ることはないかなって思ったんだ。それで色々調べた結果、特別支援学校の先生になりたいなって。
 ただ、それには普通の教員免許と一緒にもう一つ、特別支援学校教諭の免許も取らなくちゃいけなくて。それを取得できる大学は結構限られてるし俺は今まで教職どころか資格自体何も取ってないから、大学在学中に両方とも取得出来る大学に行くことにした」
「へぇ……それにしても随分思い切った決断したな。支援学校の先生は楽じゃないって、どこかで軽く聞いたことあるけど」
「うん、かなり大変らしい。一般学校にはない苦労もかなりあるって」
 ネットで調べた範囲で分かったことをいくつか思い出して思わず苦笑する。正直、暁人とのことですらショックを受けていた自分が特別支援学校の大変さに打ちのめされない自信は全くなかった。「でも」と裕海は続ける。
「暁人も自分の病気と闘いながら強くなろうとしてる。だから、俺がそこで負けるわけにはいかねぇな、ってさ。そもそも大学入り直すのも決して楽じゃないけど、やれるだけやってみようと思う」
 そう言う裕海の目には、奏が大学では見たことのなかった、確固とした強い光が宿っていた。それはダンスを全力でやっていた頃の、ステージの上に立ってダンスで生きていた時の目と全く同じだった。自信はまだ伴わなくとも、やりたいという思いは本物なのだと奏は思った。
 なんだよ、あの時みたいなそんな目されたら、こっちももう全力で背中押してやるしかないじゃないか。
「裕海の意志と覚悟は分かった。ほんとよかったよ、裕海のやりたいことが見つかって」
「うん。……なぁ、奏」
「ん?」
 自分から呼びかけたにも拘わらず、裕海は俯いて一度黙ってしまう。奏が小さく首を傾げていると「改めてこんなこと言うのもなんだか寂しいんだけど」と再び顔を上げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み