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文字数 1,029文字

『暁人ー』
 聞こえる程度の小声で名前を呼ぶも返事はなかった。やっぱりプレイルームにいるのだろうかと思いつつも、いつもの癖で奥を覗くとカーテンが閉まっていた。
 珍しいな、この時間なのに寝ているのか?
 そっとカーテンを開くと、そこには加奈絵と横になっている暁人がいた。
『あっ、加奈絵さん』
『あら、裕海くん……今日も来てくれたのね、ありがとう』
 あまりにも静かだったが故にてっきり暁人が一人で寝ているのだと思っていた裕海は、予想外の加奈絵の姿を見て驚いてしまった。しかしそれも束の間、彼女に普段のような元気がないことに気づいた。裕海が何かを言おうとするより先に、加奈絵の方が口を開く。
『折角来てくれたんだけどごめんね。この子ね、さっき無茶して倒れちゃったのよ』
『えっ……!?
『でももう大丈夫よ、落ち着いたから。後で暁人に裕海くんが来てくれてたこと伝えたら絶対に残念がるわね』
 加奈絵が撫でている手の先には暁人の穏やかな寝顔があった。普段は起きてコロコロと変わっていく表情しか見ていなかったこともあり、初めて見る表情に少し陰で動揺していた。
 そんな裕海の様子を知る由もない加奈絵は「最近ね」と言葉を続けた。
『暁人、運動療法をし始めたのよ』
『運動療法?』
『そう。心臓疾患があるからって絶対に運動しちゃいけないわけじゃないのよ。寧ろ適切な運動は症状の改善に役立つみたいで。
 暁人、「強くなりたい」ってこの前から口癖みたいに言ってて。……でもね、少し頑張りすぎちゃったのよね。バカよねぇ、もう。一度決めたらまっしぐらなんだから、この子は……』
 その言葉で裕海はハッとした。「今よりもっと強くなろうぜ」と言ったのは自分で、それを暁人は言われたとおりに実行したのだ。そう理解した途端目の前が一気に暗くなった。
 俺がそう言ったせいで、暁人をこんな風に倒れさせてしまったのか? それじゃあ本末転倒じゃないか。何やってんだ、何この子を追い詰めさせてんだ――。
『――ッ、ごめんなさい、失礼しますっ』
『え、裕海くん?』
 裕海は衝動任せに病室の外に向かって走り出した。突然の行動に加奈絵が驚いた声を出すも、裕海が足を止めることはなかった。普段は帰りもエレベーターを使うのだが、今日は階段の方へ走りながら駆け下りて病院の外へ出た。一刻も早くここから離れたかった。
 雨は天気予報通り、夜が近づくにつれて段々と強まっていた。だが裕海はそんな雨にも構わず、傘をさすのもなあなあに走り続けていた。
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