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文字数 1,447文字

「俺、ゆうちゃんのヒーローになれたの? こんな体でも? 本当に……?」
 裕海は大きく頷いた。するといよいよ暁人が本格的に泣き始めたので、身を前に乗り出して暁人のことをぎゅっと抱きしめた。暁人はわあわあと声を上げて裕海の背中にしがみつく。まだ小さな体だが、そこに灯る熱は誰にも負けていない、と思った。
 大丈夫だよ、大丈夫なんだよ。暁人はこれからも、もっと強くなれるはずだから。
「……暁人、もしかしてあの時」
 そして暁人の泣きじゃくりが少し落ち着いた頃、ふと加奈絵が思い出したように口を開いた。何が合点が行ったような、心なしか嬉しそうな表情をしながら。
「美希ちゃんの所に無茶して走ったっていうのはそういう理由だったのね?」
 加奈絵のその言葉に裕海は思わず「えっ?」と彼女の方を振り向く。暁人が無理に走った? それってマズいんじゃないのか? と思ったところで、一つだけ思い当たる彼の出来事があった。裕海が「あ、」と心の中で呟くと同時に加奈絵が笑いながら続けた。
「あのね、暁人が倒れたあの日、私はてっきり無理にはりきって運動したから倒れたものだと思ってたの。でも後に看護師さんから聞いたら、運動をしたその後に思い切り走っちゃったから大きく負担がかかってそうなっちゃったんだ、って。じゃあ何で走ったのかって訊いたらそこに美希ちゃんが来てね……」

 *

『あきくんのお母さん』
 加奈絵が一人の看護師と話していたところに美希が加奈絵の後方からやってきた。そこで思わず驚いた表情を見せてしまったのは、目の前の美希が今にも泣きそうな顔をしていたからだ。それを堪えるかのように小さな拳が体の横でぎゅっと強く握られていた。
『美希ちゃん? どうしたの? 何か――』
『ごめんなさい』
 加奈絵の「何かあったの?」という言葉は、その発言によって途中で遮られてしまった。突然の謝罪にきょとんとしてしまい、ただ美希のことを見つめることしか出来なかった。少しの間が空いてから美希は声を震わせながら続きを述べた。
『ごめんなさい、あきくんが倒れたの、あたしのせいなんです』
『えっ、何で美希ちゃんが謝るの? どういうこと?』
『あたしが別の男の子とぶつかって、転びそうになって、そしたらあきくんがっ……急いで走ってきて支えてくれて、その後すぐに倒れちゃって……っ』
 その発言の途中から美希は完全に泣き出してしまった。
 あきくんが走っちゃいけないのも知ってたのに、あたしのせいで倒れさせちゃってごめんなさい。しゃくりあげているせいで途切れ途切れになりながらも、美希は加奈絵にそう言った。それが一番伝えたいことだった。すると「あらまぁ……そうだったの」と、加奈絵は再び驚いた。
『美希ちゃんは悪くないのよ。これは誰も悪くない。だから美希ちゃんももう気にしないで? 暁人はもう落ち着いてるし、暫くすればまたいつもみたいに戻るわよ』
 ぽろぽろと落ちる涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまった美希の頭を撫でながら、加奈絵は不思議に思っていた。
 どちらかというと甘えん坊で自ら動くことなんて少なかった暁人が、自分からそんなことをするなんて、と。
 暁人が目を覚ましてから加奈絵がそのことについて「どうしたの?」と訊くも、当の暁人は「分かんない、あんまり覚えてない」と白を切るだけだった。その反応はあまりにも嘘だと見え見えなものだったのだが、その後に何度訊いても暁人の答えは全く変わる気配がなかった。加奈絵は答えを訊くのを諦めたが、心の中ではずっと気になっていた。
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