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文字数 1,094文字

 高三の六月に、高校生の全国大会の決勝戦があった。裕海はこの大会が終わったら一度ダンスを休んで、来年の冬までは受験勉強に専念する予定だった。他の人が勉強とダンスの兼ね合いをどうするのかまでは分からなかったが、裕海にとってはこれが一旦区切りをつけるための大事な大会だった。
 しかし大会の二週間ほど前から足が痛み始め、それがいつまで経っても退く気配がなかった。裕海は自分の区切りのためにも他のメンバーの優勝のためにも、そのことを一切口にしなかった。態度にも出さなかった。痛みから目を逸らし続けて練習を続けた。
 その酷使が原因で裕海は本番中、あの夢に出てきたように激痛によって転倒し、そのまま踊れなくなってしまったのだった。
 踊ることはおろか最早自力で歩けない状態になってしまった裕海は、すぐに救急車で病院に運ばれた。その後落ち着いてから聞いた担当医の言葉を、今でも鮮明に覚えている。
『最低でも一か月程度は入院することになります。そして……とても申し上げにくいのですが、今後ダンスをするのは不可能に近いでしょう。対処せずに酷使したせいでかなり悪化していますし、リハビリ後に再び歩けるようになっても、今まで通りダンスをするのはかなり難しいです』
 これまでの人生の年数の半分以上をダンスに費やしていた裕海にとっては、この言葉で殺されたも同然だった。自分の生きる糧だったものが目の前で散ってしまい、ただただ呆然とするしかなかった。暫く何も考えたくなかった。
 そしてその翌日、大会はやはりそのまま失格扱いになってしまっていたことを自分の母親から伝えられた。それを聞いた途端、頭の中で霧のようにかかっていた何かがするすると姿を消していった。それと同時に、停止していたはずの感情が一気に動き出した。裕海は一旦彼女に席を外してもらい、ベッドの上で一人泣き喚いた。
 俺のせいで。俺のせいで、優勝はおろか、賞すら取れない結果になってしまった。しかも最後まで踊り切れなくて、失格扱いにさせてしまった。あのデビューの話も恐らく消えてしまうだろう。何やってんだ。何やってんだよ、俺は。
 最後まで持ち堪えられなかった自分の足を恨んでも全くやりきれなかった。そして何より、メンバー三人に合わせる顔がなかった。こんな情けない姿を見せたくなかったし、何より結果を残せなかったことを責められるんじゃないかということが怖くて、会いたくなかった。あの人たちはそんなことしないだろうとふと頭の片隅で思っても、恐怖心がすぐにその思考を掻き消してしまう。
 あぁ、彼らは許してくれるのだろうか。もうダンスが出来なくなってしまった俺のことを。
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