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文字数 1,043文字

 *

「……ってことがあってね? 絶対何かあったんだなぁと思ってはいたけど、暁人は一向に教えてくれないから。まさか、それが裕海くんの言葉からだったとは思いもしなかったわ」
 それを聞いて、裕海は少しだけ目を丸くしていた。じゃあ、倒れたのは暁人が美希ちゃんを助けるために走ったから……。そうぼんやりと反芻していると、「裕海くん」と加奈絵が優しく言い出した。
「暁人に大事なことを教えてくれてありがとう。本当に裕海くんは暁人のお兄ちゃんね」
 ――あぁ、本当だ。俺の考えすぎだったんだ。
 そう答えが出たところで、自分の発言を責められるどころか、寧ろお礼を言われて戸惑ってしまった裕海は咄嗟に曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。その表情は苦笑に近かったかもしれない。
 元々加奈絵は笑いながらそう言っていたのだが、言い終えてからふと裕海の後ろ側を見てさらに笑った。不思議に思った裕海が振り向いてみると、そこには耳を赤くして気まずそうに顔を歪めた暁人がいた。少し俯いているのはやはり恥ずかしいからなのだろう。
「……何だよ暁人、そんなに加奈絵さんにヒーローになりたいの知られたくなかったのか」
「だ、だって! なんかヒーローって自分から言うの恥ずかしいじゃん!」
「ははっ、何だよそれ。やっぱり暁人は素直じゃねぇや」
「う、うるさーい!」
 いつかのように暁人は裕海のことをぽかぽかと叩いた。まるでデジャヴだなと思いながら、裕海はそんな暁人を微笑ましく感じていた。
 「ヒーローになりたい」と教えてくれた時には鈍い白色だった窓の外。それが今では、突き抜けてしまいそうなほどの真っ青な晴れ空が広がっていた。

 *

 それから暫く経ったある日、裕海の父親が仕事から帰宅して家族三人で夕飯を食べていた。全員が食べ終わり、丁度その時間に放送されているバラエティー番組を見て「やだもう、おっかしい」と、母親を中心にして両親が共に笑っている時だった。
「父さん、母さん。話があるんだ」
 緊張しているせいか、落ち着いて言おうと心がけていたものの思ったよりも声が強張ってしまった。そんな裕海の様子を見て、母親は目をぱちくりとさせた。
「何? そんな怖い顔しちゃって。あんた何かやらかしたの?」
 しかしそんな気楽な反応が返ってきたので少しはホッとしたものの、ここに来た今でも口に出すことには、言葉にしてしまうことにはまだ怖さがあった。しかしそれをどうにか振り払い、重い口をなんとか開く。
「ここ一か月くらいずっと考えてたんだけど、俺――」
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