38

文字数 1,602文字

 * 

『暫くそっちに戻るから、奏の都合いい時にでも会えないか?』
 そうLINEを送って、裕海は一度画面から顔を上げる。走り続ける窓の外の景色は暗い。もう夜行バスに乗ることもすっかり慣れていた。所要時間や距離を考えても新幹線を使う方が勿論楽なのだが、やはり学生のうちはそこまで、帰省の度に毎回新幹線に乗れるほどの余裕はない。
 すると思いの外すぐに、画面が通知によって再び点灯した。
『会う。丁度今の仕事がもう少しで一段落しそうなんだ。飲みに行くとかだったら、明後日とかどうだ』
 “仕事”という文字を見て、あぁ、と思った。あの奏もすっかり社会人なんだなぁと。奏はあれから何事もなく無事に卒業して、全国的に名の知れている大手企業に就職していた。もう二年目だ。一方の裕海はもう一度大学受験をし、三重の大学に進学した。
『明後日な、了解。明日は暁人に会いに行くから丁度よかった』
『お、そりゃよかったな。暁人くんって今いくつになったんだっけ?』
『中一だって。しかも支援学校じゃなくて、普通の中学校に入学したらしい』
『そうなのか、とにかく相変わらず元気そうならよかった。裕海は? どう?』
『結構色々とやること多くて大変だよ。来年は試験あるし』
 あれから、暁人と加奈絵とはそれなりに連絡を取っていた。中学に上がるタイミングで暁人は自分の携帯を買ってもらえたらしく、今では暁人のLINEアカウントも追加されている。
『そういや奏、さゆみちゃんとは? 卒業してからもまだ続いてんの?』
 さゆみ――正確には紗弓と書くのだが、奏の彼女の名前だった。実は一年の春休みの時点で彼女が出来ていたのだと、裕海は自分の目標の話をしたあの後に奏から明かされたのだった。だから裕海と奏がデキているというあの噂も、これでただの根も葉もないものであると証明出来たということだ。
 裕海がそう送ると、またすぐに返事が来る。
『心配無用。あれから変わりなく続いてる』
『それならよかった。奏ってあんまり彼女のこと言わないし、どうなんだろうってちょっと気になった』
『俺たちそんなに彼女とか彼氏とかっていう存在に執着してないからな。紗弓もあんまり俺のこと言わないし』
『へー、やっぱり二人ともすっごい楽そうだな。羨ましい』
『めっちゃ楽だよ。裕海の方はいい人いねぇの?』
『残念ながら。それに忙しくてあんまり余裕ないし』
 奏とそんなことを話していたら、画面の上部にまた通知が来た。
『ゆうちゃん、明日遅刻したらぶっ飛ばすからな!』
 開口一番これかよ、中学男児っておっかねぇな。思わずクスリとしながらこう返した。
『暁人こそ。遅れたらくすぐりの刑に処してやるからな?』
『絶対遅れねぇもん俺は』
『俺もだよ』
 そこまで会話をしてからふと自分の鞄の中を見返す。そこにはちゃんと絵の入ったファイルが収まっていた。勉強やバイトに追われていて中々絵を描く機会がなかったから、本当に久しぶりに絵を描いた。また喜んでくれるだろうか。
 二人と画面上の会話を続けながらバスに揺られていたらなんだか段々眠くなってしまって、裕海は暫くしたら眠りに落ちてしまっていた。途中で二、三回ほどは少し目が覚めたのかもしれないが、ハッと気がついて目を覚ますとその時にはもう夜が明けていた。
 それから一時間くらいが経過した頃、バスはようやく終点に着いた。車内から降り、長時間の着席によって固まってしまった体を思い切り上方向に伸ばす。早朝なのもあってかなんだか気持ちがよかった。
 乗換案内で電車を調べ、時間を確認する。家に着く頃には両親も起きているだろう。それから昨夜のうちに二人から送られていたメッセージを確認した。
『じゃあ、また明後日。久しぶりに会えるの楽しみにしてる』
『会ったら色々たくさん話すからな!』
「――“会いたかった”よ、俺も」
 自分に聞こえる程度の声でそう呟き、裕海は駅に向かって歩き出した。

 fin.
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み