08

文字数 1,158文字

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 授業の半分を寝てやり過ごし、さて今日は空きコマをどう過ごそうか……と思っているところに、奏が「なぁ、裕海も四限まで暇だろ? たまには外行かねぇか」という誘いを持ってきた。普段はキャンパス内に籠っているから、たまにはそういうのもアリだな。そう思った裕海は頷いた。キャンパス周辺にも飲食店はたくさんあるのだが、その辺りも食堂同様に学生でいっぱいなので電車で少し移動することになった。どうやら、奏が以前から気になっていた店があるらしい。
 十分ほど電車に乗り、その降り立った駅から徒歩でまた十分弱。賑やかな駅前からは一転した、比較的静かなエリアに奏の目的地はあった。落ち着いた雰囲気の定食屋だ。
「へぇ、こんなお店あったんだ。よく知ってんなぁ」
「好きなインディーズバンドの人がさ、前にブログで紹介してたんだよね。ちょっとその時から気になってたし大学からそんな離れてないから、いつか行ってみようって思ってたんだ」
「へぇ、本当に奏は音楽好きだよな」
「まぁな、今に始まったことじゃないさ」
 店内に入ると、優しそうなおばあちゃんが出迎えてくれた。最初は二人掛けの席に座ろうとしたのだが、彼女が「そんな混んでないんだから、広い所に座んなさいな」と四人掛けの席を案内してくれたので、そっちに座り直した。
「そういやそのブログで『店員のおばあちゃんがめっちゃ優しい』って書いてたの思い出した。本当に優しい、あのおばあちゃん」
「だな。あと、なんか安心するね、この空間」
 そんな会話をしながら、手作り感のあるメニューを眺める。どれも写真付きで載っていて美味しそうだった。散々迷った結果、裕海は唐揚げの定食、奏は魚の定食をそれぞれ頼んだ。
「そういや、暁人はあんま魚好きじゃないってこの前言ってたなぁ」
「ん? 暁人くん?」
「そう。だけど、ご飯残すと加奈絵さん……あ、暁人のお母さんな。に怒られるから頑張って食べてはいるんだってさ」
「はは、分かってるって。もう俺も名前覚えてるよ。しかしそりゃ偉いわ、俺なんて小さい時から嫌いなもんはずっと断固拒否してたからなぁ」
「奏は何が嫌いなのさ?」
「え……ピ、ピーマン」
「ふはっ、ピーマン嫌いとか小学生かよ! 大学ではあんなに皆から慕われている、しっかり者の近藤奏の子どもっぽい一面!」
「う、うるせぇな! だから言うの嫌だったんだよ、そう言われるのは予測ついてたから!」
 そんなことを話しているうちに、奏の魚の定食がまず運ばれてきた。それから間もなくして裕海の唐揚げの定食も机に置かれた。いただきます、と軽く手を合わせてから一口唐揚げを齧る。なんだか懐かしいような味がして、思わず頬が緩んだ。それは目の前の奏も同じだったらしい。小学生みたいに拗ねていた顔が、一瞬の間に涼しげに笑ういつもの大学生に戻っている。
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