12

文字数 1,476文字

 *

 頭の重さと眠気が相俟って、裕海は結局途中で机に突っ伏して寝てしまったのだが、家での二度寝の時よりは遥かに安心して眠れていた。それもあってか、二限目が終わって昼休みになった時には心做しか症状は落ち着いていた。
 合間に差し込むように何度か心配をしてくれている奏と共に食堂へ向かった。授業が定刻通りに終わるとその頃は多くの人が殺到するため、二人が行った時には既に多くの席が埋まっていた。その中でなんとか二人分の席を見つけて確保し、それぞれの昼食を取りに行く。
 裕海がラーメンを持ってきて戻った少し後に、奏が日替わり定食を持って同じく戻ってきた。
「やっぱり裕海の方が早かったな、待たせてごめん」
「大丈夫、そんなに待ってないから。定食系はいつも結構並んでるもんな」
「ほんとにさ、飯田(いいだ)の奴早く授業終わらせるって考えはねぇのかな……」
「な、そしたらもうちょっと動きスムーズになるんだけど」
 いただきます、と呟いてから二人はそれぞれのご飯を食べ始めた。
 穏やかな明かりで照らされた室内は、今日も自由で満ちている。笑っていたって話し合っていたって考えていたって、周りの無関係な人の笑い声が自分とその周辺の世界を勝手に縁どって閉じ込めてくれる。無闇に周りを気にする必要がないから、個性を周囲に溶け込ませて失ってしまえるような雑多な空間は楽だった。
「なんかさぁ、一つ上がもう三年じゃん? まぁそれは当たり前なんだけど。結構仲良くしてる先輩が就活がどうとかインターンがどうとかって言ってるのをTwitterとかストーリーとかで見ると、まだ実感わかない割に不安になってくるな」
「あー、それな。来年の今頃には俺たちもそんなこと言っているのかって考えると、留年は嫌だけど進級もしたくなくなってくる……」
「そういや裕海って将来何の仕事したいとか、そういうのあるんだっけ?」
 何気なく訊かれた問いに対し、裕海は思わず箸を止めてしまう。
「……んー、特には。俺でも出来そうな感じの所をいくつか受けて、そのどこかに引っかかってくれればそこに行こうかなって」
「そっか。まぁ、具体的に未来のイメージ浮かべるってかなり難しいよな」
「うん。それに……今更他のことを目指すって感覚が俺、未だに分かんなくて」
 そう発された言葉は、呟かれたというよりは辛うじて吐き出されたようだった。裕海としては苦笑して軽い感じで言ったつもりだったのだが、実際には口角が引き攣ったように横に動いただけだった。今度は奏の手が止まる。クリーム色のトレーの上で、カチャ、とプラスチック同士が触れ合う音がした。そんなに強く箸を置いたわけではないのに、その音はやけに二人の間で響いた。
「なぁ、裕海」
「……ん?」
「やっぱり未だに辛いのか? 過去のこと掘り返されるのは」
 普段あまり触れられることのない核心に突然触れられると、世界がぴたっと動きを止めてしまったように感じた。裕海の瞳は微かな揺れを抱いていた。光を映さないままの虚ろな目は、視線の終着点を見つけられないで宙を彷徨っていた。
「……辛いか辛くないかで言うなら、辛い、けど」
「けど?」
「なんだろう、なんか……思い出したくないというかは、どちらかというと忘れていたいっていうか」
「……ん、そっか」
 奏はそれ以上何も言わなかった。昨夜見たという夢も立川の言いかけたことも、少なからず裕海の塞がりかけている瘡蓋を剥がそうとするものだったのだろうということを分かっていたからだ。以前にもそのことに関する夢を見た時、裕海が今さっきと同じような顔色の悪さをしていたのを奏は覚えていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み