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文字数 1,235文字

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 九月の半ばになって、二年の後期が始まった。季節の上では秋でも九月は最後まで暑い。そのせいもあってか、暫くは夏休み気分が抜けない学生たちが教室内でだるそうな様相を呈していた。
 裕海は前期と変わらず大学に来ていた。今は一日の授業を終えて校舎の一階で人を待っていた。もうあっちも授業は終わったかな、と腕時計に目を向ける。時計は四時十五分を指していた。
「裕海。悪い、待たせたな」
 するとそのタイミングで待ち人が現れた。奏だった。奏は普段から颯爽としているからか、残暑の暑さがあんまり似合わないなぁとその時裕海はふと思った。今からその暑さの中に繰り出すなんてなんだか嘘みたいだ。
「大丈夫、今日は俺の方がちょっと早かったんだし」
「それにしても裕海から俺のこと誘ってくんの珍しいよな。だからこの後雨降るかと思ったけど、まぁ見事に晴れてるな。よかったよかった」
「おい、勝手に雨降らせるなよ」
 奏にツッコむ素振りをしながら裕海は「行こう」と歩き出す。一歩外に出ると、今まで快適な程度に冷やされていたはずの体に瞬時に熱気がまとわりついた。その不快感に思わず顔をしかめる。
 思えば、奏と初めて話した時はもうこんな暑さも通り過ぎてたんだなぁ。
 ふとそんなことを思い返して懐かしくなった。しかしそれと同時に、こうして仲良くなってからまだ一年も経っていないことに驚く。改めてそのことに気づかされ、裕海は一抹の寂しさを密かに抱いた。

 その後裕海が行こうと提案したのは、前に奏がお昼を食べに連れていってくれたあのおばあちゃんの定食屋だった。入口を開けて中に入ると、前にも見たのと同じ笑顔で「いらっしゃいませ、お好きな所に座ってね」と、おばあちゃんが出迎えてくれる。奏が「ここでいいか」と指したのは、前回来た時と全く同じ席だった。時間が早いのもあってか、そんなにまだ店内に人はいないし大丈夫だろう。裕海は頷き、荷物を置いて座った。
「まさか裕海からここ行こうって言われるとは思わなかった。今日ほんとにどうした?」
「いやー……折角らしくないことするなら徹底しようかなと」
「その発言もらしくねぇな。嘘つくのも誤魔化すのも下手なくせに」
「あはは、それは言われたしとっくに知ってる」
 メニューを眺めながら、そんなことを言い合う。また散々迷って頼む定食をやっとのことで決め、注文を聞いたおばあちゃんはそれを厨房にいるおじいちゃんに伝えに行った。
「奏。お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「やっぱりそういうことか。何だ?」
 裕海が話を切り出すと、奏はそれを見透かしていたような反応をする。やはり「ほんとにどうした?」と言いながらも、その裏では何か大事な話があることは既に察していたのだろう。しかしこの後に言うことに対して、彼はどう反応するだろうか。いつものように微笑を浮かべている奏に裕海は言った。
「俺、この大学辞めることにした」
 すると奏は軽く目を見開き、思わず声が漏れてしまったかのように「えっ」と呟く。
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